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ギルド副長 セシル

塩ラーメン

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見た目は実にシンプルだった。
スープが美しく感じるほど金色に透き通っているし、様々な具材が乗って、色とりどりで見た目も素晴らしい。
これが噂に聞くラーメン。私は思わず目の前の光景に魅入ってしまっていた。
「セシルお姉様、まずは箸を持ってみてください」
言われた通り、マリアが箸と呼んだ棒を二つに割った。この時には私の脳裏には箸の使い方がイメージとして浮かび上がってきた。ニャティリの魔術なのだろうけれど、細やかな配慮がされていて、感心してしまう。
さて、気を取り直してラーメンに戻ろう。
しかしながら、無骨な料理しか見たことがなかったので、ラーメンの可愛らしい見た目というのが新鮮だった。器は白く、中の金色のスープの輝きを引き立たせている。そのスープの中には黄色の麺が垣間見える。そして、丼の中央には半分に割った煮卵が乗り、その回りに、茎葉の野菜、肉の薄焼き、白の根菜、タケノコっぽい何かの千切り、黒の四角い何かがそれぞれ綺麗に纏められて配置されていた。
見た目に圧倒されて、箸を止めていたら、マリアが麺をまずは食べるように奨めてくれた。
さっそく、箸をスープの中に入れ、麺を取り出して口に入れた。
『っ!!美味しい!』
歯切れの良いツルツルとした食感の麺を口の中で噛む度に、ふわりと小麦の香りが鼻を抜ける。そして、麺がスープと良く絡まっていて、麺を口に入れた瞬間から爽やかなのに深みがある味が口全体に広がってくる。
あまりの美味しさに一瞬我を失い放心状態になったが、改めてスープだけ飲んでみる。
『何の味か全く分からないけど、美味しい!!』
旨味が凝縮された味。ただ、塩ラーメンと言うだけあって、塩の味がしっかり主張していて、味の主役になっている。臭みは全く感じないが、魚の風味は感じる気がする。最早、脳が味に追い付かないほどに味より感動が先行していた。
次に麺やスープを間に挟みながら、具を食べていくことにした。
まずは、茎葉の野菜を食べてみる。今度はシャキシャキと音が鳴る。そして、噛んだ瞬間に清涼とした空気が鼻を抜けてくような感覚になって、程よい苦味も広がることで、一気に口内がリフレッシュされる。またその後に麺を食べて、スープを啜ると、初めて食べたかのように衝撃が襲ってくる。もう、驚くことしかできない。
肉の薄焼きも絶品としか言いようがない。口に入れるとホロホロととろけて、その脂の旨味と味つけされた肉から染み出た程よい甘味ふわっと広がっていく。それがまた、スープと絶妙に合うので箸が止まらない。
『これは、確かに美味しいわね』
ちょんと乗っている白の根菜は、茎葉の野菜のようにシャキシャキとしているが、少し辛みがあってスープと合わさるとスープの味がスッキリとするような感じがある。
黒の四角い何かは、海藻を干したものに見える。スープに浸すと汁を吸って、これまた恐ろしく美味しい。
そして、タケノコのような何かの千切りも当然のごとく美味しかった。シャキっとした歯ごたえが塩味の鋭さをより引き立ててくれる。実に味が洗練されている。
もう、いちいち美味しい。全てが美味しいのだ。

何を食べても美味しい。それは、ここまで食べてきた私だからこそ、頭では理解していた。
ただ、やはり卵だけは躊躇してしまっていた。

「姉さん。この卵は絶対大丈夫だよ。私が責任を持って断言するよ。もし、後日でも姉さんが食中毒になったら、私この店辞めるよ」

卵だけ食べていなかった私を見て、イリスはそう言った。
長年の付き合いだけあって、イリスは良く私のことを見ている。
生卵を食べて腹を下したことがあったのだ。しかもあの時は、女子特有の特別な日も重なってたし、ギルド副長にもなったばかりで、精神的にも弱っていた。何度も吐いたし、治癒魔法もあんまり効かなかった。
そんな私を、イリスも心配してくれていたから覚えていたのだろう。

しかしながら、イリスにここまで大丈夫だと断言されてしまったら、食べざるをえない。
意を決して、丼の真ん中に残された煮卵を口に入れた。
そして、案の定言葉を失った。

『こんなのありえない。美味しすぎる』

口に入れた瞬間、黄身がとろけ出したのだ。
卵を茹でたのにとろけるなんて意味の分からない事態に、呆然とするしかない。
しかも、柔らかくてクリーミーで、白身部分にも味がしっかり染み込んでいて、美味しいの一言では言い表せないほどの感動を覚えていた。

何から何まで、最後の一滴まで美味しかった。
ラーメンを食べ終えた私は、涙を流していたのだ。
あの時、塩スープを食べた時と同じような感動がある。ニャティリやギルド長がいなくて良かったと、切に感じていた。

少しの間、私は余韻に浸っていた。
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