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そうだ、留学しよう~アケロニア王国編

忍び寄る小さな影

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 思わぬトラブルに驚いたものの、食後の休憩を終えて一同は作業場での研ぎに戻った。
 メガエリス伯爵はまた作業着のつなぎに着替え、引き続き砥石を変えて研ぎを試してくれた。

「ここからは希少金属を含む砥石を使ってみましょう」

 聖水に浸けていた最初の砥石はミスリル銀を含むという。
 そのままマーゴットの魚切り包丁を研いでいくと、包丁は一瞬だけ明るくなったがすぐにまた黒化した状態に戻ってしまった。

 その後、同様にヒヒイロカネやオリハルコンを含む砥石でも試してみたのだが、ごく短い時間だけ明るく変色するが、すぐ黒く戻ってしまう。

「あとはアダマンタイトを含む砥石がありますが、……これはさすがに聖剣を傷つけてしまうかと」

 この世界でアダマンタイトは金剛石、ダイヤモンドの上位鉱物とされる最も硬い物質だ。
 ただし、強力無比の浄化作用を持つため、包丁の黒化を解く可能性があるとしたらこの砥石ぐらいだそうだ。



「メガエリスさん、随分とたくさんの砥石をお持ちなのですね。これほど集めるには大変だったでしょう」
「ええ、ええ、それはもう。しかし途中から世界中のすべての砥石を集める勢いでしたぞ!」

 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりにメガエリス伯爵の薄い水色の瞳が輝く。
 これは彼のスイッチを押してしまったようだ。

「我がリースト伯爵家は魔法剣士の一族ですが、本家の嫡男にも関わらず私は創り出せる魔法剣の数が少なかったのですよ」

 そう言って水と泥で汚れた手を拭いてメガエリス伯爵が作業台周りの地面に、魔法剣を創り出して突き刺した。
 透明で輝くその剣の数は8本。

「え、これ……ダイヤモンドですか!?」
「はい。魔力を鉱物の金剛石に変換して剣を生み出す。それが我々リースト伯爵家の魔法剣士です」

 触っても良いと言うのでマーゴットは恐る恐る、地面に突き刺さる魔法剣に触れてみた。
 どの剣も複雑なカットの入ったデザインで、それこそ宝飾品のダイヤモンドのようにキラキラと陽の下で光を乱反射して輝いている。

 そして触れると指先がビリビリと痺れる。莫大な魔力を圧縮して固めて作り込んだ、まさに“魔法剣”だった。

「本来なら、本家筋の男子は10本単位の魔法剣を創れるのです。実際、長男のカイルは48本の魔法剣を創る」

 父に促されて、兄カイルは頷いて宙に魔法剣を生み出していった。
 マーゴットたち客人がいるから剣先は外側に向けて、その数は確かに50本近くある。
 何十本ものダイヤモンドの魔法剣が青空に浮かび光を乱反射する様は圧巻だった。

「息子と比べると、私の8本が見劣りするでしょう? なので私は自前の魔法剣以外に武器を調達して、一族は誰も習得していなかった居合い術を学び、居合い用の剣と砥石を同時に集めていったというわけでして」

 結果、砥石は倉庫に一棟分。
 ここにはないが、武器庫には古今東西の居合いに使える名剣が揃っているそうだ。



 マーゴットたちが、ついつい話に夢中になっているその後ろ、作業台にこっそり忍び寄る小さな影があった。

 メガエリス伯爵が砥石の由来を説明するため少し離れたその隙に、ルシウス少年が暗躍していた。

(うふふ。ぼくだって魔法剣もってるもん。一本だけだけどね! 父様よりショボいけどね!)

 そーっと作業台に近づき、置かれたままの魚切り包丁(聖剣)を覗き込んだ。



(ん?)

 ルシウス少年の怪しい動きにカーナが気づいた。

(ははあ。昼前に自分だけ触らせて貰えなかったから我慢できなかったのかな?)

 特によこしまな雰囲気は感じなかったので、またメガエリス伯爵たちとの雑談に戻ろうとしたところで。
 ピカーッと昼間なのに太陽の光より明るい閃光が視界に飛び込んできた。

「な、何事だ!?」

 閃光の発生源を振り向くと、何とルシウス少年が自分の身長と変わらない、大きな眩しく光る両刃の剣を持っている。

「まさか、聖剣か!?」
「えっ、ルシウス君が?」

 カーナが慌てている。だがそれより先に父親のメガエリス伯爵がルシウス少年に駆け寄った。

「ルシウス! やめなさい、なにを……」

 するのだ、と伯爵は最後まで言えなかった。
 なぜならば。

「えいやー、とーう!」

 愛らしく高い子供の声での掛け声と同時に、ルシウス少年が魚切り包丁に向けて輝く聖剣を振り下ろした。
 作業場を中心に、聖剣からはルシウスの鮮やかなネオンブルーの魔力まで、ぶわわわっと大量に噴き出している。ルシウスどころか作業台一帯が見えなくなってしまっている。

 そして辺りに漂う濃厚な、奥深い森の中にいるかのような芳香。

「聖者の芳香か! ……待て、いくら聖なる魔力持ちでも聖剣に聖剣をぶつけたりしたら……!」

 カーナもまた、最後まで言えなかった。


 じゅわっ


 と何かを高温で揚げたような、あるいは蒸発したような音がして、その場は葬儀会場のように静まり返った。






ジュワッ...🔪
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