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第二章 異世界ど田舎村を救え!

その頃、日本では~side八十神、京都に帰省しお社長の正体に気づく

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 あの御米田の元カノと別れた後から、僕はどうにも不調で仕方がなかった。
 普段ならやらない凡ミスは連発するわ、社内のカフェスペースに行けば下ろしたてのワイシャツにコーヒーをこぼすわで。

 偏頭痛にも悩まされたし、胃腸の調子もおかしかった。口の中にはいくつも口内炎ができ、先日などついに医者通いだ。
 顔色が悪いことを心配してくれた同じ部署の上司の勧めで半休取って医者に行ったら『胃潰瘍のなりかけ』ときてさらにイライラした。

 あの女と切れるまでのいざこざもだが、やはり僕がやってしまった御米田の企画盗用や女を奪ったことなどが堪えていた。
 どちらも、いつもの僕だったら絶対にやらない愚かな行為だった。特に他人の女を盗るなどホスト経験のある僕にはタブーだったはずだ。トラブルになるのが目に見えているからね。
 これまで社内恋愛したときもかなり気をつけていた。一回だけ相手の女から複数又かけられて他の男と揉めかけたがそれぐらい。

 確かに僕は出世欲の強い男だがあのときの僕は完全におかしかった。
 しかも謝ろうにも御米田はとっくに会社を退職していたし、スマホのメッセージアプリもブロックされている。

 先日、浅草のうなぎ屋で御米田の父親に会って、……許されてようやく僕の中で過ちに一区切りついた。
 次に御米田に会う機会があれば誠意を持って謝ろう。それであいつが許してくれるかはわからないが、その日が来ることを念頭に置いて日々を生き直すことにした。

 だが、あまりにも不調続きで何かがおかしいと思い始めた。
 こういうときは厄除けやお祓いに行くものだと、ホスト時代に世話になったオーナーやお得意様がよく言ってたものだ。
 東京なら神社仏閣は山ほどあるが……

 僕が選んだのは故郷の京都だ。例のコンペ特典の海外支社への栄転も消えた今、仕事も通常通りで特に忙しいこともない。
 京都の夏は茹るほど暑くなる。行くならまだ七月の今月のうちだ。
 金曜だけ有給を取って、金土日の二泊三日で帰省することにした。



 僕のうちは母子家庭だった。
 京都の叡山電鉄の沿線に小さな家があって、そこで母親と高校まで二人暮らしだった。

 母は僕を産むまでは芸妓をやっていたと聞いている。出身地は京都ではない他の地域らしいが詳しく教えてくれることはなかった。
 父親はわからない。けど母子家庭でも経済的に困ってはいなかったから父方からの支援はあったのかもしれない。

 僕を産んだ後の母は芸妓に戻らず、昼間はスーパーのパート、夜はクラブの雇われママで僕を育ててくれた。
 そういう生活だったから僕も水商売の苦労をよく知っていた。ホストクラブのバイトも大学に通ってる間だけと最初から決めていたのだ。

 そして東京新橋の手堅い総合商社に入社した。内定を貰って報告した母が喜んでくれて僕も嬉しかったな……
 母も今は夜の街から遠ざかり、細々と芸妓時代から嗜んでいた短歌の先生として教室を開いたり、地方の生徒の歌の添削をしたりして暮らしている。

 自宅に着いたのは金曜の昼前だった。
 東京から京都へは新幹線で一時間。京都駅からバスを一回乗り換えて自宅最寄りの駅へ。そこから徒歩で十数分。住宅街の片隅にある、バブル期の後に建てられた二階建ての小さな家が僕の実家。

「どうしたの、アキラ。急に帰ってくるなんて連絡貰ったときは驚いたわ」

 久し振りに会った母はまだ五十代の始めだ。僕がまだ家にいた頃と変わらずほっそりした女性である。
 顔は僕とそっくりの美人だ。僕は母親似なのだ。
 地元の人といるときは京言葉を使う母だが、僕と一緒のときは共通語だ。こちらが母の素らしい。僕も東京に出てから長いせいで京言葉はすっかり抜けてしまった。
 昔まだ雇われママだった頃は着物姿も多かったが、最近の母はもう普通に洋服のワンピース姿が日常のようだ。

「いや、もう何年も帰省してないなって思って。仕事も今そんなに忙しくなかったから」
「そう? 悪いんだけど夜は町内会の懇親会があってねえ。外で食べてきてくれる?」
「わかった」

 何か事情があることは母も察してるだろうが探りを入れてくることはなかった。昔から僕たち親子はこういうところがドライだ。



 夕方、母が出かけた後に実家最寄り駅近くをぶらぶらと歩いた。
 スーパーは子供の頃から変わらなかったが、観光客向けの雑貨屋、飲食店などはだいぶ様変わりしていた。
 今年は七月でもう真夏日も多い。京都駅まで出るのも億劫だった僕は、線路沿いから一本住宅街寄りの道にある古い喫茶店に寄ることにした。
 夜はバーになるが十時までなら未成年でも入れる。高校の頃はよくここで母親がいない夜の時間を勉強しながら潰していた店だった。

「アラッ。もしかしてアキラ君!?」

 野太い声のオーナーママにさっそく捕まった。ママと呼ばせるがこの人は男だ。見た目も男だが心は女というやつらしい。自分でオカマだからと昔からネタにしている。

「よく覚えてますね。ママ」
「アキラ君可愛かったもん。将来絶対ええ男になるって確信しとったもん~」

 窓際の席に行こうとして問答無用でカウンターに座らされた。

 ママの手作りレーズンバターで飲むウイスキーがとにかく美味い。ここは夜は国産ウイスキーが飲める穴場なのだ。
 夜の八時を過ぎると地元の学生もほとんどいなくなるから静かに酒を楽しめる。

 軽食も美味くて安い。地元農家から仕入れてる野菜たっぷりの焼きうどんは僕の子供の頃からの好物だ。
 オカマのママとの他愛ないおしゃべりも楽しくて……

「ん?」

 締めに頼んだ、ゆらゆらと湯気で揺らめくカツオ節ごとうどんを箸すくいながら、ふと何かを思い出しそうになった。
 じっとカウンターのママを見つめる。四角い顔の中年のオッサンだ。ママは男だとわかりやすいオカマだが……

 脳裏にパッと浮かんだのは、取引先のあの甲高いのにダミ声のズーズー弁、米俵みどり社長だ。

「しまった。僕としたことが」

 あれがオカマの反対のオナベかとなると自信がなかったが……そうだ、あれは男性というより女性の立ち居振る舞いや雰囲気ではなかったか?

 僕は焼きうどんが冷めるのもかまわず、即座にスマホで米俵社長の会社を検索した。
 会社の公式サイトの社長挨拶の写真だけではわからない。あの解釈を間違えたハイブランドスーツ姿でイモ顔の演歌歌手崩れの姿は変わらない。
 だがSNSで検索しなおすと個人アカウントに辿り着く。投稿画像欄を見ると、夫や息子たちとの旅行やパーティー写真が出てくる……やはり女性だったか……

 だ、だとすると僕は初接待の場で何をした?
 タイの可愛い女の子情報を聞き出して場を盛り上げたつもりで、実は相手をドン引きさせていたのではないか!?

「アキラ君。うどん、冷めるで?」
「……はい」

 もそもそと冷めかけた焼きうどんに再び箸を戻す。美味いはずの焼きうどんの味はもうわからなかった。





NEXT→京都の鞍馬山には魔王殿というお社がある……


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