上 下
59 / 66
「乙女☆プリズム夢の王国」特典ストーリーの世界

バッドエンドへの岐路~竜殺しのお試し

しおりを挟む
 聖杯を持ったエスティアを庇うように男たちが先に洞窟を出た。
 黒い羽毛で全身覆われた竜は入口近くでエスティアたちを待ち受けるように低く唸っている。

「うえ、デカい。これ三階建ての建物より……下手すると五階建てくらいサイズあるぞ!? オレが昔倒したやつの倍以上大きいし……綿毛竜コットンドラゴンは魔法も使えるのにどうしよう!?」

 自称〝竜殺し〟の魔法剣士様のお言葉である。
 しかし何ひとつ安心できる要素がない。むしろ不安が倍増した。

 ところが、一定の距離を保ったまま黒竜は唸るばかりで近づいて来ない。

「エスティア。あんたの持ってる聖杯に反応してるみたいね」
「確かに。瘴気の影響も薄まってるみたい」

 聖杯からは白い光が放たれている。柔らかく、暖かくも涼しくも感じる魔力だった。
 聖杯から聖なる魔力が放たれたことで、黒竜を覆う瘴気も薄まってきている。

「これなら今のオレでも……!」
「あっ、ヨシュアさん!?」

 ヨシュアが飴玉状の魔力ポーションを口に放り込み、そのままグレーのローブを脱ぎ捨てて黒竜に向かって走り出した。
 速い! ローブの下は旅人とは思えない真っ白な軍服だった。ネイビーのラインとミスラル銀の装飾が残像のように見えるほど速かった。

 走りながら魔力で透明な魔法剣を次々創り出しては黒竜に切っ先を向けて飛ばしていく。

 最後に一振りの細身の剣を両手で握りしめて黒竜近くの大樹の幹を駆け上がったかと思えば、大きく跳躍した。

「竜を倒すのは二度目だ。〝竜殺し〟の称号持ちは伊達じゃないって証明しないとね」

 不敵に笑って魔法剣を大きく振り下ろした。

 そこからの光景はあっという間だった。
 ヨシュアの持つ魔法剣がするりとバターに差し込まれたナイフのように黒竜の脳天に吸い込まれていく。
 抵抗などないかのように、するっとだ。

 そのはずだった。

 だが、真っ黒に染まった羽竜の、もふっと密集した羽毛が魔法剣の勢いを削いでしまって、羽毛の下のドラゴンの肉体まで届かない。
 突き刺さっていたはずの数多の透明な魔法剣も、黒竜がブルっと身を震わせるなり地面に落ちていった。

綿毛竜コットンドラゴンがこんなに凶悪になるなんて。……よほど辛い目に遭ったんだね)

 斬りつけることを諦めたヨシュアが、黒竜の背後に飛び乗った。ちょうど翼の根元付近だ。
 羽竜は翼の付け根が弱点と言われている。

 そこで黒竜が雄叫びを上げた。背に着地していたヨシュアは猛烈な瘴気を浴び、感電するように動きが止まった。

「うぐ……きっつう。………………あれ?」

 ビリビリと青銀の髪や産毛まで逆立つ中、暴れる黒竜の鳴き声に混ざって聞こえてくる声なき声があった。

『ギャース!(おなかへった!)』

「え? 『お腹減った?』」

 しかも聞こえてくる声は子供っぽい幼い声だ。

「ヨシュア殿。まさか黒竜の意思がわかるのですか!?」

 ヒューレットが驚愕している。

「え、君たちにはこの〝声〟は聴こえてないの?」

 そのようだ。他のメンバーにも聞こえている様子はない。


 おなかへった

 くもつがない!

 うそつき!

 これだからにんげんは

 おいしいごはん!

 くだもの! くさ! くだもの! くさ! きのみも!


「……って言ってるけど」
「おい、そいつの瘴気を祓う方法を聞いてくれ!」

 テレンスが下から怒鳴ってきたので聞いてみたが、いまいち要領を得ない。

「うーん。意思の疎通が取れないなあ。瘴気のせいなんだろうけど。とりあえず、攻撃してみたら?」

 二属性魔力を込めた剣や短剣はここに来るまでにエスティアたちに渡してある。

「え、でも。ヨシュアさん」

 黒竜の背に乗った麗しの魔法剣士は、自分も瘴気を帯びて青銀の髪を逆立てていたが、どういうわけか落ち着いて見える。

 けれど、その薄水色の瞳はエスティアたちを見定めるような、試すような色をのせていた。
 少なくともエスティアにはそう見えた。

(この人の目、不思議だわ。虹彩の中に銀色の花が咲いてる。前世だったらアースアイって呼ばれる模様よね)

 プリズム王国でも稀にこのような瞳を持つ者はいる。
 大抵は特殊な魔法の術式を肉体に刻み込んでいる者たちだ。

(怖い。ここで選択を間違えたら、危険なルートに行ってしまいそう)

 なぜか、ものすごい強いプレッシャーの圧力を感じた。
 何が正しい選択になるだろうか?
 黒竜は瘴気をまとって暴れているが、『お腹が減った』と言っているらしい。
 ヨシュアは攻撃しろと言っているが、黒竜の背に彼がいるので下手な攻撃をすれば彼に当たってしまう。

 エスティアたちの持つ属性魔法もだ。
 今いる山頂部から黒竜を崖方面に誘導して落とすのは可能だろうが、羽竜は背中に翼があるので飛んで逃げてしまいかねない。

 一対の翼を切り落とすことができれば機動力は大きく削ぎ落とせる。
 セドリックの土の魔力で岩や土を動かして足止めし、カーティスやサンドローザ王女の火の魔力で生み出す猛火をエスティアとテレンス親子の風の魔力で増大させ、ヒューレットの水の魔力の幻影を使いつつ翻弄していく。
 そんな手順が浮かんだ。だが。



「待って。意思のある魔物なら傷つけてしまうのは可哀想。やはり基本に忠実に、聖杯を使いましょう」

 だからそれまで黒竜を抑えてほしいとヨシュアに頼むと、満足そうな顔で「任せて」と頷かれた。

 直後、それまでエスティアにかかっていたプレッシャーが消失した。

(えっ。私、息を詰めてた? 圧力が消えた。……圧力?)

 そのプレッシャーを与えていたのが黒竜ではなく背にいるヨシュアのほうだと悟って、エスティアはぞぞっと鳥肌が立つのを感じた。
 本人は麗しく笑っていたが、なぜだかその微笑みに背筋が冷えるような感覚を覚えた。

(私、正しい選択をしたみたい)

 間違えていたらバッドエンド一直線だった。そんな感覚があった。







※つまりこの男、お助けキャラではなく……
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました! でもそこはすでに断罪後の世界でした

ひなクラゲ
恋愛
 突然ですが私は転生者…  ここは乙女ゲームの世界  そして私は悪役令嬢でした…  出来ればこんな時に思い出したくなかった  だってここは全てが終わった世界…  悪役令嬢が断罪された後の世界なんですもの……

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

侯爵令嬢の置き土産

ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。 「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ

藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。 そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした! どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!? えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…? 死にたくない!けど乙女ゲームは見たい! どうしよう! ◯閑話はちょいちょい挟みます ◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください! ◯11/20 名前の表記を少し変更 ◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更

処理中です...