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第6話
しおりを挟むたんなる姉の悪戯だった。
ろくに口も聞いたことの無い歳の離れた弟を、気まぐれにからかっただけだった。
……そう思い、忘れ去ってしまうにしては、それはあまりに甘美な体験だった。
あの出来事があった後も、昨日までと同じように僕たちの遊びを遠くから笑顔で眺め、そしていつの間にか僕たちの前から消えている、今までどおりの姉の挙動。あの日、夕暮れの川辺で垣間見せた別人のような表情とは違う、いつもの刀子姉さまの笑顔だった。
その頃の僕たちは、さすがにもう兵隊ごっこなどに興じるようなことはなくなり、むしろ下級の少年たちが子供じみた遊びに夢中になっている様を冷めた眼差しで眺めるような背伸びを気取った態度を身につけるようにさえなっていた。もっとも、だからといって傍から見れば仲間たちと群れだって集落の野山、人家の周辺を遊び回ることに大した違いはなく、たまたま見かけた同級の女の子たちの遊びにやや手の込んだ下品なちょっかいを出すことを覚えたり、そこそこ子供たちから尊敬を受けている大人と行き会った時には脱帽し一端ぶった挨拶をするようになったことが、変化といえば変化だった。
そんな僕たちを遠くからにこにこ見つめる姉の視線に誰かが気づけば、自分たちの垢ぬけたつもりで振舞う他愛無い狼藉が途端に子供じみた詰まらぬ背伸びに思え、皆面映ゆさをお互いに隠しながら黙り込むことはこれも変わらずいつものことで。
だが、そんな姉のいつまでも変わらぬ微笑みが、いつしか仲間たちの沈黙を別の種類のものに変えつつあった。
あの頃、なぜ仲間たちが姉の前ではあのように萎縮していたのか。それは単に姉の特別美しい容貌によるところからだけではあるまい。今にして思えば、自分らより年長者である僕の姉が、なぜ他のおねえさん振った年上の娘たちのような世間擦れした苦笑いでなしに、いつの間にか仲間に加わって一緒に遊んでいたとでもいうような無防備であけすけな表情を浮かべ、いつも僕たちの遊ぶ様子を眺め一人佇んでいるのか、当時の僕たちはその不可解さを只不可解なり、と皆首を傾げていたに過ぎない。棒きれを振り回し泣くも笑うも一緒くたに駆け回っていた、ほんの少し前の自分たちが浮かべていたような、ただ無邪気、無垢爛漫な、それ以上のそれ以外の余地のない、まっさらな姉の笑顔。
だが、それが小さな子供の遊びの輪の中に、大の大人が嬉々として加わっているに等しい異常な様子であることに皆がようやく気づき始め、今度はその異分子に接し、どのような対応で向かうべきか、胸の内で腕を組み考えあぐねている沈黙と思われた。
ただ、例の喇叭吹きの少年は、姉の前では普段の太鼓持ちぶりも忘れて顔を赤らめ何か言いたげにモジモジし、時々なぜか僕たちの家の周りを用もなく一人でウロウロしている様子が目撃されることもあった。
それでも表面上は、あの出来事以前のまま、姉は相変わらずニコニコ笑いながら僕たちの視界の片隅に現れ、気がつけばいつの間にか何処かへ姿を消している。周囲において、姉の存在は、結局はいつもと何一つ変わらない只の日常風景の一部であるに過ぎなかったのだ。
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