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そうだ、留学しよう~アケロニア王国編
まだ婚約者なんていなかった
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「マーゴット。久し振り」
歓迎の宴の宴もたけなわ、主だったアケロニア王国の重鎮たちの紹介もあらかた受け終わって、カーナやグレイシア王女とジュースやワインを飲んで一息ついていると。
銀に近い灰色の髪と瞳の青年が、マーゴットに声をかけてきた。
冒険者ギルドの職員の、ネイビーの制服姿だ。
「シルヴィス!」
「ようやく会えたね。マーゴット」
シルヴィスと呼ばれた青年は、マーゴットの隣にいたグレイシア王女とカーナ、それぞれに胸に手を当てて軽く頭を下げた略礼を取った。
「こちらは?」
「ディアーズ伯爵令息のシルヴィスです。カレイド王族の親戚にあたり、私とバルカス王子の幼馴染み。今はアケロニア王国で冒険者をしているの」
「なるほど」
冒険者ギルドは国に依存しないフリーの機関だ。他国出身者がここにいてもおかしくはない。
シルヴィスは銀に近い灰色の髪を清潔に短く整えた、静謐な水のような印象の青年だった。
なかなか背が高いので、冒険者ギルドの、お仕着せとはいえカッチリした制服がよく似合っている。
「まさかカーナ様に乗ってくるとは思わなかったよ。今、王都じゃ突如出現した巨大龍のことで大騒ぎさ」
「あはは……何も考えずに来ちゃったの。反省してるわ」
「君が到着するの、もっと後だと思っていたんだ。今ちょっと忙しくて、あまり話をしている時間が……」
なくて、と言いかけたシルヴィス青年は、久し振りに会う幼馴染みマーゴットの頬に手を伸ばそうとして、ぴたりと動きを止めた。
「?」
突然、口も動きも止めてしまったシルヴィスに、マーゴットが首を傾げる。
シルヴィスはマーゴットを見て、驚いたように銀に近い灰色の目を見開いている。
そしてマーゴットの傍らにいたカーナを見た。
カーナは首を振って「それ以上は言うな」とばかりに無言でシルヴィスを抑制した。
「……今日はすぐ戻らなきゃいけないんだ。でもまた会いにくるよ」
急な仕事が控えているが、どうしてもマーゴットの顔を見たかったのだという。
「忙しいならまたで良かったのに。私は一ヶ月もいるのだから」
「ごめんね。僕も久し振りだから君の顔が見たかったんだ。想像してた通りだ、君はとても綺麗になった」
「!」
真正面から褒められてマーゴットは頬を染めた。
「そ、そんなお世辞はやめてちょうだい、私は」
私には婚約者がいる。
そうやんわりと拒絶しようとしたのだが。
「わかってる。僕はまだ君の『婚約者候補』に過ぎない。でも、バルカスなんかに負ける気はないよ」
「こ、婚約者候補ってなに!? 私の婚約者はバルカスよ? そう決まっていて」
「いいや。僕もバルカスもまだ候補だ。確定していない。そして僕は婚約者候補を辞退などしていないし、するつもりもない」
言って、シルヴィスはマーゴットの手を取った。
「女王となって表で光り輝く君を、僕は裏で影として支えよう。……婚約者の最終選定は君の学園の卒業式後と決まっている。それまでには、もっと君に相応しい業績を引っ提げて帰国するつもりだよ」
言って、マーゴットの手の甲に口づけて、慌ただしく帰っていった。
「シルヴィス! オレは神殿にいる。来るときは先にオレのところへ寄るように!」
最後、カーナからかけられた声に、足を止めたシルヴィスは、小さく頷いてそのまま宴会の間を出て行った。
「はあ、何とも印象的な男だったな。少しカーナ殿に似ているか?」
「言わないで……うう、それは言わないで欲しい……」
8年ぶりに顔を見てびっくりした。
一見、穏やかで落ち着いた雰囲気がカーナにそっくりだ。
幼い頃、バルカスは女性形の美少女カーナが好きで、マーゴットは男性形の美青年カーナが好きだった。
その後の異性の好みを決定付けられた感がある。
「まだ婚約者候補だって……どういうことなの……」
「それはオレも驚いた。……いや、待てよ。ラズリスとヴァネッサが生きている間は確かにシルヴィスとバルカスのことを婚約者“候補”と呼んでいた。ということは」
カーナがグラスを置いて考え込んでいる。
ちなみにラズリスはマーゴットの父の王弟公爵、ヴァネッサは母のことだ。
「シルヴィスがカレイド王国を出たのはいつだったっけ?」
「8年前よ。私が10歳、シルヴィスが18歳のときね」
「ううん……」
それからカーナはしばらく考え込んでいたが、やがて諦めて、アケロニア産の赤ワインをがぶ飲みしていた。
「詳しいことはシルヴィス本人から聞くとしよう。じゃあ、オレは神殿に行くね」
ひらひらと手を振って、バルコニーに出て、仔馬サイズの一角獣になって空を飛んでいった。
虹色の燐光で夜空を照らしながら、王都の神殿を迷うことなく目指している。
「カーナ殿も王宮に滞在されれば良いのに」
「神殿は清浄に保たれているから、居心地がいいみたい。それにこの国の神官たちとも仲良くしたいんじゃないかしら」
「明日、お茶に誘ったら来てくれるかな?」
「きっと喜ぶわ。おやつがあるともっとね」
