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第一章 異世界転移、村ごと!

俺、企画を盗まれる

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 ばさっ、ばささっ……

 書類の束が会議室の机から落ちた。
 いや、落としてしまった。
 コピー用紙を止めていたクリップが外れて、床のあちこちに書類が飛んでいく。

 バラバラバラッ

 しかも持参していたペン入れまで落としてしまい、これまた中のペン類が散らばった。

「アタッ」

 慌てて拾いあげようとして床に這いつくばるも、長机の下から頭をゴツンとぶつけてしまい痛い目を見た。
 会議室のあちこちから「あーあ」と呆れたような視線が向けられるのがわかる。

 俺の名前は御米田おこめだユウキ、今年二十八歳。
 日本人らしい黒髪黒目で髪は一度も染めたことがない。自分じゃまあ悪くない顔だと思ってるし、背も高いほうだ。
 東京銀座のすぐ近く、新橋に本社がある総合商社の営業部のサラリーマンをしている。

 今日はゴールデンウィークの直前。
 社内の企画コンペの発表会。社内で公募されていた、海外支社と提携した新しい輸入商品の企画に応募したところ社内審査を通り、最終発表まで漕ぎ着ける幸運に恵まれた。

 最終的にコンペは営業部の俺と、企画部の同期との一騎打ちとなる。

「御米田、大丈夫か? まだ僕の発表中なんだから大人しく聞いてくれよ?」
「あ、ああ……すまない、八十神やそがみ

 同期の八十神だ。この茶髪にブランドスーツのスカしたイケメンらしくなく、心配げに声をかけてきたのが憎らしい。
 すぐに書類をまとめてまた椅子に座り直した。
 クリップで留め直そうとする指が震えるのがわかった。ぐしゃ、と力が入りすぎて紙に皺が寄る。

 社内の会議室には各部署の部長以上と、社長を始めとしたお偉いさんたちが集まっている。
 八十神はスクリーンの前でタブレット端末を華麗に操ってプレゼンテーションアプリでスライドを展開させていた。
 イラストや写真を多用して、ゴシック体で大きく見やすい文字で視覚に訴える良いスライドだ。
 社長や幹部たち、管理職の皆さんも感心しながらスライドを見ている。
 彼らの手元にはチェックシートが一枚。俺と八十神の発表を評価するためのシートだ。

 発表者は俺と八十神の二人のみ。
 最初に八十神、次に俺の予定だった。

 が、もうこの時点で俺の心はぽっきり折れていた……



 新卒で入社した商社のリーマン六年目。そろそろ三十代と次のキャリアアップも見えてきた二十八歳。
 そんなとき募集された社内コンペは、営業で様々な輸出入ビジネスや企業と関わってきた俺にとって、初めて自分が企画を作るチャンスとなった。

 俺はタブレット端末の光る画面を専用ペンシルでするっするっと操作している八十神のイケメン顔を凝視した。
 いや、会議室の大きなスクリーンを凝視した。

「何で……おまえが、それを……」

 思わず、先ほど落とした書類に目を落とした。
 荒削りだが勝ちを確信したほど自信ある企画だった。
 だが、八十神がスクリーン表示させているプレゼンのスライドは、俺が考えたものとほとんど同じ内容だったのだ!
 特に企画の魂ともいえる根幹のテーマがそのまま盗用されていた!

 パチパチパチ……!

 ハッと気づくと盛大な拍手と歓声。八十神のプレゼンが終了したようだ。

「それでは次、営業部の御米田君。発表をお願いします」

 司会の総務部の女課長に促されたが、俺は椅子から立ち上がれなかった。
 いや、立とうとはしたのだが、ぶわっとワイシャツの中にじっとりむわっと嫌な汗が流れていくのを感じた。
 見開いたままの目の視界がチカチカと点滅するような感覚を覚えた。

「………………す」
「御米田君?」
「発表は、棄権……します。八十神の企画のほうが、俺の企画よりはるかに良かったので、彼の優勝でお願いします」
「ええっ!?」

 会議室内は騒然となった。そりゃそうだ、直属の上司の期待も大きかったし、誰もが肩透かしを食らった顔をしている。

 だが、俺にどうしろと?
 今この場で「八十神が俺の企画をパクったようです」などと言えるか?
 しかも俺が準備してきたのは発表用の自分の手元の資料だけ。ホワイトボードに記入しながらプレゼンする予定だった。

 対する八十神は華麗なプレゼン専用アプリを使ったスライド。
 なんかもうパフォーマンスの時点で差が明確すぎて、声を上げられなかったのだ。



 思えば今日は朝から最悪だったんだ。
 コンペ勝負の日なのに寝坊したし、部屋の角の角に足の小指をぶつけて酷い目にあった。
 アパートを出てすぐ建物の塀の上に黒猫を見かけたし……いや俺は猫好きだからこれは良いとして。懐かないほど燃えるタイプだ。

 慌てて出社して社内システムにログインすると、何ヶ月もかけて残業で作り上げた企画書データが消失しているトラブルに見舞われた。
 幸い、リサーチ分析用の資料だけは印刷して持っていたから、それを元に午後の発表まで必死でレポートをまとめ直して……

 そのオチが、まさか同期のライバルからの企画パクり。
 なんなんだ、今年は厄年だったか? すごい幸運の年だって雑誌で見た覚えがあるのに!

 そして俺が棄権し、コンペは八十神の優勝で終わった。
 賞品は金一封と海外支社への栄転、それも支社長候補生として。
 八十神へは後日、社長からそれらが贈られる。予定だ。

 コンペは終了し、お開きとなった。
 俺は慌てて、スライド用の映写機を片付けていた八十神に駆け寄った。

「や、八十神。あの企画。おまえ」
「ああ、前にお前と話したときアイデアのヒント貰ってさ。あれから詳しいこと調べまくって形になったんだ。なかなかのモンだったろ?」
「……ああ。悔しいが最高の出来だったよ」

 そうだ。俺が作った企画書の三倍のボリューム、出来栄えははるかに良かった。それは確かだ。
 アイデアを話した? あいにくその記憶は俺にはなかった。
 だが八十神は同期入社だし、部署は違うが何かと関わることが多かった男だ。どこかで一緒になったとき俺がポロッと言ってしまった……のか……? ダメだ、思い出せない。

 けれど八十神のドヤ顔を見るに、こいつはわかっててやっていると確信した。
 だが……

「ユウキ君。君には期待してたんだけどね。今回はちょっと残念だったな」

 仲の良い他部署の部長さんがぽん、と俺の肩を叩いて会議室を出て行った。
 隣には俺の上司もいて、ちょっと怒った顔をしていた。すいません、マジですいません、営業部の面子潰しちゃった形になってしまって……!

 そうして皆が去っていき一人になった会議室で、俺はしばらく項垂れていたのだった。


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