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現実まであと一段階
ヴァシレウス大王の願い
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マーゴットがシルヴィスとのデートに出掛けている間、カーナは夕方に出てきたばかりの離宮にまた向かって、ヴァシレウス大王、テオドロス国王親子と会食となった。
「ヴァシレウス。マーゴットとバルカスへの裁定の報酬は何を求めたんだい?」
そう、この話を聞き損ねていた。
「一度だけ、過去に飛ぶ夢見を実行するよう願いました」
「父上、それは」
テオドロス国王が心配そうに父のヴァシレウスを見ている。
「早逝した我が娘、クラウディアの死に目に会いたい。そのことを」
「詳しく聞かせてくれるかい?」
カーナは円環大陸、中央部にある神秘の永遠の国を本拠地とする神人だが、カレイド王国の守護者となっていてアケロニア王国にはあまり詳しくない。
このヴァシレウス大王とも、大王の称号授与のとき、永遠の国に招いた彼と顔を合わせて挨拶したぐらいの縁しかなかった。
「私にはこのテオドロスの他に娘がおりました。クラウディアという王女で、同盟国のタイアド王国に政略で嫁がせていた」
「タイアド……芸術と虚飾の国か」
アケロニア王国と同じ北西部にあり、北西部最大の王国である。
二千年ほどの歴史のある国で、芸術が盛んで豊かだ。
しかし何かと欲望に忠実な王族が常にトラブルを起こしていて周辺国との諍いが絶えない。
「もう何十年も前、我が娘クラウディアは当時のタイアド王国の王太子に嫁いで後に王妃となりました。だが……」
力強いはずのヴァシレウス大王の黒目が、そのときばかりは暗い影を落とした。
「戦争回避の政略婚で、娘はまだ未成年の13歳で嫁ぐことになりました。相手の王太子は二十歳を超えていた」
「まあ王族同士ならよくあることだね」
ところがその先が酷かった。
「実際には輿入れしても、正式な婚姻は娘がタイアド王国の成人年齢の16歳になってからと国同士の契約を定めていた。……だが、娘は輿入れした年のうちに妊娠し、翌年男子を産んだが子供はすぐ死んでしまった」
「んんん?」
それだと13歳で輿入れ、翌年14歳で出産ということだ。
「子作りには早すぎる年だったのでは?」
「そう。まだ身体も大人になりきっていない少女だ。閨の手を出してはならぬとの決まりを夫の王太子が平気で反故にした。娘はその後、王太子の即位と同時に王妃となったが健康を害したまま離宮に追いやられ、夫の国王は次々と側室を持った」
「………………」
「それでも二十歳頃に娘は国王の王子を産んだ。両国の血を引く王子だ。だが娘は間もなく亡くなった」
「それで?」
「娘の産んだ王子は第一王子だった。その子が王太子となるなら我らはまだ目を瞑った。しかしタイアド国王は第一王子を冷遇し、寵愛する別の側室と儲けた王子を王太子として、私の孫でもある第一王子を臣籍降下させてしまった」
何とも酒の不味くなる話だった。
「それで君は夢見の術で何をする? 娘を早死にさせ、孫王子を冷遇したタイアド王国に復讐しに行くのか?」
夢見の世界で実行したことは、現実に戻ったときに反映されることもあるが、変化が起きないこともある。不確定だ。
「いいえ。我々は娘クラウディアの訃報を本当に唐突に知らされたのです。訃報が我が国に届いた時点で娘は火葬されてしまっていた」
「? 仮にも一国の王妃を? 王族はそのまま王家の霊廟に埋葬が原則だけど」
「訃報を受けて私と妃が向かったタイアド王国現地で調査したところ、娘の亡骸は衰えて酷い有様だったとのこと。恐らくタイアド王家は我が娘を虐げたことを隠すため火葬したのではないかと」
晩餐で再び饗されたローストドラゴンの素晴らしい味わいを赤ワインで流し込み、少しだけカーナは考え込んだ。
「その夢見はオレが取り行おう。死に目に会うだけとはいえ、タイアドの王宮に忍び込むならオレがいたほうが便利だろうから」
「カーナ殿、ではもうひとりだけ夢見に連れて行ってやりたい者がおります」
