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ブラック上司のその後、そしてカレンの今
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カレンは年明け後、解雇された会社の元同僚から、あのパワハラのクソ上司が社内で騒ぎを起こして解雇されたことを教えられた。
会社都合の即日解雇だったから、カレン自身は元勤め先からは送別会も開いてもらっていない。
あれからカレンもラスベガスに旅行に行ったり、セイジの勤め先の弁護士事務所でアルバイトしたりと慌ただしかった。
親しかった同僚宛に、世話になった人たちへの土産をまとめて送って渡してもらうよう頼むに留まっていた。
元同僚たちとはスマホのメッセージアプリでやり取りをしていたが、解雇での退職後はまだ一度も顔を合わせていなかったのだけれども。
一度、カレンが退職した後の報告をしたいと言われて、都心の飲み屋に集まることにした。
「は? 解雇? あの縁故野郎が何をどうやったら首になるのよ」
そう、カレンが解雇に追い込まれる原因を作ったあのクソ上司、飴田課長が年明けに解雇されたというのだ。
「どういうことなの?」
何も問題のなかったカレンを首にしてまで守られていた会長の縁者なのに。
すると元同僚たちは「青山さん、落ち着いて聞いてね」と不安になるような前置きの後、
「飴田課長ね、あなたのことを自分の恋人だって思っていたらしいの」
「……は?」
あまりにも予想外のことで、思考が思わず停止してしまった。
「もちろん、彼の頭の中だけでのことよ。彼があなたにきつく当たっていたのは、その……」
カレンの趣味のことを、副業と断定して何度も詳しく報告するよう迫ったり、社内で付け回したりしたことだ。
「自分の女だから、厳しくしなきゃいけないって思ってたんですって」
「き、気持ち悪……っ」
「いや本当、ごもっとも」
しかも、その『脳内彼女』認定していたのはカレンだけではない。
過去に飴田がトラブルを起こして退職に追い込んだ数名の女子社員たちに対しても同じことをしていたようだ。
「飴田課長、あなたが退職したことを知って社内で暴れたの。あなたを解雇した専務に殴り込みに行ってね。そのときたまたま、ご親戚の会長がいらしてて」
「あーなるほど。それで会長本人からついに引導渡されちゃったのね」
カレンが解雇されたのは昨年の11月。
それで暴れた飴田は年内の謹慎を命じられ、その間に彼がこれまで社内で何を仕出かしてきたか、そして会社が如何にトラブルを隠蔽してきたかも含めて、徹底的に調査されたらしい。
「そう。さすがにこのまま我が社に置いておくわけにいかないからって、年明けすぐ付けで解雇。実家暮らしだったらしいけど、会長の伝手で今度はものすごいど田舎の関連企業に送り込まれたらしいって噂」
それがつい数日前のことと知って、しみじみカレンは呟いた。
「まったく、ざまぁみろだわ」
元同僚たちの奢りだというワインが、とにかく美味かった。
「キレイに落ちがついた感じだね」
既にカレンの解雇に関わる元勤め先とのやり取りは終了していたが、世話になった弁護士事務所の所長へは報告を入れた。
「はい。もうパワハラをしていた元上司も東京にいないそうですし、一安心です。本当に所長にはお世話になりました」
この弁護士事務所でのアルバイトも、再就職先が決まりそうでそろそろ終わりになる。
「次の就職先も食品メーカーかい?」
「いえ、前職は事務でしたから、同業にこだわる必要はないかなあって。それより、クラウドファンディングの実績を経歴書に載せたら、企業側からいくつかオファーがあったんです」
まったく知らない理系企業からの誘いもあって、驚くことになったカレンだ。
条件によっては語学研修付きの社費での海外留学ができる会社もあって、キャリアアップというなら申し分ない。
「そういえばアクセサリー作りはどうなったの?」
「ああ、それはですね……」
ハンドメイド作品の出品アプリでの販売も、クラウドファンディングも、盛り上がったのは本当に一時期だけで今は下火になってしまった。
「新しいアクセサリーは作ってるんですけど、なかなか難しいかなって」
時間と資金ができたので、資料や工具、材料を揃えて技術は格段に向上した。
だが、これ、という強みがなかなか見出せず、どこかで見たような形ばかり作ってしまうのが今のカレンの悩みだった。
(サークルの講師の義明君はファンタジー風の魔法道具や剣。年配の会員さんはドライフラワーを封入したキューブ。歯車を入れた動物やお魚さんモンスターを作る人もいる。あたしは……どれも作れるようになったけど、何かいまいち)
「試行錯誤する様子を写真に取って、ツイッターやインスタグラムにアップしてるんです。成果は出せてないけど、応援してくれる人が増えてきてる感じです」
最近だと、和装に合う金箔や漆を使った帯留めの飾り作りに挑戦している。
所長の奥さんの総務部長の趣味が着物だと聞いたところからのインスピレーションだ。
金継ぎのような模様を入れたアクセサリーはシックで、年配女性が好むとも教えてもらって目から鱗だった。
「そういうの、今どきの人って感じがするねえ。僕は応援してるんだ、頑張ってほしいねえ」
「はーい、ありがとうございます!」
「青山、話は終わったの?」
「うん、今月でバイトを辞めることもOK貰えたわ。良かった」
恋人のセイジとは、カレンの再就職が決まった後で同棲しようか、なんて話も出ている。
セイジは実家住まいだが、カレンは安アパート住まい。どちらも駅から遠い場所に住んでいるが、ふたりで家賃を出し合えば駅に近いマンションでもいける。
「今日はどう、ひまらや行かない?」
