散華の紅雪

香竹薬孝

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第3章 4

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 祭りが終わり、集った村人たちが三々五々に散っていく。

「あのお面コのあねチャ、いい女ゴだったっちゃやなァ」

「知らない間にいなぐなったが、どごの女ゴだべ?」

 前を歩く若者の集団の話し声が聞こえてくる。狐面の踊子の正体を知ったら、彼ら一体どんな顔をすることやら。

いつしか村道を歩くのは私一人になり、もうすぐ我が家の傍というところで立ち止まる。

 ……佐保子に会いに行こう。

 やっと、自分の気持ちがはっきり決まった。

 もと来た道を引き返そうとしたとき、目の前に立つ小さな人影に気が付いた。

「……佐保子?」

 薄朱鷺色に二色の藤の花を散らした浴衣姿。きっと一張羅なのだろう。夜目にも鮮やかな下駄の鼻緒が可愛らしい。

 晩夏の月明かりの中、胸の前に握りしめた山百合の花は八分咲きからすっかり咲きほころんでいた。手渡した後も今日までずっと大切に活けていたらしい。

 歩み寄ると、佐保子はどうしていいかわからないというような表情で俯く。

「……私なんかで、良いの?」

 こくりと頷く。そして、私の浴衣の胸に指を伸ばし、なぞった。


 ――すきだから



 提灯の明りを吹き消すと、虫の音の涼やかな暗闇の中で、ぽう、ぽう、と幾つもの蛍が飛び交うのが見える。

 沢沿いの野道を、儚く夜を燈す青白い灯を頼りに繋いだ佐保子の掌が温かかった。

 微かに伝わってくる緊張と怯えの入り混じった鼓動の震えに堪らなくなり、強く握り返す。この娘を守りたい。一生かけて幸せにしたい。そう初めて強く思った。


 やがて佐保子の自宅に着く。三和土を上がり、暗い部屋の中、どちらからともなく唇を重ねた。

 無言で交わす口づけ。ただお互いの交わす吐息だけが、遠くでかすかに聞こえる涼やかな虫の音の合間に濃密に響いた。



 その夜から、佐保子は私にとってかけがえのない女性になった。



 ……その二日後、村中の全ての稲田に病害が広まった。

 病に罹った稲の葉は斑色に赤茶けて縮れ枯れ落ち、村の稲田は実りの秋を目前にして一夜のうちに一面の褐色に変わった。
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