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前夜 3

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 三、

 同日 夜半、伽羅之御所。

 仄明るい灯の下、三人の兄弟たちと幾人かの腹心らが議論を続けている。この日の評議が夕刻に終わり、参集した者達が粗方散った後で、家臣の一人長崎太夫之介が「先の忠衡様の戦について、少々お耳に入れたきことがござる。心許なき推測にて、只今の議事の中では控えておりましたが」
 それならば場所を変えて、と夕餉を兼ねて泰衡の居所で話を聞くこととした。
 長崎の話を聞いているうちに、一同の眉間が疑問と困惑に深い皴を作る。
「……成程。長崎の言う通り、確かにこれは不自然じゃ。言われてみれば、確かに真っ当な戦の勝負であれば、まず真っ先に敵将の陣を襲う筈。合戦とは、要は互いの首の取り合い。本陣の護りの薄いところを先ず攻めるのが定石じゃ。それを忠衡は、馬を走らせればすぐ目前のこの御所に何故か目もくれず関所や柵など、謂わば外への護りの要、最も甲羅の堅いところから攻めておる。こちらの護りを分散させる意図も見えなかった」
 泰衡が腕を組みながら唸る。
「その上本陣の護りも手薄。これでは勝てぬ」
 国衡も不可解そうに首を捻る。
「まるで、檻を破り外に出ようとしていたように思えませぬか?」
 長崎が誰に問いかけるでもなく口にする。
「或いは外から何かを招き入れようとしていたか」
 それに答えるでもなく高衡が呟く。
「そういえば、投降した兵に話を聞くと、忠衡様は「柵からの伝令はまだか」と頻りに気にしていた様子であったとか」
 八郎が思い出したように言った。
「本来在るべき兵や布陣がすっぱり半分消えておる。だから忠衡方の出方が半端な様子に見えたのじゃ。では、その残り半分はどこへ行った?」
 まるで目に見えぬ不気味なものを想像するかのような国衡の口調だった。
「否、何処からか加わるつもりだったのかも知れませぬぞ。館の守りが手薄なのも、我らをそこに引き付けて背後から奇襲をかけるつもりだったのやも」
「つまり、柵の外からか?」
 一同、薄ら寒い思いで黙り込む。
「……あの合戦、何か裏があったように思う。あの時、もう一人の誰ともつかぬものが忠衡や通衡の傍らでほくそ笑んでいたように思えてならぬ」
 主君の言葉に皆が言い知れぬ恐怖を覚え始めた時、

「――夜分遅くに失礼いたします」
 不意に間口から聞こえる声に一斉に振り返る。
 見おぼえのある男が低座し控えていた。
「……おお。どうしたのじゃ、こんな夜更けに?」
 国衡に声を掛けられ顔を上げた異様に表情の乏しい男は、先程義経主従の会合に姿を見せた男だった。
「申し上げたきことがございまして、参上いたしました」
「そうかそうか、ご苦労じゃった。ささ、こちらへ参られるがよい」
 男の席を空けようと皆が腰を上げる。
「待てっ!」
 泰衡が鋭い声で一喝した。
「誰じゃ? 皆は知古のようだが、俺は其許のことなど知らぬぞ!」
 その言葉に、全員が転寝から覚めたようにハッとする。
 一同の注目に、男は黙って顔に手を掛け、それを剥ぎ取った。
 どよめきが起こる。
 顔から剥がされたまっさらな紙切れがひらひらとその手を離れる。そこに現れたのは思いもよらぬ人物。
「皆鶴殿か!」
 国衡が声を上げた。
 真っ赤に泣き腫らした瞳に今も涙を溜めながら、皆鶴は再び皆の前で顔を伏せた。
「今のは鞍馬の術か?」
 泰衡が静かに尋ねる。
「式神の呪法にございます。本来ならば衆目の前で用いることは禁じられている邪法。……泰衡様。今宵、見極めがつきました故、お伝えに参りました。」
「……そうか。遂に見えたか」
 泰衡が頷く。
「それで、そなたはどう見極めた?」
「はい」
 すん、と鼻を鳴らしながら皆鶴が顔を上げ、告げた。

「――私は、九郎様を斬らねばなりませぬ」
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