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じいじ再会まであと一日
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姉妹の姉ガブリエラは料理上手な女性だ。
ここ、タイアド王国の冒険者ギルドの王都支部に来て、最初は宿泊室の簡易キッチンで菓子を焼いていた。
すると美味しそうな匂いを嗅ぎつけた他の冒険者や職員たちに頼まれて、食堂で軽食代わりになるマフィンなどを焼くようになったのだそうで。
「タイアド王国は物価が高いのよねえ。こーんなマフィン一個がお店で買うと7銅貨(約700円)とかするのよ」
「ここでは一個3銅貨(約300円)。そこから材料費を除いて、利益の半分が私の取り分ね」
だいたい平均で一回に50個ほどを作る。それで小銀貨7枚(約7000円)前後の収入になるそうだ。
ギルドの一日の宿泊費と食費とで、ほぼ相殺とのこと。
食堂の厨房でガブリエラが菓子を焼く間、マリオンはカウンター席で朝食後のコーヒーを飲みながらハスミンと一緒に彼女が調理する様子を眺めていた。
もちろん、例の変装用魔導具の瓶底レンズの眼鏡はとっくに装着済みで。
作るのは発酵過程のないマフィンなので、材料を混ぜて深めの紙のマフィンカップに生地を注ぎ込み、オーブンで焼くだけ。
本日もまだまだあのマンドラゴラもどきがあるそうで、葉を切り落とし、顔の浮き出た薄茶色の皮をピーラーで容赦なく剥いて、チーズ用のシュレッダーで荒めにシュレッドしていた。
更にシナモンパウダー、レーズンや砕いたクルミを混ぜて、オーブンへ。
「へえ、客室の利用却下?」
「そう。僕は特別講師だから上級客室を使えるはずだったんだ。なのに偽王子に入室を阻害されたんだよ。ただ、僕の邪魔をしただけで満足してたみたい」
あくまでもマリオンを不遇に貶めることだけが目的かのように。
まだ故郷の実家にいた頃にあらかじめ、マリオンが滞在するのは研究学園の上級客室だと事前にタイアド王国側から通達されていたから、実家からの荷物や差し入れは本来の上級客室宛に届く。
そう、国側は正しくマリオンが特別講師だと認識しているのだ。学園内でのあの偽王子と取り巻きたちだけが徒党を組んでマリオンを貶めて本来の職務の遂行を邪魔していた。
マリオンはこっそり毎回、届いた荷物を引き取りに行っていたが、春に到着した初日に追い払われて以降はやはり上級客室には王子たちの姿も見張りもいなかった。
そもそも上級客室のフロアは王族や国賓級のVIP用の客室なのだが、やはりあの王子はフロアにいなかった。
もっとも、王子だから王宮から通っているのかもしれないが。
「と思ってたわけ」
「そこまで観察できてるなら、やっぱりすぐ学園を出て助けを求めなきゃダメじゃないの!」
何でそんな呑気なのかと、いつもは可憐に笑ってるハスミンお姉さんに頭を小突かれてしまった。
「ただね。ちょっと前にばあちゃんからの差し入れを取りに行ったときに……」
外部からの荷物はきちんと、本来の上級客室宛に届いていた。
つまり、研究学園の管理部門は正しく機能していて、不全状態だったのはマリオンの待遇と偽王子の態度だけ。
「いつもならいないはずの王子たちが部屋の中にいたんだ。そんで、ばあちゃんからの差し入れの荷物を漁ってて」
「うん……」
「返してくれって頼んだら、その場で土足で踏み潰されちゃった」
そして高笑いしながら去っていった。
残されたマリオンは慌てて荷物を回収したのだが、中に入っていた故郷の祖母からの手作りの焼き菓子はぐちゃぐちゃで、食べられたものではなくなってしまっていた。
「その時点でもう退職届は書いてたんだ。でも、じいちゃんの大反対を押しきってタイアド王国まで来たのに、一年も保たなかったって……情けないよね」
「ピゥ……」
しょぼーんと項垂れるマリオンの手を、カウンター上で話を聞いていたルミナスの小さなもふもふの手が宥めるようにぺしっ、ぺしっと叩いてきた。
研究学園は設備が良かった。
幼馴染みの王子の態度の激変に困惑して、これまでの情を切り離す時間の余裕が欲しかった。
それも本当だが、実際はやはり失意のまま帰国して、可愛がってくれている祖父に合わせる顔がないのが一番大きかった。
「ダリオンはそういうことに怒る人じゃないと思うけど」
オーブンに生地を入れ終わったエプロン姿のガブリエラが、カウンター側に寄ってきて自分のコーヒーカップを手に取りながら言った。
「事情を書いた手紙は昨日、早便で出したんでしょ? 早ければ今日中には受け取ってるわよ」
「そうそう。ダリオン君のことだから速攻飛んでくるわよ~」
「えー? いくらじいちゃんだからって、あの忙しい人がそうそう来るわけないよ」
などと笑っていたら、翌日には祖父への手紙と同時に告発文を送っていた新聞社が一面にマリオンの特集記事を掲載。
祖父ダリオンは朝イチで故郷のアケロニア王国からここタイアド王国へ、本来荷物と手紙しか運べないはずの飛竜便のコンテナに強引に乗り込んで昼前には来国。
王都の城下町で大騒ぎになっていた新聞でもマリオンの現状を知って、激怒して王宮に突撃した。
