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第3章 1
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破れ寺で、薪割りの手伝いをしていた時のことである。
薪を割る私の様子を、方丈の縁側に寝転んで頬杖ついて眺めていた蓮華が言った。
「……最近君、佐保ちゃんと何やら良い感じらしいじゃないのよサ?」
薪がどっかに飛んで行った。
「友達になったんですよ、佐保子とは」
手拭いで顔を拭きながら飛んで行った薪を拾いに行く。
「ふぅん。そりゃあ何よりさ。この里じゃ佐保ちゃんと同じ年頃の娘は少ないし、皆もうあらかた所帯持ってるからね。仲良くしてやンなよ」
ニヤニヤ笑いながら気怠そうに童歌を口ずさみ始める。
あたしも一緒に連れしゃんせ
一緒に行こか ふたり手引ィて
三叉の辻を三つ曲がり
四つ夜風コ ビュンと吹く夜は
「……その歌って、途中から急に調子が変わりますよね。何か深い意味でもあるんですか?」
何気なく問うてみると、蓮華はむっくりと起き上がった。
「この歌の後半はね、子供が山に近づかないように戒めるためのお化けの歌なンだよ」
「お化けなんて歌の中に出てきましたっけ?」
そう聞くと、庵主は歌の続きを歌って見せた。
五つ堤を 五度巡り
七つに足らぬ 六つ子を連れて
八つ八島の女郎コは
吹雪吹きゃがる 九やコンコと
峠越えリャず 紅い花コ咲いたと
「君、雪女ってお化けは知ってる?」
「昔話で聞いたことはあります」
「諸国によって話や姿は違うらしいね。この里に伝わる雪女は雪女郎と言って、吹雪の夜に采女取山に現れては、山に迷い込んだ子供を捕まえて生き胆を取るといわれてるンだ。だから子供が一人で無暗に山に入るもンじゃないってね」
「なんか、そこにお化けはちょっとこじつけ臭いですね」
八つ八島の女郎コは、ではお化けというより農兵節だ。
「まあ、アタシもそう思うよ」
苦笑いしながら、蓮華は立ち上がると奥に消え、暫くして麦茶を盆に乗せて現れた。
「疲れただろう。そろそろ煙草時としようか」
汗を拭いながら鉈を腰に差し、縁側に腰を下ろす。
破れ寺の脇に茂る竹林を揺らす夏風が心地よい。
二人して茶を啜りながらぼんやりと蝉時雨を聞いていると、
「……そういえば、さっきの話」
思い出したように蓮華が口を開いた。
「実はあの歌には別の意味もあって、それはマァちょっと子供たちに歌わせる童歌には向かない内容なんだよねェこれが」
この里から山々の向こうにある港町――私がこの村へ来る前に一泊した街だ――の一角に昔から栄える遊郭街があり、各地から買い集められた娘たちがそこで働かされていたそうだ。昼夜を問わず辛い勤めを強いられ、耐えられず廓抜けを試みる女郎が後を絶たなかったらしい。もし発覚して捕まれば廓主から死ぬほど凄惨な仕置きを受けることになる。命がけの脱出だった。
だから失敗は許されない。抜けるとしたら、追っ手を振り切りやすい吹雪の夜。正気の者なら決して通うことはないだろう冬の采女取山道を抜け、内陸の街道へ出る他はない。
生きて無事に街道に逃れられる者はまずいなかった。
稀にこの里まで辿り着ける者もいたらしいが、それは決して幸運なことではなかった。
一夜の暖を求めて民家の戸を叩いても、皆廓主の報復を恐れ決して戸を開けようとはしなかったからだ。
――入れておくれ、助けておくれ! 寒いンだよう、凍えちまうンだよう! お腹にやや子がいるンだよう!
――助けておくれよう、どうして、どうして開けてくれないンだよう! アタシを見殺しにする気かいっ!
――……許さない、決して許さないよ。殺してやる、祟ってやる! お前たちの子を捕まえて、生きたまま肝を引きずり出して食ってやるから、覚えておけェっ!
翌朝、吹雪が止んだ後、村の者たちが山に登ってみると、昨夜の女郎が腰から下半分を真っ赤に染めて死んでいた。罪悪感に苛まれた村人たちは女郎の亡骸を手厚く葬ろうと女郎が死んだその場に埋葬しようとした。土を盛り終えた途端、ずぼっ、と血塗れの女の掌のような真っ赤な花が土中から突き出した。
女郎は村人たちから受けた仕打ちを死んだ後も忘れてはいなかったのだ。
冬の采女取には決して子供を近づけてはならない。
「そこまで話したところで、後ろの正面どーなぁーたぁー、バァっ! キャー! って子供を脅かすのがお約束なンだけど……どうかした?」
「いえ……」
――坊、こうしていると、温かいね。
――大丈夫。きっと今に……様が迎えに来るからね。
――それまで、おねえちゃんが傍についててあげるから、ね?
