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第二章 夢と忘れそうなほど充実の日々

ハーフエルフの学園長

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 行きの馬車の中で、グレイシア王女からお目当ての人物、学園長エルフィンの簡単なプロフィールを聞いた。

 ライノール伯爵エルフィンはエルフと人間のハーフで、アケロニア王国の現役伯爵だそうだ。
 エルフィンという名前はエルフ族に多い名前で、名前を聞くだけでエルフに由来のある人物とすぐわかる。これが女性だったらエルフィーネやエルフィーナといったところか。

「本人はエルフの息子と言っているが、実際はハイエルフとのハーフだろうな。マーゴット、お前と似た色の瞳を持ってるぞ」

 マーゴットの瞳はネオングリーンだが、エルフィン学園長はネオンカラーのブルーグリーンだそうだ。
 この世界でネオンカラー、蛍光色を持つ者は聖なる魔力持ちか、種族の上位種ハイヒューマンかいずれかにほぼ限定されている。

「ハイエルフは私のご先祖様の時代にはもうほとんど滅亡してるはずだけど……」
「生き残りのはぐれエルフがいたらしい。200年ほど前に我が国の伯爵令嬢と恋に落ちて産まれた子供がハーフエルフのエルフィン学園長だ」

 父親のハイエルフはその後、消息不明になってしまったため、エルフィンは母親の生家ライノール伯爵家で養育され、後に家の爵位を継いだ。
 後に幼馴染みの令嬢と結婚したが子供が得られないままに死別。以降は再婚もせず伯爵家を守り続けているそうだ。

「あのルシウスと並んで我が国の数少ないハイヒューマン関係者だ。教育に情熱のある人でな、現在は我が国の教育機関の統括顧問も務めてもらっている」

 ここまでがエルフィン学園長の経歴だが、重要なことはこの先だ。

「彼はハーフエルフゆえか、エルフ族に特徴の尖った耳はない。我々と同じだ。だが容貌はエルフ族そのもので大変美しい男性、なのだが……」
「何か問題のある方なの?」
「いや、大変素晴らしい人格者だ。だがハーフエルフで若々しく美しく、伴侶も亡くしたバツイチ独身でとにかくモテる。それが鬱陶しくて、女避けに女言葉を使っているんだ」
「えっ?」

 今なんと仰いましたか???



 グレイシア王女が何を言いたかったかは、本人に会ってすぐわかった。

 学園の学長室で出迎えてくれた彼、エルフィンは確かに美しかった。
 外見は二十代後半ほど。
 白い長い髪を無造作に首の後ろで括り、これまた白い肌と薄紅に染まる頬、そしてネオンブルーグリーンに輝く瞳。麗人と呼ばれるに相応しい人物だった。
 彼の家の礼装だという白いライン入りの墨色の軍服には、本人の瞳の色の魔石やミスリル銀の装飾が輝いている。

「あらー! 待ってたわよ、グレイシア王女様にマーゴット公女様! 学園長のライノール伯爵エルフィンですわ、よろしくね!」

(な、なるほどそういうこと!?)

 グレイシア王女が事前に説明して念押ししてくるわけだ。
 こんな言動だが本人はオネエサンではなく、しっかりお兄さんらしい。
 声もしっかり大人の男性のものだが、教師らしく張りがある。



 さて、そんな学園長エルフィンは人物鑑定スキルの最高峰、特級ランク持ち。
 今回マーゴットたちは、テオドロス国王の勧めで彼の人物鑑定を受けるとともに、エルフ族の知識とスキルを持つ彼から、夢見の術の詳細を聞きに来たのだ。

 実際、エルフィンに夢見の術のことを聞くと、その前に鑑定するよう強く勧められた。

「やはり。マーゴット公女。あなた、何重にも複雑な夢見を実行しているわ。ひとつひとつ解除しないと、元の世界に戻れないわよ」

 エルフィンの鑑定スキルで読み取れる限り、マーゴットのステータスを紙に書き出してもらった。
 夢見は少なくとも三重。マーゴットが本当の現実世界だと思っている世界がまだ夢見の世界の中だという。更に一段上が元の現実世界となる。