マリオンが、大好きだけどちょっと怖い祖父に再会するのはそんな翌日、夕方のことになる。
ここ、タイアド王国の冒険者ギルドの王都支部に来て、最初は宿泊室の簡易キッチンで菓子を焼いていた。
すると美味しそうな匂いを嗅ぎつけた他の冒険者や職員たちに頼まれて、食堂で軽食代わりになるマフィンなどを焼くようになったのだそうで。
「タイアド王国は物価が高いのよねえ。こーんなマフィン一個がお店で買うと7銅貨(約700円)とかするのよ」
「ここでは一個3銅貨(約300円)。そこから材料費を除いて、利益の半分が私の取り分ね」
だいたい平均で一回に50個ほどを作る。それで小銀貨7枚(約7000円)前後の収入になるそうだ。
ギルドの一日の宿泊費と食費とで、ほぼ相殺とのこと。
食堂の厨房でガブリエラが菓子を焼く間、マリオンはカウンター席で朝食後のコーヒーを飲みながらハスミンと一緒に彼女が調理する様子を眺めていた。
もちろん、例の変装用魔導具の瓶底レンズの眼鏡はとっくに装着済みで。
作るのは発酵過程のないマフィンなので、材料を混ぜて深めの紙のマフィンカップに生地を注ぎ込み、オーブンで焼くだけ。
本日もまだまだあのマンドラゴラもどきがあるそうで、葉を切り落とし、顔の浮き出た薄茶色の皮をピーラーで容赦なく剥いて、チーズ用のシュレッダーで荒めにシュレッドしていた。
更にシナモンパウダー、レーズンや砕いたクルミを混ぜて、オーブンへ。
「へえ、客室の利用却下?」
「そう。僕は特別講師だから上級客室を使えるはずだったんだ。なのに偽王子に入室を阻害されたんだよ。ただ、僕の邪魔をしただけで満足してたみたい」
あくまでもマリオンを不遇に貶めることだけが目的かのように。
まだ故郷の実家にいた頃にあらかじめ、マリオンが滞在するのは研究学園の上級客室だと事前にタイアド王国側から通達されていたから、実家からの荷物や差し入れは本来の上級客室宛に届く。
そう、国側は正しくマリオンが特別講師だと認識しているのだ。学園内でのあの偽王子と取り巻きたちだけが徒党を組んでマリオンを貶めて本来の職務の遂行を邪魔していた。
マリオンはこっそり毎回、届いた荷物を引き取りに行っていたが、春に到着した初日に追い払われて以降はやはり上級客室には王子たちの姿も見張りもいなかった。
そもそも上級客室のフロアは王族や国賓級のVIP用の客室なのだが、やはりあの王子はフロアにいなかった。
もっとも、王子だから王宮から通っているのかもしれないが。
「と思ってたわけ」
「そこまで観察できてるなら、やっぱりすぐ学園を出て助けを求めなきゃダメじゃないの!」
何でそんな呑気なのかと、いつもは可憐に笑ってるハスミンお姉さんに頭を小突かれてしまった。
「ただね。ちょっと前にばあちゃんからの差し入れを取りに行ったときに……」
外部からの荷物はきちんと、本来の上級客室宛に届いていた。
つまり、研究学園の管理部門は正しく機能していて、不全状態だったのはマリオンの待遇と偽王子の態度だけ。
「いつもならいないはずの王子たちが部屋の中にいたんだ。そんで、ばあちゃんからの差し入れの荷物を漁ってて」
「うん……」
「返してくれって頼んだら、その場で土足で踏み潰されちゃった」
そして高笑いしながら去っていった。
残されたマリオンは慌てて荷物を回収したのだが、中に入っていた故郷の祖母からの手作りの焼き菓子はぐちゃぐちゃで、食べられたものではなくなってしまっていた。
「その時点でもう退職届は書いてたんだ。でも、じいちゃんの大反対を押しきってタイアド王国まで来たのに、一年も保たなかったって……情けないよね」
「ピゥ……」
しょぼーんと項垂れるマリオンの手を、カウンター上で話を聞いていたルミナスの小さなもふもふの手が宥めるようにぺしっ、ぺしっと叩いてきた。
研究学園は設備が良かった。
幼馴染みの王子の態度の激変に困惑して、これまでの情を切り離す時間の余裕が欲しかった。
それも本当だが、実際はやはり失意のまま帰国して、可愛がってくれている祖父に合わせる顔がないのが一番大きかった。
「ダリオンはそういうことに怒る人じゃないと思うけど」
オーブンに生地を入れ終わったエプロン姿のガブリエラが、カウンター側に寄ってきて自分のコーヒーカップを手に取りながら言った。
「事情を書いた手紙は昨日、早便で出したんでしょ? 早ければ今日中には受け取ってるわよ」
「そうそう。ダリオン君のことだから速攻飛んでくるわよ~」
「えー? いくらじいちゃんだからって、あの忙しい人がそうそう来るわけないよ」
などと笑っていたら、翌日には祖父への手紙と同時に告発文を送っていた新聞社が一面にマリオンの特集記事を掲載。
祖父ダリオンは朝イチで故郷のアケロニア王国からここタイアド王国へ、本来荷物と手紙しか運べないはずの飛竜便のコンテナに強引に乗り込んで昼前には来国。
王都の城下町で大騒ぎになっていた新聞でもマリオンの現状を知って、激怒して王宮に突撃した。
マリオンが、大好きだけどちょっと怖い祖父に再会するのはそんな翌日、夕方のことになる。
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