「行きたーい!」
人の人情でブラック上司から逃げ切れて、色々あったけれどカレンはまあまあ今の毎日に満足している。
続く
会社都合の即日解雇だったから、カレン自身は元勤め先からは送別会も開いてもらっていない。
あれからカレンもラスベガスに旅行に行ったり、セイジの勤め先の弁護士事務所でアルバイトしたりと慌ただしかった。
親しかった同僚宛に、世話になった人たちへの土産をまとめて送って渡してもらうよう頼むに留まっていた。
元同僚たちとはスマホのメッセージアプリでやり取りをしていたが、解雇での退職後はまだ一度も顔を合わせていなかったのだけれども。
一度、カレンが退職した後の報告をしたいと言われて、都心の飲み屋に集まることにした。
「は? 解雇? あの縁故野郎が何をどうやったら首になるのよ」
そう、カレンが解雇に追い込まれる原因を作ったあのクソ上司、飴田課長が年明けに解雇されたというのだ。
「どういうことなの?」
何も問題のなかったカレンを首にしてまで守られていた会長の縁者なのに。
すると元同僚たちは「青山さん、落ち着いて聞いてね」と不安になるような前置きの後、
「飴田課長ね、あなたのことを自分の恋人だって思っていたらしいの」
「……は?」
あまりにも予想外のことで、思考が思わず停止してしまった。
「もちろん、彼の頭の中だけでのことよ。彼があなたにきつく当たっていたのは、その……」
カレンの趣味のことを、副業と断定して何度も詳しく報告するよう迫ったり、社内で付け回したりしたことだ。
「自分の女だから、厳しくしなきゃいけないって思ってたんですって」
「き、気持ち悪……っ」
「いや本当、ごもっとも」
しかも、その『脳内彼女』認定していたのはカレンだけではない。
過去に飴田がトラブルを起こして退職に追い込んだ数名の女子社員たちに対しても同じことをしていたようだ。
「飴田課長、あなたが退職したことを知って社内で暴れたの。あなたを解雇した専務に殴り込みに行ってね。そのときたまたま、ご親戚の会長がいらしてて」
「あーなるほど。それで会長本人からついに引導渡されちゃったのね」
カレンが解雇されたのは昨年の11月。
それで暴れた飴田は年内の謹慎を命じられ、その間に彼がこれまで社内で何を仕出かしてきたか、そして会社が如何にトラブルを隠蔽してきたかも含めて、徹底的に調査されたらしい。
「そう。さすがにこのまま我が社に置いておくわけにいかないからって、年明けすぐ付けで解雇。実家暮らしだったらしいけど、会長の伝手で今度はものすごいど田舎の関連企業に送り込まれたらしいって噂」
それがつい数日前のことと知って、しみじみカレンは呟いた。
「まったく、ざまぁみろだわ」
元同僚たちの奢りだというワインが、とにかく美味かった。
「キレイに落ちがついた感じだね」
既にカレンの解雇に関わる元勤め先とのやり取りは終了していたが、世話になった弁護士事務所の所長へは報告を入れた。
「はい。もうパワハラをしていた元上司も東京にいないそうですし、一安心です。本当に所長にはお世話になりました」
この弁護士事務所でのアルバイトも、再就職先が決まりそうでそろそろ終わりになる。
「次の就職先も食品メーカーかい?」
「いえ、前職は事務でしたから、同業にこだわる必要はないかなあって。それより、クラウドファンディングの実績を経歴書に載せたら、企業側からいくつかオファーがあったんです」
まったく知らない理系企業からの誘いもあって、驚くことになったカレンだ。
条件によっては語学研修付きの社費での海外留学ができる会社もあって、キャリアアップというなら申し分ない。
「そういえばアクセサリー作りはどうなったの?」
「ああ、それはですね……」
ハンドメイド作品の出品アプリでの販売も、クラウドファンディングも、盛り上がったのは本当に一時期だけで今は下火になってしまった。
「新しいアクセサリーは作ってるんですけど、なかなか難しいかなって」
時間と資金ができたので、資料や工具、材料を揃えて技術は格段に向上した。
だが、これ、という強みがなかなか見出せず、どこかで見たような形ばかり作ってしまうのが今のカレンの悩みだった。
(サークルの講師の義明君はファンタジー風の魔法道具や剣。年配の会員さんはドライフラワーを封入したキューブ。歯車を入れた動物やお魚さんモンスターを作る人もいる。あたしは……どれも作れるようになったけど、何かいまいち)
「試行錯誤する様子を写真に取って、ツイッターやインスタグラムにアップしてるんです。成果は出せてないけど、応援してくれる人が増えてきてる感じです」
最近だと、和装に合う金箔や漆を使った帯留めの飾り作りに挑戦している。
所長の奥さんの総務部長の趣味が着物だと聞いたところからのインスピレーションだ。
金継ぎのような模様を入れたアクセサリーはシックで、年配女性が好むとも教えてもらって目から鱗だった。
「そういうの、今どきの人って感じがするねえ。僕は応援してるんだ、頑張ってほしいねえ」
「はーい、ありがとうございます!」
「青山、話は終わったの?」
「うん、今月でバイトを辞めることもOK貰えたわ。良かった」
恋人のセイジとは、カレンの再就職が決まった後で同棲しようか、なんて話も出ている。
セイジは実家住まいだが、カレンは安アパート住まい。どちらも駅から遠い場所に住んでいるが、ふたりで家賃を出し合えば駅に近いマンションでもいける。
「今日はどう、ひまらや行かない?」
「行きたーい!」
人の人情でブラック上司から逃げ切れて、色々あったけれどカレンはまあまあ今の毎日に満足している。
続く
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