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記憶の断片
女勇者強し
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マーゴットとシルヴィス、ダイアン国王が夢の世界に旅立って意識を失った後。
残されたのは夢見の術を行う魔女メルセデス、基点の役割を果たす神人ジューア。
宰相はひとまず国王の代役として執務のため王宮へ戻っていった。
マーゴットたちの意識が戻ったら呼び戻してほしいと言い残して。
「お前のことは覚えてるわよ、女勇者。魚人の魔物が王都を襲ったとき、赤ん坊を背負って戦ってたわね」
約500年前、若い寡婦の主婦メルセデスが魚切り包丁を持って勇者に覚醒したときの話だ。
「私も覚えてますよ、その青銀の髪。あのときはカーナ様を介抱してくれてありがとうございました」
「よく言うわ」
メルセデスが勇者に覚醒した後、魚人の魔物の近くに飛んでいた一角獣が守護者カーナであることにはカレイド王国の国民のメルセデスはすぐ気づいた。
子供の頃に読んだ絵本や、神殿のレリーフにある姿そのままだったので。
彼(彼女)から、魔物がカーナ王国からやってきたカーナの古い時代に失われた息子の一部だとその場で教えられたのだが。
「『邪魔よ、どきな!』って……び、ビンタかましてた……ぷっ、ぷくくくく!」
「だってえ。仕方なかったんです、大きな魔物の近くをおろおろ飛んでるだけの仔馬ちゃんなんて邪魔だもの。手元を間違って捌いちゃったらどうするんですー?」
カーナはカレイド王国の守護者だが、常駐はしていなかった。普段は永遠の国と呼ばれる、円環大陸の中央部にある大陸全土を支配、統括する神秘の国にいる。
カレイド王国に魚人の魔物が出現したとき、カーナは茶飲み友達の魔法剣士、魔導具師でもある神人ジューアと、彼女が作成する魔導具用の素材収拾に出ていた。
カレイド王国の神殿から緊急用の魔導具で連絡を受けて、慌ててジューアを背に乗せたまま駆けつけたときカーナは一角獣の姿だった。
「魔物が息子だってのはまあいいんですけど? でも息子だって言うなら、親のカーナ様がちゃんとお仕置きしなさいよって思いません?」
お尻ぺんぺんぐらいしなさいよ。
「あれはビックリしたわ。ビンタかまされたカーナ、『ヒンッ』て泣いてたわよ、『ヒンッ』て!」
当時を思い出して神人ジューアが腹を抱えて笑っている。
麗しの美少女の目尻には涙まで浮かんでいる。
「でもあのお魚さんモンスター、カーナ様の息子本体じゃなくて魔力の一部だったんでしょう? 包丁ぶっ刺したら後に残ったのはふつうのお魚さん数匹だったし。依代の」
「あの後、その魚も街の人たちと食べてたわよね……お前、なかなかのものよ」
強い。
もっとも、一連の光景に一角獣のままのカーナはヒーンヒーンと泣きながら地に伏せてしまっていたわけだが。
「当時の国王がお前と浮気相手を入れ替えてたのは初めて知ったわ。なるほど、だからカレイド王家は血筋を正したかったのね」
神人ジューアは祭壇に飾られている多角形の透明な魔石型魔導具、血筋チェッカーを手に取った。
ジューアは魔人族というハイヒューマンの生き残りで、魔法剣士だった。
元々は魔導具師で、一族の秘術を用いて様々な鑑定道具を作っている。各種ギルドにあるステータス鑑定用の魔導具は彼女が開発して下賜したものだ。
カレイド王国の血筋チェッカーは、約300年前に始祖と中興の祖の女勇者への復古運動が国民の間に巻き起こったとき、当時の国王の相談を受けた守護者カーナから依頼を受けてジューアが開発した。
王家の霊廟を改築するとの名目で、墓の中に収められていた始祖のハイエルフや、女勇者の遺髪(本人は生きていたが)を採集して王族たちの持つ血筋や因子と照合した上で、『始祖と女勇者の因子を持つ者』だけを選り分ける鑑定魔導具だった。
「あたしと入れ替わった浮気相手と作った子供や子孫たちまで『女勇者の末裔』を名乗ってましたからね。カレイド王家はあたしの勇者の因子を優先して後世に伝えたかったんでしょうねえ~』
平民出身の女勇者で王妃まで成り上がったプディング女伯爵メルセデスは子沢山と伝わっている。
しかし実際は、最初の夫との間に男子ひとり、再婚した国王との間にも男子ひとり。
生涯で産んだのはふたりだけだ。
実際は当時の国王が不貞相手の赤毛女との間に二人、別の愛人数人との間に三人作って、それらの子供の人数と合算されて七人産んだと後世に伝わっている。
「あたし以外の女と作った子供だって、一応は国王の王子や王女だったんだけどねえ。まあその辺は王家の判断ってことなんでしょう」
ただ、それはそれ、これはこれ。
魔女メルセデスは祭壇に立てかけられていた魚切り包丁を手に取った。
研がなくても銀色にギラリと曇りなく光っていたはずの魚切り包丁の刃は真っ黒に変色している。
「あたしも、もうカッとなるほど若くないんだけどさ。さすがにこれは お母ちゃん怒るわよ~」
包丁を構えて素振りしようとしたところで、背後から呻き声が聞こえた。
マーゴットたちが夢の世界から戻ってきたようだ。
( ˃ ⌑ ˂ഃ )ヒーンヒーン...
