84 / 129
第二章 夢と忘れそうなほど充実の日々
「カーナ様を元に戻して見せます!」
しおりを挟む
「でもメガエリスさん。ご自宅の修繕にしろ改築にしろ、何かと物入りでしょう。私の包丁に憑いていた悪影響でご迷惑をかけてしまいました。私にも援助させて欲しいのです」
「え。い、いや、公女様のせいでは……」
ここしばらく、王都近郊では地震が続いていた。
仮に魚切り包丁の魔祓いの影響がなかったとしても、遅かれ早かれ大地震は来ていたはずだった。
「あいにく、まとまった手持ちはないのですが、代わりになりそうなものはあるんです」
サロンに控えていた侍従に声をかけて、宿泊している客間付きの侍女に、客間からマーゴットの荷物をひとつ持ってきてくれるよう頼んだ。
5分もすると、すぐ頼んだ物を持って侍女がやってくる。
布の巾着だ。中から取り出したものは角の丸い金色の薄い板のようなものだった。
「マーゴット、それは?」
「カーナの龍のウロコよ。アケロニア王国に来るとき、カーナに乗ったらいくつか剥がれかけてたから貰っちゃったの」
頭部の柔らかく、比較的細かいウロコだ。
一枚あたりマーゴットの手のひらぐらいの大きさで、ほのかにカーナの虹色を帯びた真珠色の魔力を放つ黄金板のようだった。
「カレイド王国でなら、神殿に奉納して孤児院や救貧院への支援原資にしてもらうんですけどね。お詫びとしてどうか受け取ってくださいな」
黄金のウロコは3枚。2枚をメガエリス伯爵に、1枚はグレイシア王女に渡して王都で被害を受けた地域の炊き出しや、人々への必要物資の手配に使って欲しいと手渡した。
ちなみにカーナのウロコは、カレイド王国では1枚あたり白金貨(約5百万円)数枚で取引されている。
この国でも薬師ギルドや錬金術師ギルドなら素材として買取してくれるはずだった。
「このように貴重なものを……ありがたく頂戴致します」
そこはさすがに現役伯爵、メガエリスはマーゴットの申し出をありがたく受けた。
丁重に礼を言い、ウロコをハンカチで包んで懐に収めた。この後すぐにでも換金しに行くのだろう。
「必要金額には足りないでしょうけど……本当にごめんなさい」
「いえ、これだけあれば金策に走り回る苦労がだいぶ減ります。感謝するのはこちらのほうです」
元々、かなり老朽化が進んだ古い建物だったという。
地震で崩れてしまったのは、自分が現役のうちに改築する予定を延び延びにしていたせいもあると反省していたそうだ。
「それでね、昨日いただいたルシウス君の魔力入りのぶどう酒と飴がとても良かったものだから、追加でいただけると嬉しいのだけど」
ようやく話の本題に入れた。
ソファに座ったマーゴットの膝の上には、カーナ入りのバスケットを載せていた。
そのバスケットをテーブルに載せると、一斉に皆で中を覗き込む。
小さい蛇サイズになってしまったカーナが、ぷーぷー小さないびきをかいて眠っている。
「カーナさま、ぶどう酒飲めた?」
「ええ。スポイトでね、小さな杯に半分くらいかしら」
カーナが完全回復するまで、もっと大量のぶどう酒やお菓子に魔力を込めてもらえないか頼んでみたところ。
「そういう、まどろっこしいことやめましょう!」
「あっ!?」
ルシウス少年はむんず、とバスケットの中のカーナを掴んだ。
そのまま自分の魔力を注ぐのかと思いきや、小さく細い龍体のカーナをマフラーのように自分の首に巻きつけた。
うむ、と自信たっぷりに胸を張る様子は大変愛らしかったが、違う。何かが違う、ちょっと待って。
「ぼくがせきにんもって、カーナさまを元にもどしてみせます!」
「ま、待って、ルシウス君!」
「いえ、案外良い方法かもしれません。ルシウスは魔力が有り余ってますし、本人の肌に密着してればその分、チャージできる魔力のロスも減ります」
「ええっ?」
冷静に解説する兄カイルに、でも、とマーゴットは不安が拭えない。
ルシウス少年はこの数日見た限り、とてもアクティブなのだ。
絶対にどこかで首のカーナを落としますよね? もしかしたら踏んづけちゃったりしませんか???
