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第二章 異世界ど田舎村を救え!
俺、もなか酒造へ行く
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翌日、俺は早朝のうちに日課のど田舎村の見回りを済ませ、朝飯を食ってからユキりんを連れて〝もなか酒造〟へ向かった。
もなか村の酒蔵は数年前に最後の一軒が廃業し、建物と設備だけが残っている。
もなか村は村ごと異世界転移してきている。村役場や民家近くまで整備されたアスファルト道路もだ。
というわけで、もなか村内を移動するときはマウンテンバイクでビューッとな。山道と違ってユキりんも文句言わず後輪のサイドステップに乗って俺と二ケツだ。
ギアをきかせてハイスピードで風を斬るように走って十分弱。酒造りに必要な湧水の出口は山裾にいくつかあるんだが、一番水量の多いとこに〝もなか酒造〟はある。……いや、あった。
「さすが村一番の稼ぎ頭だったお家。立派なもんだ」
有限会社もなか酒造は、酒田さんちの代々の家業だった。
けど山にゴルフ場ができて湧水が汚染されて以降、年々規模を縮小して酒田社長の杜氏の一人蔵状態が長く続いていた。
敷地はさすがに雑草生え放題で荒れていたが、酒田さんちの日本家屋はまあ見事なものだ。もなか村で一番古くてデカい本物の名士の家だからな。
ばあちゃんちと同じ平屋だが三倍近く大きい。異世界転移する前でも家だけは、親戚が年数回は来て管理していたそうだ。
雨戸もピシーッと閉まってて朽ちた感じもない。手入れすればすぐまた住めるだろう。
最後の社長は去年亡くなっている。俺は仕事が忙しくて来れなかったが、近年例を見ない盛大な葬儀が行われ、全国から〝もなかの酒〟ファンが追悼に訪れたそうだ。
今もなか村に残っている日本酒はすべて数年前まで酒田社長がまだ足腰が動くうちにと彼が醸したものだ。
酒田社長がもなか村の最後の砦だった。彼が亡くなって、もなか村に残ってたばあちゃんたち以外の人々はもう諦めて隣町に皆移ってしまったんだと。
村長は必死で本籍地だけは村に残してくれるよう交渉し、ギリギリ綱渡り状態で村を維持してたところにホイホイやってきたのが俺だ。
仕事の失敗と女に振られて帰省したところを、逃さずゲットされてしまった。
同じ敷地内にもなか酒造の酒蔵がある。こちらはバブル期に建てた鉄筋の建物。
村長から渡された鍵で開けて中に入ると、日本酒の香りがふわっと香った。もなかの酒の酵母菌のほうが強いんだな。数年放置されててもカビ臭さはない。
村長によれば酒造りに必要な全設備がそのまま残ってるそうだ。
「冷蔵庫に冷凍庫は稼働中か。ユキりん、中見て腐ってるものないかチェックしてくれ」
「わかりました」
大型の業務用の、冷蔵庫のほうはほぼ空だった。
冷凍庫側に玄米のままの酒米や、麹菌、酵母のパックが凍って詰まっている。
「本当ならもなかの酒米で造るべきなんだろうが……」
「ど田舎村にもお米はたくさんありますしね。そっちで先に実験したらどうですか?」
「だな」
さっそく酒造り、といきたかったが数年放置された酒蔵はさすがにそのままでは使えない。
今日は簡単に酒蔵の内部確認だけだ。明日から数日かけて掃除することにして戻ることにした。
村長から、もなか酒造の酒造手順を記したノートは先に預かっていた。しばらくは読み込んで研究するのが先だなあ。
もなか酒造を後にして、そのままマウンテンバイクで一度ユキりんと一緒に男爵の屋敷に現状報告しに行った。
設備も麹菌や酵母菌も無事そうだと。
「ほうか。新年は新酒が飲みてえなあ。頼んます、ユキちゃんー」
「んだなあ」
まったく。村長も勉さんも俺がやると思って軽く言ってくれるもんだ。
日本となぜか繋がったままのスマホで検索すると、日本酒は二ヶ月あれば作れるらしい。
今は七月。試行錯誤して年明けに間に合うかどうか。……酒造りど素人の俺がだぞ? 不安しかないわ。
「もなか酒造は有名なメーカーだったんでしょう? 後継ぎはいなかったんですか」
「お、ユキリーン君。それを聞いてくれるか」
俺たちの話を聞いてたユキりんが不思議そうに首を傾げた。
思うんだがユキりんなかなか頭の良い美少年だべ。まだまだ懐いてくれなくて深い話ができる仲じゃねえんだが、恐らく奴隷商に誘拐されるまではどこか貴族の子供だったと思われる。
思考や所作が庶民とはやっぱり違うんだそうだ。男爵が前に言っていた。
「最後の社長がな、孫が後継ぎになってくれるて信じて、孫が高校卒業するまではと一人蔵で頑張っでたの。老体に鞭打っで」
「だがまだ孫は今のユキリーンぐらいだった。せめであと数年……とやっとるうちにおっ死んじまっただ」
「そうでしたか……」
村長と勉さんが簡単に説明してくれた。
「もなか酒造は後継ぎ予定だったお孫さん本人は乗り気だったんだよな。確か」
「んだ。だが母親が杜氏にするの大反対だった。そんで結局もなか酒造は廃業だべ」
「嫁さんがさ、下戸なんだべ。旦那と舅が酒飲むと陽気になって騒ぐのが嫌で嫌で仕方なかったって葬式のとき言っでだ。ありゃもう孫ちゃんをもなか村に寄越すことはなさそうだべ」
酒田社長の息子夫婦は離婚して、後継ぎ予定の孫は母親に引き取られて今どこにいるかわからない。
「ゴルフ場さえできなけりゃ……チッ」
勉さんが鋭く舌打ちした。そうだ、もなか村の衰退のすべてはそこから始まっている。
最盛期には、もなか酒造だけで年間十億近い売上だったのが、湧水汚染後に酒の味が落ちて廃業の頃には数千万まで落ち込んでいたそうだ。
俺たち庶民からしたらそれだって大きな数字だが、そこから酒の製造原価や光熱費など経費諸々を引いたらそりゃもう哀れなほど残る金は少なかったらしい。
「孫ちゃんを後継ぎにさせだくながったお母ちゃんの気持ちもわがる。可愛い子供に苦労なんてさせたくねえもん」
「んだなあ……村の支援も焼け石に水だったべ」
もなか酒造の最後を見届けた村長と勉さんはしみじみと言うのだった。
NEXT→御米田はユキリーンと魚の話で盛り上がった……(鮭)
もなか村の酒蔵は数年前に最後の一軒が廃業し、建物と設備だけが残っている。
もなか村は村ごと異世界転移してきている。村役場や民家近くまで整備されたアスファルト道路もだ。
というわけで、もなか村内を移動するときはマウンテンバイクでビューッとな。山道と違ってユキりんも文句言わず後輪のサイドステップに乗って俺と二ケツだ。
ギアをきかせてハイスピードで風を斬るように走って十分弱。酒造りに必要な湧水の出口は山裾にいくつかあるんだが、一番水量の多いとこに〝もなか酒造〟はある。……いや、あった。
「さすが村一番の稼ぎ頭だったお家。立派なもんだ」
有限会社もなか酒造は、酒田さんちの代々の家業だった。
けど山にゴルフ場ができて湧水が汚染されて以降、年々規模を縮小して酒田社長の杜氏の一人蔵状態が長く続いていた。
敷地はさすがに雑草生え放題で荒れていたが、酒田さんちの日本家屋はまあ見事なものだ。もなか村で一番古くてデカい本物の名士の家だからな。
ばあちゃんちと同じ平屋だが三倍近く大きい。異世界転移する前でも家だけは、親戚が年数回は来て管理していたそうだ。
雨戸もピシーッと閉まってて朽ちた感じもない。手入れすればすぐまた住めるだろう。
最後の社長は去年亡くなっている。俺は仕事が忙しくて来れなかったが、近年例を見ない盛大な葬儀が行われ、全国から〝もなかの酒〟ファンが追悼に訪れたそうだ。
今もなか村に残っている日本酒はすべて数年前まで酒田社長がまだ足腰が動くうちにと彼が醸したものだ。
酒田社長がもなか村の最後の砦だった。彼が亡くなって、もなか村に残ってたばあちゃんたち以外の人々はもう諦めて隣町に皆移ってしまったんだと。
村長は必死で本籍地だけは村に残してくれるよう交渉し、ギリギリ綱渡り状態で村を維持してたところにホイホイやってきたのが俺だ。
仕事の失敗と女に振られて帰省したところを、逃さずゲットされてしまった。
同じ敷地内にもなか酒造の酒蔵がある。こちらはバブル期に建てた鉄筋の建物。
村長から渡された鍵で開けて中に入ると、日本酒の香りがふわっと香った。もなかの酒の酵母菌のほうが強いんだな。数年放置されててもカビ臭さはない。
村長によれば酒造りに必要な全設備がそのまま残ってるそうだ。
「冷蔵庫に冷凍庫は稼働中か。ユキりん、中見て腐ってるものないかチェックしてくれ」
「わかりました」
大型の業務用の、冷蔵庫のほうはほぼ空だった。
冷凍庫側に玄米のままの酒米や、麹菌、酵母のパックが凍って詰まっている。
「本当ならもなかの酒米で造るべきなんだろうが……」
「ど田舎村にもお米はたくさんありますしね。そっちで先に実験したらどうですか?」
「だな」
さっそく酒造り、といきたかったが数年放置された酒蔵はさすがにそのままでは使えない。
今日は簡単に酒蔵の内部確認だけだ。明日から数日かけて掃除することにして戻ることにした。
村長から、もなか酒造の酒造手順を記したノートは先に預かっていた。しばらくは読み込んで研究するのが先だなあ。
もなか酒造を後にして、そのままマウンテンバイクで一度ユキりんと一緒に男爵の屋敷に現状報告しに行った。
設備も麹菌や酵母菌も無事そうだと。
「ほうか。新年は新酒が飲みてえなあ。頼んます、ユキちゃんー」
「んだなあ」
まったく。村長も勉さんも俺がやると思って軽く言ってくれるもんだ。
日本となぜか繋がったままのスマホで検索すると、日本酒は二ヶ月あれば作れるらしい。
今は七月。試行錯誤して年明けに間に合うかどうか。……酒造りど素人の俺がだぞ? 不安しかないわ。
「もなか酒造は有名なメーカーだったんでしょう? 後継ぎはいなかったんですか」
「お、ユキリーン君。それを聞いてくれるか」
俺たちの話を聞いてたユキりんが不思議そうに首を傾げた。
思うんだがユキりんなかなか頭の良い美少年だべ。まだまだ懐いてくれなくて深い話ができる仲じゃねえんだが、恐らく奴隷商に誘拐されるまではどこか貴族の子供だったと思われる。
思考や所作が庶民とはやっぱり違うんだそうだ。男爵が前に言っていた。
「最後の社長がな、孫が後継ぎになってくれるて信じて、孫が高校卒業するまではと一人蔵で頑張っでたの。老体に鞭打っで」
「だがまだ孫は今のユキリーンぐらいだった。せめであと数年……とやっとるうちにおっ死んじまっただ」
「そうでしたか……」
村長と勉さんが簡単に説明してくれた。
「もなか酒造は後継ぎ予定だったお孫さん本人は乗り気だったんだよな。確か」
「んだ。だが母親が杜氏にするの大反対だった。そんで結局もなか酒造は廃業だべ」
「嫁さんがさ、下戸なんだべ。旦那と舅が酒飲むと陽気になって騒ぐのが嫌で嫌で仕方なかったって葬式のとき言っでだ。ありゃもう孫ちゃんをもなか村に寄越すことはなさそうだべ」
酒田社長の息子夫婦は離婚して、後継ぎ予定の孫は母親に引き取られて今どこにいるかわからない。
「ゴルフ場さえできなけりゃ……チッ」
勉さんが鋭く舌打ちした。そうだ、もなか村の衰退のすべてはそこから始まっている。
最盛期には、もなか酒造だけで年間十億近い売上だったのが、湧水汚染後に酒の味が落ちて廃業の頃には数千万まで落ち込んでいたそうだ。
俺たち庶民からしたらそれだって大きな数字だが、そこから酒の製造原価や光熱費など経費諸々を引いたらそりゃもう哀れなほど残る金は少なかったらしい。
「孫ちゃんを後継ぎにさせだくながったお母ちゃんの気持ちもわがる。可愛い子供に苦労なんてさせたくねえもん」
「んだなあ……村の支援も焼け石に水だったべ」
もなか酒造の最後を見届けた村長と勉さんはしみじみと言うのだった。
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