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現実まであと一段階

カーナの疑問

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「今はアケロニア王国での留学経験を楽しめば良い。必要なときに私の元に来て夢見を解くように」

 そう言ってヴァシレウス大王に離宮から送り出されたマーゴットたちは、王宮に戻る馬車の中で無言だった。

「ま、まあ、気を取り直してだな! マーゴットは夜はシルヴィス殿とデートなのだろう? この後はお洒落しないとだな!」
「もう、とてもそんな気分じゃないわ……」

 ヴァシレウス大王の話はまさに貴重なものだった。内容はしっかり頭に刻んだが、消化するのは少し時間がかかりそうだ。

「今日の予定断っちゃおうかしら」

 少し頭を整理したいから、と言うとそれはダメだと隣のグレイシア王女が叱ってきた。
 そして横からマーゴットの両手を取って、しっかり握り締めて黒い瞳で強く見つめてきた。

「あんなに強烈な話だったのだ、忘れるわけがない。ディナーを楽しんで帰って来てからだって充分に覚えているさ。相談ならわたくしも明日乗ってやる。今日はひとまず頭を空っぽにして楽しんでくるのだ!」
「グレイシア……」

(おおっと。シルヴィス、男前の王女様に君の大事な子が取られそうだぞー)

 と心の中で微笑ましいふたりの少女たちをニコニコしながらカーナは見守っていた。



 しかし、そんな微笑ましい気持ちとは別に少し焦りが生じている。

(ううむ……8年後の記憶なんて今のオレにはないぞ? しまったな、ジューアにもっと詳しく話を聞いておけば良かった)

 マーゴットたちが実行した夢見の術は複雑に分岐し、ループまで繰り返していたが、ここにきてようやく全貌が見えてきた。

(本来の現実世界における、夢見の実行基点は今から8年後。マーゴットは女王に即位する。そこは確定か)

(オレはバルカスに害されて消耗し、子供になったということは……そのまま時間が経てば回復するはず)

 ハイヒューマンは死の寸前まで肉体や魔力が損傷しても、乗り越えると進化することがある。
 カーナもジューアも、そうして神人という、自ら死を選ばない限り死滅しない存在まで進化した存在だった。

(神人のオレはあと進化するとしたら霊体化するだけのはず。なぜ子供に戻った?)

 ただのハイヒューマンならともかく。

 と思った瞬間、すべての謎が解けた。

(何だ。その子供はオレの分身アバターか。なら本体のオレはどこに……)

「………………」

 マーゴットがグレイシア王女に揶揄われている。

「今夜はお泊まりでも良いぞ? あっ、でも明日から学園が再開だから朝には戻ってくるように」
「ちゃんと今日のうちに帰ってくるわよ!」

(……夢見を解いたら、現実にはオレが一緒にアケロニア王国まで来たことは反映されないだろうな)

 現実に今の夢見の世界が統合されたとき、グレイシア王女やルシウス少年らと親しく交流したことは残るはず。

 だとしたら、この国にいる間に如何にマーゴットに必要な体験をさせ、情報を与えるかだろう。



「マーゴット、シルヴィスとの食事は君だけで行っておいで。オレはテオドロス国王に夕食に誘われてるから」
「ふふ。父が気を利かせたのだろうなあ~」

 どちらにせよ若い男女の食事に邪魔者は不要。
 結局、王宮に着くまでマーゴットはグレイシア王女に揶揄われっぱなし。
 夜になってシルヴィスとの待ち合わせに向かうため出発するときまで、ご機嫌斜めだった。


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