「……ごめんなさい蓮華さん。今日はもう上がってもいいですか?」
「うん? ああ良いよ。薪割り、お陰様で助かったよ」
立ち上がり方丈を後にする私の背中に、
「君、くれぐれも言っておくけど、佐保ちゃんが口が利けないのをいいことにやりたい放題するンじゃないよ!」
ケラケラ笑う蓮華の声が聞こえた。
薪を割る私の様子を、方丈の縁側に寝転んで頬杖ついて眺めていた蓮華が言った。
「……最近君、佐保ちゃんと何やら良い感じらしいじゃないのよサ?」
薪がどっかに飛んで行った。
「友達になったんですよ、佐保子とは」
手拭いで顔を拭きながら飛んで行った薪を拾いに行く。
「ふぅん。そりゃあ何よりさ。この里じゃ佐保ちゃんと同じ年頃の娘は少ないし、皆もうあらかた所帯持ってるからね。仲良くしてやンなよ」
ニヤニヤ笑いながら気怠そうに童歌を口ずさみ始める。
あたしも一緒に連れしゃんせ
一緒に行こか ふたり手引ィて
三叉の辻を三つ曲がり
四つ夜風コ ビュンと吹く夜は
「……その歌って、途中から急に調子が変わりますよね。何か深い意味でもあるんですか?」
何気なく問うてみると、蓮華はむっくりと起き上がった。
「この歌の後半はね、子供が山に近づかないように戒めるためのお化けの歌なンだよ」
「お化けなんて歌の中に出てきましたっけ?」
そう聞くと、庵主は歌の続きを歌って見せた。
五つ堤を 五度巡り
七つに足らぬ 六つ子を連れて
八つ八島の女郎コは
吹雪吹きゃがる 九やコンコと
峠越えリャず 紅い花コ咲いたと
「君、雪女ってお化けは知ってる?」
「昔話で聞いたことはあります」
「諸国によって話や姿は違うらしいね。この里に伝わる雪女は雪女郎と言って、吹雪の夜に采女取山に現れては、山に迷い込んだ子供を捕まえて生き胆を取るといわれてるンだ。だから子供が一人で無暗に山に入るもンじゃないってね」
「なんか、そこにお化けはちょっとこじつけ臭いですね」
八つ八島の女郎コは、ではお化けというより農兵節だ。
「まあ、アタシもそう思うよ」
苦笑いしながら、蓮華は立ち上がると奥に消え、暫くして麦茶を盆に乗せて現れた。
「疲れただろう。そろそろ煙草時としようか」
汗を拭いながら鉈を腰に差し、縁側に腰を下ろす。
破れ寺の脇に茂る竹林を揺らす夏風が心地よい。
二人して茶を啜りながらぼんやりと蝉時雨を聞いていると、
「……そういえば、さっきの話」
思い出したように蓮華が口を開いた。
「実はあの歌には別の意味もあって、それはマァちょっと子供たちに歌わせる童歌には向かない内容なんだよねェこれが」
この里から山々の向こうにある港町――私がこの村へ来る前に一泊した街だ――の一角に昔から栄える遊郭街があり、各地から買い集められた娘たちがそこで働かされていたそうだ。昼夜を問わず辛い勤めを強いられ、耐えられず廓抜けを試みる女郎が後を絶たなかったらしい。もし発覚して捕まれば廓主から死ぬほど凄惨な仕置きを受けることになる。命がけの脱出だった。
だから失敗は許されない。抜けるとしたら、追っ手を振り切りやすい吹雪の夜。正気の者なら決して通うことはないだろう冬の采女取山道を抜け、内陸の街道へ出る他はない。
生きて無事に街道に逃れられる者はまずいなかった。
稀にこの里まで辿り着ける者もいたらしいが、それは決して幸運なことではなかった。
一夜の暖を求めて民家の戸を叩いても、皆廓主の報復を恐れ決して戸を開けようとはしなかったからだ。
――入れておくれ、助けておくれ! 寒いンだよう、凍えちまうンだよう! お腹にやや子がいるンだよう!
――助けておくれよう、どうして、どうして開けてくれないンだよう! アタシを見殺しにする気かいっ!
――……許さない、決して許さないよ。殺してやる、祟ってやる! お前たちの子を捕まえて、生きたまま肝を引きずり出して食ってやるから、覚えておけェっ!
翌朝、吹雪が止んだ後、村の者たちが山に登ってみると、昨夜の女郎が腰から下半分を真っ赤に染めて死んでいた。罪悪感に苛まれた村人たちは女郎の亡骸を手厚く葬ろうと女郎が死んだその場に埋葬しようとした。土を盛り終えた途端、ずぼっ、と血塗れの女の掌のような真っ赤な花が土中から突き出した。
女郎は村人たちから受けた仕打ちを死んだ後も忘れてはいなかったのだ。
冬の采女取には決して子供を近づけてはならない。
「そこまで話したところで、後ろの正面どーなぁーたぁー、バァっ! キャー! って子供を脅かすのがお約束なンだけど……どうかした?」
「いえ……」
――坊、こうしていると、温かいね。
――大丈夫。きっと今に……様が迎えに来るからね。
――それまで、おねえちゃんが傍についててあげるから、ね?
「……ごめんなさい蓮華さん。今日はもう上がってもいいですか?」
「うん? ああ良いよ。薪割り、お陰様で助かったよ」
立ち上がり方丈を後にする私の背中に、
「君、くれぐれも言っておくけど、佐保ちゃんが口が利けないのをいいことにやりたい放題するンじゃないよ!」
ケラケラ笑う蓮華の声が聞こえた。
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