「スカーフ……という年ではないな。男児向けに模様の格好いいバンダナがあるから、上から首に巻いてカーナ殿を保護すると良い」
さすが、できる女のグレイシア王女だ。すぐ侍女たちに申し付けていた。
数分と経たずに用意された白地にブルーの波模様の入ったバンダナが、ルシウス少年の首元、カーナの蛇体の上から巻かれていく。
緩めに、ルシウス少年が飛び跳ねてもカーナが落ちないように上手く細長い袋状にして。
「え、えええっ? 本当にルシウス君がカーナを持っていっちゃうの!?」
「ちゃんとおせわします! ばっちり!」
「カーナは捨て犬や捨て猫じゃないのよーっ?」
「だいじょーぶ!」
ぶわっと、ルシウス少年の小さな身体からネオンブルーの魔力が溢れ、深い森の中にいるような芳香が部屋いっぱいに満たされる。
この香りは松だ。松葉や松脂など松系の樹木の重厚な香りがする。
そして気づくと、テーブルの上のティーセットの中央に置かれていた茶菓子のカゴまで中身ごと同じ蛍光色の青に光っていた。
びっくりしてマーゴットが周りを見回すと、マーゴット以外の面々は「またか」と慣れっこな様子。
その後、リースト伯爵家の麗し兄弟は実家修繕の目処がたつまで騎士団の寮に避難することになり、父メガエリス伯爵は不足分の金策のため一度領地に戻ると言って出かけて行った。
「じゃあ、カーナさまはお預かりします!」
「ふ、不安だけど……お願いします、ね?」
ね? のところでマーゴットはお兄ちゃんのカイルのほうを見た。
美少年の兄カイルは申し訳なさそうに小さく頭を下げてきた。彼も何かと気苦労が多そうだった。
「え。い、いや、公女様のせいでは……」
ここしばらく、王都近郊では地震が続いていた。
仮に魚切り包丁の魔祓いの影響がなかったとしても、遅かれ早かれ大地震は来ていたはずだった。
「あいにく、まとまった手持ちはないのですが、代わりになりそうなものはあるんです」
サロンに控えていた侍従に声をかけて、宿泊している客間付きの侍女に、客間からマーゴットの荷物をひとつ持ってきてくれるよう頼んだ。
5分もすると、すぐ頼んだ物を持って侍女がやってくる。
布の巾着だ。中から取り出したものは角の丸い金色の薄い板のようなものだった。
「マーゴット、それは?」
「カーナの龍のウロコよ。アケロニア王国に来るとき、カーナに乗ったらいくつか剥がれかけてたから貰っちゃったの」
頭部の柔らかく、比較的細かいウロコだ。
一枚あたりマーゴットの手のひらぐらいの大きさで、ほのかにカーナの虹色を帯びた真珠色の魔力を放つ黄金板のようだった。
「カレイド王国でなら、神殿に奉納して孤児院や救貧院への支援原資にしてもらうんですけどね。お詫びとしてどうか受け取ってくださいな」
黄金のウロコは3枚。2枚をメガエリス伯爵に、1枚はグレイシア王女に渡して王都で被害を受けた地域の炊き出しや、人々への必要物資の手配に使って欲しいと手渡した。
ちなみにカーナのウロコは、カレイド王国では1枚あたり白金貨(約5百万円)数枚で取引されている。
この国でも薬師ギルドや錬金術師ギルドなら素材として買取してくれるはずだった。
「このように貴重なものを……ありがたく頂戴致します」
そこはさすがに現役伯爵、メガエリスはマーゴットの申し出をありがたく受けた。
丁重に礼を言い、ウロコをハンカチで包んで懐に収めた。この後すぐにでも換金しに行くのだろう。
「必要金額には足りないでしょうけど……本当にごめんなさい」
「いえ、これだけあれば金策に走り回る苦労がだいぶ減ります。感謝するのはこちらのほうです」
元々、かなり老朽化が進んだ古い建物だったという。
地震で崩れてしまったのは、自分が現役のうちに改築する予定を延び延びにしていたせいもあると反省していたそうだ。
「それでね、昨日いただいたルシウス君の魔力入りのぶどう酒と飴がとても良かったものだから、追加でいただけると嬉しいのだけど」
ようやく話の本題に入れた。
ソファに座ったマーゴットの膝の上には、カーナ入りのバスケットを載せていた。