残されたのは夢見の術を行う魔女メルセデス、基点の役割を果たす神人ジューア。
宰相はひとまず国王の代役として執務のため王宮へ戻っていった。
マーゴットたちの意識が戻ったら呼び戻してほしいと言い残して。
「お前のことは覚えてるわよ、女勇者。魚人の魔物が王都を襲ったとき、赤ん坊を背負って戦ってたわね」
約500年前、若い寡婦の主婦メルセデスが魚切り包丁を持って勇者に覚醒したときの話だ。
「私も覚えてますよ、その青銀の髪。あのときはカーナ様を介抱してくれてありがとうございました」
「よく言うわ」
メルセデスが勇者に覚醒した後、魚人の魔物の近くに飛んでいた一角獣が守護者カーナであることにはカレイド王国の国民のメルセデスはすぐ気づいた。
子供の頃に読んだ絵本や、神殿のレリーフにある姿そのままだったので。
彼(彼女)から、魔物がカーナ王国からやってきたカーナの古い時代に失われた息子の一部だとその場で教えられたのだが。
「『邪魔よ、どきな!』って……び、ビンタかましてた……ぷっ、ぷくくくく!」
「だってえ。仕方なかったんです、大きな魔物の近くをおろおろ飛んでるだけの仔馬ちゃんなんて邪魔だもの。手元を間違って捌いちゃったらどうするんですー?」
カーナはカレイド王国の守護者だが、常駐はしていなかった。普段は永遠の国と呼ばれる、円環大陸の中央部にある大陸全土を支配、統括する神秘の国にいる。
カレイド王国に魚人の魔物が出現したとき、カーナは茶飲み友達の魔法剣士、魔導具師でもある神人ジューアと、彼女が作成する魔導具用の素材収拾に出ていた。
カレイド王国の神殿から緊急用の魔導具で連絡を受けて、慌ててジューアを背に乗せたまま駆けつけたときカーナは一角獣の姿だった。
「魔物が息子だってのはまあいいんですけど? でも息子だって言うなら、親のカーナ様がちゃんとお仕置きしなさいよって思いません?」
お尻ぺんぺんぐらいしなさいよ。
「あれはビックリしたわ。ビンタかまされたカーナ、『ヒンッ』て泣いてたわよ、『ヒンッ』て!」
当時を思い出して神人ジューアが腹を抱えて笑っている。
麗しの美少女の目尻には涙まで浮かんでいる。
「でもあのお魚さんモンスター、カーナ様の息子本体じゃなくて魔力の一部だったんでしょう? 包丁ぶっ刺したら後に残ったのはふつうのお魚さん数匹だったし。依代の」
「あの後、その魚も街の人たちと食べてたわよね……お前、なかなかのものよ」
強い。
もっとも、一連の光景に一角獣のままのカーナはヒーンヒーンと泣きながら地に伏せてしまっていたわけだが。
「当時の国王がお前と浮気相手を入れ替えてたのは初めて知ったわ。なるほど、だからカレイド王家は血筋を正したかったのね」
神人ジューアは祭壇に飾られている多角形の透明な魔石型魔導具、血筋チェッカーを手に取った。
ジューアは魔人族というハイヒューマンの生き残りで、魔法剣士だった。
元々は魔導具師で、一族の秘術を用いて様々な鑑定道具を作っている。各種ギルドにあるステータス鑑定用の魔導具は彼女が開発して下賜したものだ。
カレイド王国の血筋チェッカーは、約300年前に始祖と中興の祖の女勇者への復古運動が国民の間に巻き起こったとき、当時の国王の相談を受けた守護者カーナから依頼を受けてジューアが開発した。
王家の霊廟を改築するとの名目で、墓の中に収められていた始祖のハイエルフや、女勇者の遺髪(本人は生きていたが)を採集して王族たちの持つ血筋や因子と照合した上で、『始祖と女勇者の因子を持つ者』だけを選り分ける鑑定魔導具だった。
「あたしと入れ替わった浮気相手と作った子供や子孫たちまで『女勇者の末裔』を名乗ってましたからね。カレイド王家はあたしの勇者の因子を優先して後世に伝えたかったんでしょうねえ~』
平民出身の女勇者で王妃まで成り上がったプディング女伯爵メルセデスは子沢山と伝わっている。
しかし実際は、最初の夫との間に男子ひとり、再婚した国王との間にも男子ひとり。
生涯で産んだのはふたりだけだ。
実際は当時の国王が不貞相手の赤毛女との間に二人、別の愛人数人との間に三人作って、それらの子供の人数と合算されて七人産んだと後世に伝わっている。
「あたし以外の女と作った子供だって、一応は国王の王子や王女だったんだけどねえ。まあその辺は王家の判断ってことなんでしょう」
ただ、それはそれ、これはこれ。
魔女メルセデスは祭壇に立てかけられていた魚切り包丁を手に取った。
研がなくても銀色にギラリと曇りなく光っていたはずの魚切り包丁の刃は真っ黒に変色している。
「あたしも、もうカッとなるほど若くないんだけどさ。さすがにこれは お母ちゃん怒るわよ~」
包丁を構えて素振りしようとしたところで、背後から呻き声が聞こえた。
マーゴットたちが夢の世界から戻ってきたようだ。
( ˃ ⌑ ˂ഃ )ヒーンヒーン...
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