上 下
52 / 129
そうだ、留学しよう~アケロニア王国編

カレイド王国の弓祓い

しおりを挟む
「ことの始まりは、バルカス王子の誕生祝いで王宮の親族パーティーに両親と参加したときです。国王夫妻と生まれて少し経った頃のバルカスに挨拶し終わると僕の具合が悪くなってしまって」

 王家の親族パーティーには例の雑草会の者たちも来る。
 全員ではなかったが、主だった者たちだけでも二百人は来ていたはずだ。

「最初は、たくさんの人がいる場所に酔ったのかなって思ってたんです。でもその後も、王宮に行くたびに調子を崩しました」
「誰に会ったとき?」
「国王一家です。……あるとき、冗談混じりに国王陛下に『陛下たちにお会いすると緊張するのか調子を崩すことがあって』と話すと、目に見えて顔色が変わられて。それ以来、僕はあまり王宮に呼ばれることがなくなりました」

 マーゴットとバルカスは同い年に生まれている。
 バルカスは他国の平民女を母に持つだけとは思えないほど血筋順位が低く、血筋チェッカーでも千番以内の数字が出なかった。
 王妃譲りの金髪青目ではあったが、顔立ちが国王そっくりなので国王の息子であることは間違いない。

 だが、血筋順位の欄外では次期国王として認められることはない。
 カレイド王国では百番以内でなければ王位を継承できない。事情があっても、必ず千番以内から選ぶと決まっている。

 それに、千番にも入れない欄外では、王子であっても国王が代替わりした後は王家に残れないだろう。
 そんな規則はなかったが、世論が許さない。
 カレイド王国は、始祖のハイエルフと、中興の祖の女勇者の血の濃い末裔がトップだからこそ、国民が信奉し敬意を持つのだ。

 そこで、国王は自分が退位した後もバルカスを王家に残すために、新たな血筋順位一位として生まれていた弟の娘、自分の姪であるマーゴットの婚約者候補にバルカス王子を据えた。



 ただ、まだ候補とはいえ、あまりにも国王夫妻に都合が良すぎて、打算的すぎる。

 そこで二人目の婚約者候補となったのが、マーゴットと歳が比較的近い親族で血筋順位も七位、一桁台のシルヴィスだ。

 バルカス王子は母親が他国の平民女が母親で血筋順位は欄外。
 シルヴィスは家の爵位こそ伯爵だが、数代前に王家の姫君が降嫁した家で、本人は血筋順位七位。

「カレイド王国では何か決めるとき、本人や関係者の血筋順位の数字が優先されるよね。だからオレはてっきり、君が本命だと思ってたんだ」
「僕も周りもそう思っていました」



「その後もやはり王宮に行くたび具合が悪くなったのですが、あるときマーゴットの父君のラズリス様に相談したら血相を変えて『すぐ神殿に行くように』と言われたんです」
「神殿? でも君は幼い頃から神殿で勉強していただろ?」

 元々、シルヴィスのディアーズ伯爵家はカレイド王国では神殿と縁の深い家の一つだった。
 シルヴィスも神官に適性があったので、学園を卒業するまでは神殿でも並行して学び、卒業後に本格的に修行に入る予定でいた。

「はい。予定を前倒しして神官の修行をするよう勧められました。そしてオズ公爵家でラズリス様に目の前で弓の弦を鳴らされたのです。そして不調が晴れました」
「弓の……えっ、てことは」

 弓は射るのでなく、弦を鳴らすと祓いになる。
 それで不調が晴れたというなら、祓われるべき何かの悪影響を受けていたということだ。



 カレイド王国のハイエルフの始祖は弓聖と呼ばれる、弓使いだった。
 そのため、今でもカレイド王族の得意とする武術は弓である。

 この世界で、聖なる魔力持ちには、まず特化型の聖女や聖者。直接、聖なる魔力で癒しや浄化、結界、術者によっては戦闘も行う。

 武術家で聖なる魔力持ちなら、剣士なら剣聖、弓使いなら弓聖、徒手空拳の使い手なら拳聖といった具合だ。
 扱う獲物を通じて聖なる魔力を行使する。
 武術家ではないが、書聖という書いた文字が聖なる護符化する芸術家タイプの術者もいる。

 そして弓聖は戦うことより、修祓しゅうばつ祓除ばつじょ、つまりはらいに特化している。
 武器としての矢を用いず、弓の弦を鳴らす鳴弦めいげんなる儀式を司るのが主だからだ。



「じゃあ君は、弓使いとして冒険者活動をしているってこと?」
「カレイド王国の弓使いが戦えるわけないじゃないですか。魔力特性を活かして暗器使いスキルを覚えて、諜報や斥候メインで活動しています」
「何という才能の無駄遣い……」

 カレイド王国の始祖のハイエルフは弓聖だったと伝わっている。
 事実は少し違う。彼は聖なる魔力を持っていなかった。

 この世界で聖なる魔力持ちは、聖女や聖者らに顕著だが、必ず魔力がネオンカラーに光る。
 例えば、ロータスという有名な聖女は鮮やかなネオンピンク。他にはネオングリーンやネオンブルー、ネオンオレンジなどもいる。

 カレイド王国の始祖の魔力には色がなかった。無色透明なのだ。
 その無色透明な魔力が、弓の弦を通すと邪気祓いになった。

 そうして約3千年前、氷の魔物のせいで極寒で人が立ち入れなかった円環大陸の北部を祓いに祓いまくってカレイド王国を建国したのが、カレイド王国の始祖のハイエルフだった。



 カーナは椅子に座ったシルヴィスを見る。

 銀に近い灰色の髪と瞳で、肌は白く、顔立ちはなかなか綺麗めに整った美男子だ。
 全体的に色素が薄く、マーゴットのような始祖の鮮やかなネオングリーンの瞳も、燃える炎の赤毛も持っていない。

 顔立ちも始祖や中興の祖の女勇者の面影はない。
 ということは、マーゴットやその父親、それに現国王とも似ていないということだ。

 それでも彼が血筋順位七位と高位な理由は。

「君は始祖と同じ無色透明な魔力の持ち主だ。本来なら祓いが専門の神官。カレイド王国の異変には気づいているね?」

 始祖の瞳も、中興の祖の女勇者の赤毛も受け継がなかった彼だが、カレイド王国の正当な魔力継承者の一人のはずだった。

 それが、なぜ祖国カレイド王国を出奔して、他国で冒険者などやっているのか。
 カーナが知りたかったのはそこだ。


しおりを挟む
感想 305

あなたにおすすめの小説

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】身代わり令嬢の華麗なる復讐

仲村 嘉高
恋愛
「お前を愛する事は無い」 婚約者としての初顔合わせで、フェデリーカ・ティツィアーノは開口一番にそう告げられた。 相手は侯爵家令息であり、フェデリーカは伯爵家令嬢である。 この場で異を唱える事など出来ようか。 無言のフェデリーカを見て了承と受け取ったのか、婚約者のスティーグ・ベッラノーヴァは満足気に笑い、立ち去った。 「一応政略結婚だけど、断れない程じゃないのよね」 フェデリーカが首を傾げ、愚かな婚約者を眺める。 「せっかくなので、慰謝料たんまり貰いましょうか」 とてもとても美しい笑みを浮かべた。

あなたを忘れる魔法があれば

七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...