異世界ダンジョンの地下第7階層には行列のできるラーメン屋がある

セントクリストファー・マリア

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ギルド長 ダギリ

醤油ラーメン

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ただならぬ空気が辺り一帯に漂っている。誰一人、一言も発しない中で、水が沸騰したり何かを焼く音が響いている。見たことのない調理器具で、手際よく料理が出来ていく。
この調理工程を他人に見せるというのも、常識の範疇を飛び越えているのだ。俺の実家が料理屋を営んでいるからこそ、非常識極まりないのが良く分かる。本当にあり得ない。
通常、料理人はその調理工程を弟子以外には公開をしない。何から何まで門外不出であり、一子相伝で受け継がれていくのが当たり前の世界だ。そのため、いくら店員であっても弟子でもなければ厨房に立ち入ることも許されない。一から十まで全てが秘密のベールに包まれているという状態は、飲食業界では普通のことなのである。
誰もが真似を出来てしまえば、商売が成り立たない。料理は一般家庭でも当たり前のように行われているからこそ、一般家庭では出せない味を店では出さなければならない。そのために、料理人たちは徹底した情報統制をしてきたのだ。
恐らく、料理人の誰かをここに連れてきたら卒倒するに違いない。
ただ、このニャティリの店は、調理工程を見せられたからといって、何一つとして理解できることがなかった。食材一つとっても、何も分からない。見せても分からないと確信しているからこそ、敢えてオープンカウンターを選んだのだろう。ニャティリは随分と戦略家だと思う。
「お待たせいたしました。醤油ラーメンです。チャーハンと餃子はもう少しお待ちください」
そして、目の前に料理が運ばれてきた。調理している時点で開いた口が塞がらなかったのだが、なんとスープ料理がでてきたのだ。
スープ料理とは、料理人にとって最も難しい料理だと聞いたことがある。まず、水自体が貴重で多人数に提供できるほどの量を作ることができないこと。そして、スープとして素材を煮込んでいくと、どうしてもえぐ味や苦味、臭みなどがでてきてしまい、美味しくなくなってしまうことが多いのだ。そのため、料理人でスープ料理を作る人はほぼ皆無に等しい。だからこその想定外なのである。
器を手元に寄せると、香ばしい良い匂いが漂ってくる。
まずは、スープから。
スープは茶色で透き通っている。濁りのない透明なスープなんて王宮にでも行かないと出てこないだろう。見た目だけでも凄さが分かる。
『…うっ……うまいっ!!』
生まれて初めてスープが美味しいと感じた。味が塩だけではないのだ。複雑で何の味だか全く分からないけれども、とにかく深みがあって後味としてずっと旨味が残っているような感じもする。
ニャティリの方を見たら凄い笑顔だった。俺が若い頃、同じパーティで戦ったりもした戦友だったが、あまり笑顔の彼女を見たことがない。心から楽しそうだ。そんな彼女は、目の前の筒に刺さっている木の棒を二つに割って、それを箸にして次は麺を食べてみなさいとジェスチャーで示してくれた。
なるほど、不思議な木の棒が沢山刺さっていると思っていたが、これはどうやら使い捨ての簡易箸らしい。箸という存在自体は文献を読んだりして知識としてあったが、使い方は正直知らない。どうしようと思っていたのだが、箸を二つに割った瞬間、自然と箸の使い方を理解していた。
なるほど、箸を割るという動作を機転としてスキル共有魔術が展開されるようになっており、自然と箸が使えてしまうという細やかな配慮がなされている。
箸を使って麺を掬い上げる。
そのままジュルっと麺を口に入れた。麺は恐らく小麦で作られているが、そのモチモチとした食感と噛んだ時に拡がる芳醇な香りと旨味が絶妙にスープとマッチして、筆舌し難いほどに美味しい。
箸を進めれば進めるほど、味の深みが増していく感覚。一切、箸を止めることができない。
途中、味付け肉を口に入れた。
もう、驚くことしかできないのだが、肉の味がスープの味とは全く異なるのだ。スープよりも濃く、甘いしっかりとした味がついていた。肉を煮てしまうと、パサパサとしてしまい、味も薄くなると常識的には知られている。そもそも、スープに味をつけるというのは勿体ないという概念があり、料理人以外には煮込むという発想自体がないと思われる。さらには発想自体はあったとしても、調味料をふんだんに使い、肉を煮込んで、肉に味をつけるというのは、宮廷料理人ぐらいまでにならないと実現すらできない。そして、宮廷料理人の作る味付け肉でも、中までしっかりと味を染み渡らせるまではできないはずだ。
このラーメンに乗る肉は、スープとは全く異なる味付けで、内部までしっかり味が染みていて、脂も乗っていて柔らかいのだ。
うまい肉は塩で焼いてそのまま食べるのが一番うまいと思っていたが、どうやらそう単純ではないようだと、今日俺は知ってしまった。
肉以外にも何かの植物を小口切りにしたものや、薄く長方形に切り揃えられた何かの漬物などが乗っていたが、どれもスープや麺の味と合うのだ。調和がとれすぎていて恐ろしい。料理として完璧で、驚くほど一杯で完成されているのだ。
まだ、ラーメンも食べ始めたばかりだというのに、俺はもうラーメンに魅了されようとしている。
一般客ならそれでも良いが、俺は監査の立場もある。冷静を取り戻すため、俺は一度箸を止めて氷水を飲んだ。
その氷水がまた、あり得ないほどに美味しかった。それに、スープの残滓が後味として口に残っている。
この時点でラーメンはまだ半分程度残っている。俺は最後まで監査役としての理性を保てるのだろうか。この攻撃を受け続けて正気で居続ける自信がない。
それほどにうまいのだ。
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