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第二章 夢と忘れそうなほど充実の日々

神人カーナの隠しごとと決意

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 それはともかくとして、カーナは琥珀の瞳をすがめて、マーゴットを軽く睨んだ。

「ずっと内緒にしてたのに。夢見の中でオレの秘密を随分覗いたみたいじゃないか。責任は取ってもらうからね。マーゴット」

 意識がないうちに夢見の世界に押し込まれたせいで、カーナ自身の見せたくない部分が随分と露わになってしまった。

 例えば、バルカス王子に害されたときなぜ防げなかったか。神人であり円環大陸の支配者とも言われるカーナが、なぜ。

 王子に自分の子供の面影を見てしまったこと。
 その子供は、息子でありながら伴侶でもあったこと。
 恐らくカーナは現実の世界ではそのことを、一度も、誰にも口にしていないはずだった。

 けれどカーナはもはや隠しごとを諦めて、マーゴットにこれまで誰にも言わなかった秘密を教えてくれた。

「君も知ってるように、オレと魚人族の王族だった伴侶の間には息子を創っててね。その息子が何を血迷ったのか親のオレに求愛したんだ。当然オレは断ったけど、逆上した息子は逆恨みで実の父の、オレの伴侶を殺した」

 そして魚人族の国を支配しようとしたが、実の父親を殺害したこの息子を、王族の一員だったにも関わらず魚人族の人々は認めなかった。

「息子は魚人族の人々も殺して、それで……」

 耐えるようにカーナは目を瞑った。そして。

「……オレの伴侶の亡骸と一緒に、まとめて食べてしまったんだ。息子はオレの龍の因子も受け継いでたから、山のように大きな魚人になれてね。それで、パクッと。丸ごと全部」

 その後のことは、神人カーナの神話伝承が伝えている。
 カーナの息子は魚人族の国だけでは飽き足らず、母親のカーナ姫の祖国、竜人族の国まで魔手を伸ばそうとした。
 だが逆に、カーナの兄だった竜人族の王に討たれて、今のカーナ王国の土地に埋められることになった。

 なぜ、神人カーナはカーナ王国の地下の、元息子である邪悪な古代生物の遺骸を処理しないのか。
 円環大陸の歴史を学ぶ者は皆、不思議に思っている。

 かつてのカーナの息子の遺骸は現在では化石化していて、邪気を発散して周辺から魔物を呼び寄せてしまっている。
 幸いというべきか、今のカーナ王国には必ず聖女や聖者が生まれるため、彼女たちが強固な結界を張って魔物の害を最小限に防いでいた。
 ただ、それでも百年に一度の周期でスタンピードと呼ばれる魔物の大侵攻が発生していた。

「カーナ王国に埋まってる息子の亡骸の中には伴侶も魚人族の人々もいる。だから」

 だから、その息子は息子であり、伴侶でもあった。
 カーナは自分の家族を浄化で処理して終わりにする踏ん切りが、なかなかつけられなかった。
 そうして迷っているうちに年月だけが不毛に過ぎてしまったというのが、カーナが隠し続けてきた彼の真実だった。



「500年前、息子の魔力の一部が魚人の魔物の形でカレイド王国まで襲来したとき。魔物の中には息子も伴侶も、魚人族の人々の魔力もあった。本当ならオレが守護者として討伐しなきゃいけなかったんだけど」

 急報を受けて一角獣の姿でカレイド王国まで駆けつけたとき、王都を襲って暴れていた魚人の魔物に涙が出そうになった。
 もう何万年単位で目にしていなかった息子の姿だった。手足の生えた両生類に似た巨大な獣人の姿だ。
 その魚人の魔物を形成する魔力には馴染みのある伴侶たちの気配も確かにあった。

 空を飛ぶ一角獣のカーナを見て、人々は魔物を退治してくれとしきりに声を枯らして訴えてきたけれど、できなかった。
 魚人の姿を見ると、どうしても息子が生まれたばかりの頃の、手のひらに乗った愛らしかった姿を思い出してしまう。

 幸いなことに国民の中から勇者に覚醒した者が出て魔物は討伐されたが、焦がれるほど懐かしい魔力が消えていく様子を、一角獣の姿のまま地に伏せて泣いて見ていた。

「カーナ王国のこと。どうするの?」

 アケロニア王国に来る途中、西のカーナ王国を上空からしばらく見つめていた黄金龍の悲しそうな瞳が思い出される。

「放っておいても、あの土地の亡骸の邪気は、あと少しで自然消滅するはずだったんだ」

 魔物を誘き寄せてしまう穢れた土地になってしまっていたから、長いこと人間は住んでいなかった。
 ところが約500年前にカーナ王国が建国されるとき、建国王が地鎮祭も何もやらずに息子の亡骸が埋まる土地の上に直接王宮や王都を造ったせいで、邪気が活性化してしまっていた。

 その活性化された邪気の一部が、魚人の形を取ってカレイド王国まで流れてきて、王都を襲ったわけだ。

「しかも、聖女たちに代々強固な結界を張らせて、獣人のオレすら弾いてしまっている。だから」

 カーナは琥珀の瞳で決意した表情になっている。

「覚悟を決めたの? カーナ王国を処理するって」
「できるだけ穏便に済ませたいけど、いざというときは一国の女王になる君にも協力してもらうよ」

 カーナ王国の歴史はまだ500年。
 マーゴットのカレイド王国は3000年だ。この格の違いは大きい。何かあったときの円環大陸における発言権を行使できる。



 今が夢見の中だというなら、これまでの出来事の中でのカーナは、彼がずっと隠してきた側面が表面化されたものだったことになる。

「夢見の中で、何度も繰り返し自分の愚かさを突きつけられたよ。……オレもそろそろ、世界から覚悟を求められてるんだろうな」

 息子の浄化は、伴侶や仲間たちとの別れも意味する。
 それに神人にまで進化したハイヒューマンが動くことで多方面に与える影響の考慮も必要だった。
 今の円環大陸は何百もの国と何十億の人間、多種多様な生き物の住む世界だ。もうカーナが巨大龍として暴れ回り壊し回った頃とは世界の重みが違う。

「ただ、時代はもう変わりつつある。ハイヒューマンたちの末裔である魔力使いたちの数も減少傾向で、王国も崩壊して民主主義国家に移行するところが増えてきた。ハイヒューマンの関与をもう人類は必要としない時代に入ってきたのかもしれない」

 そうなるとハイヒューマンたちが円環大陸を統括している、大陸中央部の神秘の国、永遠の国もいずれ不要になるときが来るかもしれなった。

 そろそろ陽も暮れてきた。
 あずまやガゼボの中に魔導具の明かりはあったが、そろそろ王宮へ戻ろうと腰を上げかけて、その前にとマーゴットはカーナとふたり、話に夢中で手を付けていなかったトフィーキャンディを口に含んだ。

「!」
「……幸せの味がするね」

 ルシウス少年が魔力を込めてくれた、彼お薦めのナッツ入りトフィーだ。
 濃厚な練乳とバターを加えて練られた飴の中に、ぎっしりと砕いたナッツが入っている。

 少しそのまま舐め続けて飴が溶けて、ナッツを噛んだら、ぶわっと口の中でルシウス少年の魔力と、トフィーのまろやかな甘味と旨味が弾けた。
 トフィーは確かに美味だった。だが、そんなことよりも。

 あの少年は本当にとんでもない。
 マーゴットもカーナも、これで完全に魔力を回復した。



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