まだマーゴットのこちらの国での制服が出来上がるまで数日かかるそうで、それまでは王宮でゆったりと過ごそうと考えていた。
歓迎の宴の宴もたけなわ、主だったアケロニア王国の重鎮たちの紹介もあらかた受け終わって、カーナやグレイシア王女とジュースやワインを飲んで一息ついていると。
銀に近い灰色の髪と瞳の青年が、マーゴットに声をかけてきた。
冒険者ギルドの職員の、ネイビーの制服姿だ。
「シルヴィス!」
「ようやく会えたね。マーゴット」
シルヴィスと呼ばれた青年は、マーゴットの隣にいたグレイシア王女とカーナ、それぞれに胸に手を当てて軽く頭を下げた略礼を取った。
「こちらは?」
「ディアーズ伯爵令息のシルヴィスです。カレイド王族の親戚にあたり、私とバルカス王子の幼馴染み。今はアケロニア王国で冒険者をしているの」
「なるほど」
冒険者ギルドは国に依存しないフリーの機関だ。他国出身者がここにいてもおかしくはない。
シルヴィスは銀に近い灰色の髪を清潔に短く整えた、静謐な水のような印象の青年だった。
なかなか背が高いので、冒険者ギルドの、お仕着せとはいえカッチリした制服がよく似合っている。
「まさかカーナ様に乗ってくるとは思わなかったよ。今、王都じゃ突如出現した巨大龍のことで大騒ぎさ」
「あはは……何も考えずに来ちゃったの。反省してるわ」
「君が到着するの、もっと後だと思っていたんだ。今ちょっと忙しくて、あまり話をしている時間が……」
なくて、と言いかけたシルヴィス青年は、久し振りに会う幼馴染みマーゴットの頬に手を伸ばそうとして、ぴたりと動きを止めた。
「?」
突然、口も動きも止めてしまったシルヴィスに、マーゴットが首を傾げる。
シルヴィスはマーゴットを見て、驚いたように銀に近い灰色の目を見開いている。
そしてマーゴットの傍らにいたカーナを見た。
カーナは首を振って「それ以上は言うな」とばかりに無言でシルヴィスを抑制した。
「……今日はすぐ戻らなきゃいけないんだ。でもまた会いにくるよ」
急な仕事が控えているが、どうしてもマーゴットの顔を見たかったのだという。
「忙しいならまたで良かったのに。私は一ヶ月もいるのだから」
「ごめんね。僕も久し振りだから君の顔が見たかったんだ。想像してた通りだ、君はとても綺麗になった」
「!」
真正面から褒められてマーゴットは頬を染めた。
「そ、そんなお世辞はやめてちょうだい、私は」
私には婚約者がいる。
そうやんわりと拒絶しようとしたのだが。
「わかってる。僕はまだ君の『婚約者候補』に過ぎない。でも、バルカスなんかに負ける気はないよ」
「こ、婚約者候補ってなに!? 私の婚約者はバルカスよ? そう決まっていて」
「いいや。僕もバルカスもまだ候補だ。確定していない。そして僕は婚約者候補を辞退などしていないし、するつもりもない」
言って、シルヴィスはマーゴットの手を取った。
「女王となって表で光り輝く君を、僕は裏で影として支えよう。……婚約者の最終選定は君の学園の卒業式後と決まっている。それまでには、もっと君に相応しい業績を引っ提げて帰国するつもりだよ」
言って、マーゴットの手の甲に口づけて、慌ただしく帰っていった。
「シルヴィス! オレは神殿にいる。来るときは先にオレのところへ寄るように!」
最後、カーナからかけられた声に、足を止めたシルヴィスは、小さく頷いてそのまま宴会の間を出て行った。
「はあ、何とも印象的な男だったな。少しカーナ殿に似ているか?」
「言わないで……うう、それは言わないで欲しい……」
8年ぶりに顔を見てびっくりした。
一見、穏やかで落ち着いた雰囲気がカーナにそっくりだ。
幼い頃、バルカスは女性形の美少女カーナが好きで、マーゴットは男性形の美青年カーナが好きだった。
その後の異性の好みを決定付けられた感がある。
「まだ婚約者候補だって……どういうことなの……」
「それはオレも驚いた。……いや、待てよ。ラズリスとヴァネッサが生きている間は確かにシルヴィスとバルカスのことを婚約者“候補”と呼んでいた。ということは」
カーナがグラスを置いて考え込んでいる。
ちなみにラズリスはマーゴットの父の王弟公爵、ヴァネッサは母のことだ。
「シルヴィスがカレイド王国を出たのはいつだったっけ?」
「8年前よ。私が10歳、シルヴィスが18歳のときね」
「ううん……」
それからカーナはしばらく考え込んでいたが、やがて諦めて、アケロニア産の赤ワインをがぶ飲みしていた。
「詳しいことはシルヴィス本人から聞くとしよう。じゃあ、オレは神殿に行くね」
ひらひらと手を振って、バルコニーに出て、仔馬サイズの一角獣になって空を飛んでいった。
虹色の燐光で夜空を照らしながら、王都の神殿を迷うことなく目指している。
「カーナ殿も王宮に滞在されれば良いのに」
「神殿は清浄に保たれているから、居心地がいいみたい。それにこの国の神官たちとも仲良くしたいんじゃないかしら」
「明日、お茶に誘ったら来てくれるかな?」
「きっと喜ぶわ。おやつがあるともっとね」
まだマーゴットのこちらの国での制服が出来上がるまで数日かかるそうで、それまでは王宮でゆったりと過ごそうと考えていた。
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