「うん。魔の影響でステータスの知性値のうち判断力の鈍化、低下。……あらやだ、幸運値まで落ちてるじゃない」

 鑑定スキルで読み取ったステータス値や状態について、一通り書き出した紙を貰った。
 解釈に関してはマーゴット本人に委ねるという。

「へえ、ルシウス君に会ったのね? あの子すごいでしょ、いるだけで強制空気清浄機よ、歩く聖域みたいな感じ」
「それはもう。思う存分、味わいましたわ……」

 今朝も朝一で兄と一緒にマーゴットたちを訪ねてきて、まだ小型サイズの龍のままだったカーナをバスケットの中から掴み上げて、首元に巻いて颯爽と帰っていった。
 返却は昨日と同じ夕方頃になるだろう。

「ルシウス君の聖なる魔力の恩恵でステータスは回復傾向。低下の問題は時間が解決してくれるわ」

 しっかりお墨付きを頂戴できたのである。



「公女はあまり長く滞在できないんでしょう? 他に何かハーフエルフわたしに聞きたいことはある?」

 そうエルフィン側から言ってくれたので、その後は茶を飲みながらいくつかマーゴット自身が知りたかったことを聞いてみることにした。

「ならば、“魔”について何かご存知のことはありませんか? 私は詳しくなくて」

 少なくとも今のカレイド王国に、魔に対応できる知識や技術はない。

「私もそう詳しいわけじゃないけど。邪や魔は人間が生み出した人類の敵と言われてるわね」

 基本的に魔は常人では太刀打ちできない、とエルフィンは言った。

「生まれながらに聖なる魔力を持ってなければまず立ち向かえないと言われてる。例外は邪悪を倒す役目を背負った勇者ね」

 その他の人々にできることがあるとしたら封印がせいぜいだそうだ。

「封印は専門の魔導具師や錬金術師の作る呪具でなければならない。帰国したら国の宝物庫を探してみるといいわね。まともな国なら邪気避けや魔除けは王家の義務だから、必ず持ってるわよ」
「まともな国なら……」

 と言われると、マーゴットとしては何とも言えない。
 叔父のダイアン国王が隠したり破棄したりしていないことを祈るばかりだ。



「ただ、邪はほぼ解析され尽くして対処法も確立されてるけど、魔は発生原因も種類も不定でよくわからない部分が多いのよ。対象が特定されてるなら、新たに封印用の魔導具を作成するのがいいでしょうね」
「魔を封印できるほどの魔導具師に心当たりはありますか?」

 カレイド王国は3000年の平和を享受する国で、武具や攻撃用魔導具の開発は衰退傾向にある。
 マーゴットが持つ国宝の魚切り包丁(聖剣)も、本来なら聖剣も打てるほどの名人が、既に剣のニーズの薄い時代への反抗心で打ち上げたものと言われていた。

「カレイド王国は神人カーナが守護者なのでしょ? その伝手を利用して同じハイヒューマンの魔導具師を紹介してもらったらどうかしら?」
「というと?」

 そこでエルフィンが第一に挙げたのは、永遠の国に住む魔導具師、神人ジューアだ。

「滅多に人前に出てこない気まぐれらしいけど、気が向けば何でも作ってくれるそうよ」

 例えば、今では全世界の各種ギルドに必ず設置されているステータス鑑定用魔導具は彼女の作だ。

「神人ジューアは血筋チェッカーの作成者ですわ。なるほど、その手がありましたか」
「カーナ殿が回復したら連絡を取ってもらえないか頼んでみよう」
「ええ」

 とマーゴットはグレイシア王女と力強く頷き合った。

 ところが昨晩、その神人ジューアが身近なところでやらかしたことを知らないのは幸か不幸か。


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