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現実まであと一段階

彼女の本音は好きな食べ物のことだけ

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 それから掠れた声で、どこか無邪気にクラウディア王妃が語ることには。

 年上の王太子には輿入れ早々に無体なことをされたが、金髪碧眼の美貌はクラウディアのお気に入りだった。
 性行為は初体験が酷くて結局好きになれずじまいだったが、王妃の義務として健康な王子をひとりでも産めたことにはホッとしている。
 そんなことを。

「この国、王族もそんなに人柄は悪くないのです。でもあまりにも自分勝手。ここの王族にはアケロニア王族わたしたちの血を混ぜたほうがいいです」

 質実剛健で知られるアケロニア王族の血を。
 ただ、タイアド王族特有の金髪碧眼の美しさは薄まってしまうかもしれないけれど。

「クラウディア、だがお前の夫の国王は、お前以外の女と作った子供を王太子に据えるつもりだぞ?」
「……そうですか。やっぱり……」

 だがその後クラウディアが言うには、それでも自分は周囲が言うほど冷遇されていたわけではなく、むしろ夫の王太子、現国王には気に入られていたという。

 確かにこの離宮は療養する王妃一人のためとは思えないくらい規模が大きく、外装や内装も豪奢で質が良い。
 そして部屋の端にはたくさんの贈り物の箱の山。すべて夫の国王からのものだそうだ。

 だが、豪奢なドレスも宝石も、病床の王妃に贈るには相応しくない。

「でも私が病を得てからは、私を見るのが辛くなってしまったんですって。息子を遠ざけているのも同じ理由なんでしょうね」
「………………」

 クラウディア王妃の言葉はどこまで本当なのだろうか?
 ヴァシレウスもメガエリスも、そしてカーナも疑問に感じたが、答えは部屋の隅で控えながらも涙を堪えている侍女たちが示しているように思えた。

「心残りはこの国、ごはんが美味しくないってことですね……」


 アケロニア王家のローストドラゴン

 リースト伯爵領のスモークサーモンで作ったサーモンパイ
 特産品の透明な飴玉
 澄んだ味わいのチキンスープ

 王家の別荘地で食べた豆餡の米粉の団子

 ハイキングで採って食べた山ぶどう
 別荘の料理人が作ってくれた山菜の炊き込みご飯

 王都の王家御用達の老舗菓子店、ガスター菓子店のショコラ


 そうして故郷の美味しい好物をひとつひとつ挙げていって、眠るようにクラウディア王妃は息を引き取った。

 最後の言葉は「ショコラ……」だ。
 アケロニア王国から持参すればよかったと思ってももう遅い。

 再会してから一時間と経っていない。
 だが、死に目には会えた。
 これが偉人、ヴァシレウス大王唯一の心残りだったのだ。



「まったく。この子ときたら、いつまでたっても食いしん坊で」
「クラウディア様。最後まで本音を仰りませんでしたな」

 ヴァシレウスもメガエリスも怒っていたが、それぞれの目は潤んでいる。

 その後、王女に付けていた侍女からその場でタイアド王家が娘にした仕打ちを聞いて、改めてヴァシレウス大王は誓った。
 この国は許さない、と。

「タイアド王族は口が上手い。お前はその口車に乗ってやったのだろうな」

 ただ、夫の国王を愛していたことだけは案外本当だったかもしれない。
 侍女も、嫁いできてから現在までクラウディアの国王への悪口を聞いたことはなかったそうだ。

「カーナ殿、ありがとうございます。もう夢見は結構」
「彼女の夫には会っていかないのかい?」
「ええ。娘の最期を見ても私の考えは見る前と同じですから」

 この国は己の敵だ。愛娘を早死にさせた報いはいつか必ず受けさせる。








※クラウディア王女は元祖ショコラちゃん
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