リースト伯爵メガエリス。
あのルシウス少年と兄カイルの父親は、不遇の王女クラウディアを年の離れた妹のように可愛がっていたのだそうだ。
「ヴァシレウス。マーゴットとバルカスへの裁定の報酬は何を求めたんだい?」
そう、この話を聞き損ねていた。
「一度だけ、過去に飛ぶ夢見を実行するよう願いました」
「父上、それは」
テオドロス国王が心配そうに父のヴァシレウスを見ている。
「早逝した我が娘、クラウディアの死に目に会いたい。そのことを」
「詳しく聞かせてくれるかい?」
カーナは円環大陸、中央部にある神秘の永遠の国を本拠地とする神人だが、カレイド王国の守護者となっていてアケロニア王国にはあまり詳しくない。
このヴァシレウス大王とも、大王の称号授与のとき、永遠の国に招いた彼と顔を合わせて挨拶したぐらいの縁しかなかった。
「私にはこのテオドロスの他に娘がおりました。クラウディアという王女で、同盟国のタイアド王国に政略で嫁がせていた」
「タイアド……芸術と虚飾の国か」
アケロニア王国と同じ北西部にあり、北西部最大の王国である。
二千年ほどの歴史のある国で、芸術が盛んで豊かだ。
しかし何かと欲望に忠実な王族が常にトラブルを起こしていて周辺国との諍いが絶えない。
「もう何十年も前、我が娘クラウディアは当時のタイアド王国の王太子に嫁いで後に王妃となりました。だが……」
力強いはずのヴァシレウス大王の黒目が、そのときばかりは暗い影を落とした。
「戦争回避の政略婚で、娘はまだ未成年の13歳で嫁ぐことになりました。相手の王太子は二十歳を超えていた」
「まあ王族同士ならよくあることだね」
ところがその先が酷かった。
「実際には輿入れしても、正式な婚姻は娘がタイアド王国の成人年齢の16歳になってからと国同士の契約を定めていた。……だが、娘は輿入れした年のうちに妊娠し、翌年男子を産んだが子供はすぐ死んでしまった」
「んんん?」
それだと13歳で輿入れ、翌年14歳で出産ということだ。
「子作りには早すぎる年だったのでは?」
「そう。まだ身体も大人になりきっていない少女だ。閨の手を出してはならぬとの決まりを夫の王太子が平気で反故にした。娘はその後、王太子の即位と同時に王妃となったが健康を害したまま離宮に追いやられ、夫の国王は次々と側室を持った」
「………………」
「それでも二十歳頃に娘は国王の王子を産んだ。両国の血を引く王子だ。だが娘は間もなく亡くなった」
「それで?」
「娘の産んだ王子は第一王子だった。その子が王太子となるなら我らはまだ目を瞑った。しかしタイアド国王は第一王子を冷遇し、寵愛する別の側室と儲けた王子を王太子として、私の孫でもある第一王子を臣籍降下させてしまった」
何とも酒の不味くなる話だった。
「それで君は夢見の術で何をする? 娘を早死にさせ、孫王子を冷遇したタイアド王国に復讐しに行くのか?」
夢見の世界で実行したことは、現実に戻ったときに反映されることもあるが、変化が起きないこともある。不確定だ。
「いいえ。我々は娘クラウディアの訃報を本当に唐突に知らされたのです。訃報が我が国に届いた時点で娘は火葬されてしまっていた」
「? 仮にも一国の王妃を? 王族はそのまま王家の霊廟に埋葬が原則だけど」
「訃報を受けて私と妃が向かったタイアド王国現地で調査したところ、娘の亡骸は衰えて酷い有様だったとのこと。恐らくタイアド王家は我が娘を虐げたことを隠すため火葬したのではないかと」
晩餐で再び饗されたローストドラゴンの素晴らしい味わいを赤ワインで流し込み、少しだけカーナは考え込んだ。
「その夢見はオレが取り行おう。死に目に会うだけとはいえ、タイアドの王宮に忍び込むならオレがいたほうが便利だろうから」
「カーナ殿、ではもうひとりだけ夢見に連れて行ってやりたい者がおります」
リースト伯爵メガエリス。
あのルシウス少年と兄カイルの父親は、不遇の王女クラウディアを年の離れた妹のように可愛がっていたのだそうだ。
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