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第一章 異世界転移、村ごと!

俺、村の温泉に入る

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 昼の弁当を食べ終えて、まだ昼休み時間は半分残っている。
 俺は役場内の売店で買ってあったラノベ原作の漫画本を開いた。

 もなか村にコンビニなどという文明最先端の店はない。
 村にあった唯一の個人商店は一昨年ついに廃業し、代わりに役場の中の売店を拡張して村民たちに必要な最低限の生活雑貨や衣料品、医薬品などを販売している。
 俺のばあちゃんがはいてるモンペなんかもここで売ってるやつだ。
 もっとも今はネット通販の全盛期なので、通販で間に合わない生活必需品を村役場が代理で仕入れて売ってる感じだ。
 新聞や雑誌、本も頼めば取り寄せてくれるので店員さんにお願いしてあったのだ。

 ちなみに余談だが、もなか村は大手ネットショップが提供する『当日お届け便』の対象外地域だ。届いても早くて翌日の午後だ。僻村の悲哀だな……

「へー。まだ異世界転生ものって流行ってるんだ。俺が学生のときがピークかと思ってた」

 会社員時代、後輩に借りていたシリーズの最新刊だった。続きが出てるのは知ってたが退職や引っ越しのゴタゴタで最近思い出したのだ。
 内容はよくあるやつで、リーマン主人公が仕事帰りにトラックと激突する事故で次元を超えて異世界転生する。話が進んでくるとまた別のキャラが階段を踏み外して地面と衝突する衝撃で異世界転生。二人はライバルとなって異世界で勇者として戦うことになる。
 最新の展開では、主人公の母校の学生たちが授業中にクラス全員で異世界へと転移して、現地のお姫様に国の滅びを救ってくれと頼まれていた。

「そうそう、クラス転移とか。教室の床に魔法陣が光ってさあ~」

 俺の学生の頃は異世界転生や転移といえば主人公単独が多かったが、最近ではグループアイドルさながら大人数で世界を超えてしまうものが増えてるらしい。
 正直、人数が増えるとキャラの名前と顔が一致しなくなってくるから俺みたいな思い出したときだけ続きを買って読むタイプにはちょっときつい。



 その後はいつも通り村役場の何でも屋をやりながら、終業時間になった。
 職員の大半は隣町から来ているので残業する者は皆無。自家用車持ちを除くと帰りのバスは一本しかないので、逃すと泊まりになってしまうからだ。

 俺はご年配の皆さんの退勤を見届けた後で、役場内を見回って窓や鍵のチェックだ。役場内の管理業務だな。もちろん残業代はこの時間分も出てるぞ。
 面倒な仕事だが、慣れれば一通り建物の中を歩くだけで終わる。それぞれの部署でちゃんと窓の開け閉めを徹底してくれてるからな。

 終わったら、敷地内の村営温泉に入って掃除して帰るまでが俺の日常タスクだ。
 今では利用者ゼロの日も多い、もなか村役場の温泉は天然温泉なのだが、今ではたまに温泉マニアが来るぐらい。
 俺はバイトでも一応村役場の職員扱いなので、入湯料無しでの利用許可をもらっていた。

「ぐぁあ……染みる……」

 硫黄泉独特の卵のような臭いの、もなか村温泉は四十二度から三度。高めの温度のせいで逆に高齢者が使いにくいのかもしれない。
 村が寂れる前までは、温泉療法といって湯治客に対応する宿がいくつもあったという話だ。
 実際、もなか村で温泉を利用する村民たちは他の地域と比べてガンや慢性病の発症率が低いとデータがある。なんでも免疫力が高まるとかなんとか……

 長方形の木造りの浴槽の縁にもたれて、思う存分に脚を伸ばす。浴室の天井には明かり取りの窓があって、暮れていく空の、青とオレンジと紫が混ざった色が見えた。

「ここの温泉は宮城の鳴子温泉にも劣らないって話で。一度ぐらい穂波を連れてきてやりたかったけど」

 穂波はお洒落な女だったが、俺と同じで大学と就職のために上京してきた地方出身者だ。俺のもなか村より遠い青森の出身だったか。
 付き合い始めてから何度かもなか村に誘ったし、逆に穂波の故郷に行きたいと言ったが何度誘っても断られるのでデートで泊まりの遠出はあまりしていなかった。

 結局あの後、俺は元カノに会うこともなく、退職や田舎に帰ることも伝えないままだった。
 ただスマホの電話番号やメッセージアプリではいまだに繋がったままだ。我ながら女々しい。

「田舎に帰ったこと報告だけして、ブロック……はあ、また今度にしよう」

 何度目かわからない保留を決めて、俺は温泉から上がった。

 ブロックしてるのはパクリ野郎の八十神のほうだ。あの野郎はマジで許さない。
 ばあちゃんが若い頃には、もなか村にも修験道の山伏が何人もいて祈祷をしてたという。まだいるなら本気で呪ってやりたいぐらい俺は腹を立てていた。


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