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第一章 異世界転移、村ごと!

俺、田舎に勧誘される

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 夜はもなか村のご近所さんたちがささやかな宴会を開いてくれた。
 とはいえ、集まったのは十人ほどか。ばあちゃんちの居間にそれぞれ酒やおかずを持ち寄っての歓迎会だった。

 昼間、山に採りに行った根曲り竹はシンプルに油揚げやスナップエンドウと一緒に煮た煮物になった。これは酒の肴に最高のやつ。
 俺が来ることがわかってから取り寄せてくれていたというホヤを三杯酢にしたものや、刺身を大皿に盛り付けたものには感動してしまった。こんな海から遠いど田舎で刺身!
 あとは山菜や筍、ばあちゃんが育てた野菜の天ぷらが並ぶ。
 テーブルいっぱいに並べられたご馳走に胸もいっぱいだった。

 反面、八畳の居間に集まったご近所さんたちを見てしみじみ思った。
 年寄りばかりだ……。若手でも六十手前、最年少は今年二十八の俺だ。



 ここ、もなか村はもう人口が百人を切った、いわゆる限界集落だ。限界集落とは人口の半分以上が六十五歳以上の高齢者となった自治体をいう。
 もうもなか村だけでは生活に必要な店やサービスがなく、冠婚葬祭などにも対応できないので、隣のもなか〝町〟がないと住民たちは生きていけない村になってしまっている。
 かなり危険なレッドゾーンにあるのだ。

「んで、ユキちゃんや。東京のお勤めはどうなんだべ?」

 俺の帰省を聞いて顔を出してくれた村長さんがコップにビールを注いでくれながら聞いてきた。
 
「うん……まあ、いろいろあってさ。いろいろ。いろいろ……」

 俺はここに来る前、会社であったコンペのこと、ライバルに企画アイデアを盗まれたこと、その男に彼女まで奪われたことなどを話した。
 つい熱が入って怨念を込めまくって話してしまったのはご愛嬌だ。

「都会……恐ろしいところだべ」

 誰かが呟くと、うんうんと他の皆も頷いている。そりゃそうだ、田舎で同じことをやったら即、村八分案件だからな。

「そんで落ち込んでたとこにばあちゃんから電話貰って。ゴールデンウィークに帰省してきたんだぁ」

 話しながら涙が滲んできたが、ぐいっとビールをあおって誤魔化した。
 ご近所さんたちは俺が子供の頃からの知り合いばかり。ヘコんでる俺を心配げに、あるいは興味深げに見ている。

 そんな中、ビールを注ぎ足してくれた村長が言った。

「ユキちゃんや。公務員のさ、社会人経験者の採用枠。あれで役場の仕事さ就けるようしてやるがら」
「え?」

 何と申されましたか?

「役場とはいえ都会のハイカラな会社に比べたらおちんぎんは下がるで。中途採用になるしな。だがおめぇは空ばあちゃんの家もあるし、この辺は田んぼも畑もあるから食うには困んね。――辞めてこいよ。会社」

 周りからしん、と音が消えた気がした。
 辞める? 何を? 会社を?
 新卒で入社してそれなりに出世コースに乗っていた仕事だ。都心の銀座に近い新橋にある会社、しかも本社勤め。
 まだ年齢だって二十八だった。田舎にUターンするにもだいぶ早い。

 ただ、このときの俺は仕事の成果も女も奪われてメンタルが底辺まで落ちていた。
 そんなとき力強く「辞めてこい」なんて言われたら。言われたら。

「そろそろご飯と味噌汁食うけ?」

 ハッとなって振り向くと、心配そうな顔のばあちゃんがいた。

「う、うん。食う」

 これも子供の頃から同じだ。酒を飲む大人たちは最初におかずを肴に酒を愉しみ、ほどほどのところで後から飯と汁物が出てくる。
 子供だった俺や従兄弟たちは最初からご飯を貰ってたもんだが、こうして酒を飲むようになってみると炭水化物は後からのほうが胃もたれしにくい。生活の知恵みたいなもんだ。

 出てきたのは根曲り竹オンリーの味噌汁と、筍ご飯だ。これまたどっちも俺の好物! 筍は本当に好物なので昼に食べてまた夜も食えるとか、ばあちゃんには感謝しかない。
 しかも筍ご飯に添えられていたのは、木の芽や粉山椒ではなく、青実山椒の塩漬け。
 山椒、こればかりは地元で採れないので毎年わざわざばあちゃんが京都の鞍馬山から取り寄せたやつ。丁寧にアク抜きして塩漬けにした絶品。これだけで日本酒がするする飲めてしまう危険なブツだ……!

 シビシビ痺れる実山椒を噛み締めながら、俺は天啓のような村長の言葉を胸の内で反芻していた。

「そっか。田舎に戻って村役場に再就職。その手があったか」


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