そのバスケットをテーブルに載せると、一斉に皆で中を覗き込む。
小さい蛇サイズになってしまったカーナが、ぷーぷー小さないびきをかいて眠っている。
「カーナさま、ぶどう酒飲めた?」
「ええ。スポイトでね、小さな杯に半分くらいかしら」
カーナが完全回復するまで、もっと大量のぶどう酒やお菓子に魔力を込めてもらえないか頼んでみたところ。
「そういう、まどろっこしいことやめましょう!」
「あっ!?」
ルシウス少年はむんず、とバスケットの中のカーナを掴んだ。
そのまま自分の魔力を注ぐのかと思いきや、小さく細い龍体のカーナをマフラーのように自分の首に巻きつけた。
うむ、と自信たっぷりに胸を張る様子は大変愛らしかったが、違う。何かが違う、ちょっと待って。
「ぼくがせきにんもって、カーナさまを元にもどしてみせます!」
「ま、待って、ルシウス君!」
「いえ、案外良い方法かもしれません。ルシウスは魔力が有り余ってますし、本人の肌に密着してればその分、チャージできる魔力のロスも減ります」
「ええっ?」
冷静に解説する兄カイルに、でも、とマーゴットは不安が拭えない。
ルシウス少年はこの数日見た限り、とてもアクティブなのだ。
絶対にどこかで首のカーナを落としますよね? もしかしたら踏んづけちゃったりしませんか???
「スカーフ……という年ではないな。男児向けに模様の格好いいバンダナがあるから、上から首に巻いてカーナ殿を保護すると良い」
さすが、できる女のグレイシア王女だ。すぐ侍女たちに申し付けていた。
数分と経たずに用意された白地にブルーの波模様の入ったバンダナが、ルシウス少年の首元、カーナの蛇体の上から巻かれていく。
緩めに、ルシウス少年が飛び跳ねてもカーナが落ちないように上手く細長い袋状にして。
「え、えええっ? 本当にルシウス君がカーナを持っていっちゃうの!?」
「ちゃんとおせわします! ばっちり!」
「カーナは捨て犬や捨て猫じゃないのよーっ?」
「だいじょーぶ!」
ぶわっと、ルシウス少年の小さな身体からネオンブルーの魔力が溢れ、深い森の中にいるような芳香が部屋いっぱいに満たされる。
この香りは松だ。松葉や松脂など松系の樹木の重厚な香りがする。
そして気づくと、テーブルの上のティーセットの中央に置かれていた茶菓子のカゴまで中身ごと同じ蛍光色の青に光っていた。
びっくりしてマーゴットが周りを見回すと、マーゴット以外の面々は「またか」と慣れっこな様子。
その後、リースト伯爵家の麗し兄弟は実家修繕の目処がたつまで騎士団の寮に避難することになり、父メガエリス伯爵は不足分の金策のため一度領地に戻ると言って出かけて行った。
「じゃあ、カーナさまはお預かりします!」
「ふ、不安だけど……お願いします、ね?」
ね? のところでマーゴットはお兄ちゃんのカイルのほうを見た。
美少年の兄カイルは申し訳なさそうに小さく頭を下げてきた。彼も何かと気苦労が多そうだった。
13
お気に入りに追加
1,646
あなたにおすすめの小説
【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
【完結】身代わり令嬢の華麗なる復讐
仲村 嘉高
恋愛
「お前を愛する事は無い」
婚約者としての初顔合わせで、フェデリーカ・ティツィアーノは開口一番にそう告げられた。
相手は侯爵家令息であり、フェデリーカは伯爵家令嬢である。
この場で異を唱える事など出来ようか。
無言のフェデリーカを見て了承と受け取ったのか、婚約者のスティーグ・ベッラノーヴァは満足気に笑い、立ち去った。
「一応政略結婚だけど、断れない程じゃないのよね」
フェデリーカが首を傾げ、愚かな婚約者を眺める。
「せっかくなので、慰謝料たんまり貰いましょうか」
とてもとても美しい笑みを浮かべた。
あなたを忘れる魔法があれば
七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる