異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ

真義あさひ

文字の大きさ
上 下
92 / 206
第二章 異世界ど田舎村を救え!

俺、もなか酒造へ行く

しおりを挟む
 翌日、俺は早朝のうちに日課のど田舎村の見回りを済ませ、朝飯を食ってからユキりんを連れて〝もなか酒造〟へ向かった。
 もなか村の酒蔵は数年前に最後の一軒が廃業し、建物と設備だけが残っている。

 もなか村は村ごと異世界転移してきている。村役場や民家近くまで整備されたアスファルト道路もだ。
 というわけで、もなか村内を移動するときはマウンテンバイクでビューッとな。山道と違ってユキりんも文句言わず後輪のサイドステップに乗って俺と二ケツだ。
 ギアをきかせてハイスピードで風を斬るように走って十分弱。酒造りに必要な湧水の出口は山裾にいくつかあるんだが、一番水量の多いとこに〝もなか酒造〟はある。……いや、あった。

「さすが村一番の稼ぎ頭だったお家。立派なもんだ」

 有限会社もなか酒造は、酒田さんちの代々の家業だった。
 けど山にゴルフ場ができて湧水が汚染されて以降、年々規模を縮小して酒田社長の杜氏の一人蔵状態が長く続いていた。

 敷地はさすがに雑草生え放題で荒れていたが、酒田さんちの日本家屋はまあ見事なものだ。もなか村で一番古くてデカい本物の名士の家だからな。
 ばあちゃんちと同じ平屋だが三倍近く大きい。異世界転移する前でも家だけは、親戚が年数回は来て管理していたそうだ。
 雨戸もピシーッと閉まってて朽ちた感じもない。手入れすればすぐまた住めるだろう。

 最後の社長は去年亡くなっている。俺は仕事が忙しくて来れなかったが、近年例を見ない盛大な葬儀が行われ、全国から〝もなかの酒〟ファンが追悼に訪れたそうだ。
 今もなか村に残っている日本酒はすべて数年前まで酒田社長がまだ足腰が動くうちにと彼が醸したものだ。

 酒田社長がもなか村の最後の砦だった。彼が亡くなって、もなか村に残ってたばあちゃんたち以外の人々はもう諦めて隣町に皆移ってしまったんだと。
 村長は必死で本籍地だけは村に残してくれるよう交渉し、ギリギリ綱渡り状態で村を維持してたところにホイホイやってきたのが俺だ。
 仕事の失敗と女に振られて帰省したところを、逃さずゲットされてしまった。

 同じ敷地内にもなか酒造の酒蔵がある。こちらはバブル期に建てた鉄筋の建物。
 村長から渡された鍵で開けて中に入ると、日本酒の香りがふわっと香った。もなかの酒の酵母菌のほうが強いんだな。数年放置されててもカビ臭さはない。
 村長によれば酒造りに必要な全設備がそのまま残ってるそうだ。

「冷蔵庫に冷凍庫は稼働中か。ユキりん、中見て腐ってるものないかチェックしてくれ」
「わかりました」

 大型の業務用の、冷蔵庫のほうはほぼ空だった。
 冷凍庫側に玄米のままの酒米や、麹菌、酵母のパックが凍って詰まっている。

「本当ならもなかの酒米で造るべきなんだろうが……」
「ど田舎村にもお米はたくさんありますしね。そっちで先に実験したらどうですか?」
「だな」

 さっそく酒造り、といきたかったが数年放置された酒蔵はさすがにそのままでは使えない。
 今日は簡単に酒蔵の内部確認だけだ。明日から数日かけて掃除することにして戻ることにした。

 村長から、もなか酒造の酒造手順を記したノートは先に預かっていた。しばらくは読み込んで研究するのが先だなあ。



 もなか酒造を後にして、そのままマウンテンバイクで一度ユキりんと一緒に男爵の屋敷に現状報告しに行った。
 設備も麹菌や酵母菌も無事そうだと。

ほうかそうか。新年は新酒が飲みてえなあ。頼んます、ユキちゃんー」
「んだなあ」

 まったく。村長も勉さんも俺がやると思って軽く言ってくれるもんだ。
 日本となぜか繋がったままのスマホで検索すると、日本酒は二ヶ月あれば作れるらしい。
 今は七月。試行錯誤して年明けに間に合うかどうか。……酒造りど素人の俺がだぞ? 不安しかないわ。

「もなか酒造は有名なメーカーだったんでしょう? 後継ぎはいなかったんですか」
「お、ユキリーン君。それを聞いてくれるか」

 俺たちの話を聞いてたユキりんが不思議そうに首を傾げた。
 思うんだがユキりんなかなか頭の良い美少年だべ。まだまだ懐いてくれなくて深い話ができる仲じゃねえんだが、恐らく奴隷商に誘拐されるまではどこか貴族の子供だったと思われる。
 思考や所作が庶民とはやっぱり違うんだそうだ。男爵が前に言っていた。

「最後の社長がな、孫が後継ぎになってくれるて信じて、孫が高校卒業するまではと一人蔵で頑張っでたの。老体に鞭打っで」
「だがまだ孫は今のユキリーンぐらいだった。せめであと数年……とやっとるうちにおっんじまっただ」
「そうでしたか……」

 村長と勉さんが簡単に説明してくれた。

「もなか酒造は後継ぎ予定だったお孫さん本人は乗り気だったんだよな。確か」
「んだ。だが母親が杜氏にするの大反対だった。そんで結局もなか酒造は廃業だべ」
「嫁さんがさ、下戸なんだべ。旦那と舅が酒飲むと陽気になって騒ぐのが嫌で嫌で仕方なかったって葬式のとき言っでだ。ありゃもう孫ちゃんをもなか村に寄越すことはなさそうだべ」

 酒田社長の息子夫婦は離婚して、後継ぎ予定の孫は母親に引き取られて今どこにいるかわからない。

「ゴルフ場さえできなけりゃ……チッ」

 勉さんが鋭く舌打ちした。そうだ、もなか村の衰退のすべてはそこから始まっている。

 最盛期には、もなか酒造だけで年間十億近い売上だったのが、湧水汚染後に酒の味が落ちて廃業の頃には数千万まで落ち込んでいたそうだ。
 俺たち庶民からしたらそれだって大きな数字だが、そこから酒の製造原価や光熱費など経費諸々を引いたらそりゃもう哀れなほど残る金は少なかったらしい。

「孫ちゃんを後継ぎにさせだくながったお母ちゃんの気持ちもわがる。可愛い子供に苦労なんてさせたくねえもん」
「んだなあ……村の支援も焼け石に水だったべ」

 もなか酒造の最後を見届けた村長と勉さんはしみじみと言うのだった。





NEXT→御米田はユキリーンと魚の話で盛り上がった……(鮭)
しおりを挟む
感想 257

あなたにおすすめの小説

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?

京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。 顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。 貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。 「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」 毒を盛られ、体中に走る激痛。 痛みが引いた後起きてみると…。 「あれ?私綺麗になってない?」 ※前編、中編、後編の3話完結  作成済み。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

処理中です...