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イキった男子校生

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 年明けの仕事始めから少し経った頃、弁護士事務所に高校生のアルバイトが入ることになった。
 地元の最寄り高校の生徒で、公立の都立高校生のまだ一年生だという。

 今どきの公立高校には珍しく、アルバイトは高校に勤め先情報を記入した申請書の提出が必要になる。
 高校、アルバイト先は双方の連絡先を把握する。雇用する弁護士事務所側は雇う高校生の担任教師のケータイ番号も知らされている。

 その男子校生ナオキは最初はおどおどと気弱で神経質な感じだったが、弁護士事務所の所員たちは所長を始めとして気の良い人たちが揃っているのですぐに馴染んだ。

 いや調子に乗り始めた。

 カレンは月末で退職するので、後任に残す書類を整理したり、仕事の作業指示のメモなどのまとめに入っていた。
 そんなカレンにバイトのナオキが年齢を聞いてきた。
 社会人の女性に歳を聞かないのは社会人のマナーだ。まだ大して親しくもないならなおさら。
 カレンはちょっとだけイラッときたが、28歳だと答えると。

「うそ、全然見えない! めちゃくちゃ可愛いよ、オレ全然イケる!」
「あはは、何がよ。あたし、彼氏いるからナンパはお断りするわー」
「げ。男持ちかよ、中古かよ」
「は?」

 今なんと言いましたか?

「おい、女性に何て失礼なこと言うんだ!」

 横で話を聞きながらパソコンでメールを打っていたはずのセイジが拳でゴチンと、手加減はしたが音が立つぐらいナオキの頭を殴った。

 そこからがもう大変だ。

「パワハラだ! この暴力野郎、訴えてやる!」

 バイトのナオキは大声を出してそのまま帰ってしまった。もちろんタイムカードにスタンプ記録もせずに。

「うーん。ここ弁護士事務所なんだけどねえ」

 隣の部屋から騒ぎを聞きつけてきた所長が呆れていた。
 更に当事者のカレンやセイジ、室内にいた他の所員からも話を聞いて苦笑いだ。

「それで勝手に帰っちゃったわけ? 困った子だねえ」
「所長、手を上げてしまったのは僕の失態です。もし彼の親御さんから連絡が入るようなら……」

 ああいう子供だから、声だけは大きいかもしれない。
 もしかしたら警察に駆け込んでいる可能性もある。
 その日はカレンもセイジも、所長たちも何か連絡が来やしないかとハラハラしながら仕事して、退勤時間を迎えたときには全員でホッとした。



 そして翌日、朝一で弁護士事務所宛に男子校生の父親から電話連絡が入る。
 息子が暴力を受けたとのことだが、と怒りを抑えながら話す父親に、当事者全員を交えて話し合いをしましょうと所長は伝えた。
 それまではナオキのバイトは当然中止だ。

 数日後、週末の土曜日になって、両親と男子校生、セイジとカレン、所長の6人で会議室で話し合いをすることになった。

「まず、うちのスタッフが息子さんの頭を殴ったことについて謝罪します」

 通院するなら当然、医療費は負担させてもらうとも。

 当日、ナオキは帰宅して家にいた母親に事態を訴えて近くの整形外科の病院に駆け込み、傷はなかったが軽いコブができていたので痛み止めと、頭部なので塗り薬を処方してもらっている。
 レントゲン写真を撮った限りではそれ以上の怪我などはなかったし、骨にも異常はない。
 ただし、アルバイト先で受けた暴力なので診断書を書いて貰っており、今回持参していた。

「パワハラで殴られてコブまでできたんです。労災扱いになるでしょう」

 それに慰謝料も、とナオキの父親が圧力とともに匂わせてきた。

「会社にすべての原因があればもちろん、事務所から労基に申請させてもらいます。ですが今回の息子さんの場合、お考えになったほうがいいかもしれませんね」
「どういうことです?」

 そこで所長は、両親が息子のナオキからどう話を聞いているのかを確認した。
 案の定、ナオキは自分が殴られたことだけを誇張して両親に訴えていて、自分が最初にカレンを侮辱したことは何も伝えていなかった。

 カレンはスタッフだが、そもそも弁護士事務所のクライアントだなのだ。
 アルバイトで帳簿付けや事務仕事を手伝っているが、臨時に過ぎない。
 今回はそこを利用して、少し強気で攻めることにすると所長からカレンもセイジもあらかじめ聞かされていた。

「ナオキ君がクライアントの青山さんに、とても失礼な口を叩いたから藤原は叱りました。その際に頭を殴ったことは良くないことでした。息子さんの件は警察や別の弁護士に相談しても構いません。……ですが事の経緯を調査された場合、結果的に息子さん側の問題点も明らかになりますから、話し合いで解決したほうがお互いに良いと思います。どうでしょうか?」

 そう、今回の件はナオキの高校にも報告することになるのだ。
 ただし、双方の話し合い次第でお茶を濁すことはできる。
 幸い、怪我は小さなコブだけ。それも数日前のことだから、もうほとんど消えているだろう。


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