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番外編 異世界板前ゲンジ、ルシウス君と再会す

リースト伯爵家での思い出の夜

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 鮭の入ったフィッシュカレーも考えたが、鮭のような油分の多い魚をカレーにする場合は辛味や酸味を強めに利かせないとスパイスが負けてしまう。

(アケロニア王国はあんまり濃すぎる味付けは好まれないんだよね)

 ルシウスなどリースト伯爵家の皆さんも強い辛味は苦手なので、別の選択肢を考えたい。

 領地特産の鮭を使うならメインに肉が無くても構わないそうで、あれこれゲンジは考えてみた。

(和食ならいくらでもメニューが浮かぶんだけどなあ)

 リースト伯爵領産の鮭は肉質も良く、脂の入り方も絶妙だ。
 川を登る寸前で漁獲したものはまだ元気なので身も太って食べ応えがある。
 産卵のため川を登りきった鮭だと、逆に痩せて余計な脂がなく雑味が抜けている。スモークサーモンなど加工品にはこちらが向いているそうだ。

「せっかくだからインド料理縛りがいいよねえ」

 カレーの味が濃いので、スープは舌を休める意味でチキンスープや野菜の付け合わせを料理人たちに頼んである。
 本来なら豆のスープやサンバルといった酸っぱいスープ、スパイス炒めもあるが、普段食い慣れないスパイシーな味付けばかりでは食事が疲れてしまう。

「やっぱりタンドリーチキン風かな。タンドリーサーモンだ」

 タンドリーチキンはヨーグルト入りのスパイス漬けを焼いたもので、同じ味付けは動物性タンパク質なら大抵何にでも合う。
 生姜やニンニクに、カレーにも使った各種のスパイスを混ぜ、ヨーグルトを合わせて鮭の切り身を漬け込む。
 後は釜で何度か漬け込みタレの残りを塗りつけながら火が通るまで焼けば完成である。



 アケロニア王国最後の夜はとても楽しかった。
 ルシウスだけでなく、彼の父メガエリス前伯爵や現伯爵の兄カイルとも話が弾んだ。
 ルシウスの幼かった頃のエピソードもたくさん教えてもらって、ルシウスファンのゲンジは大喜びだ。

「もう。父様も兄さんも酷いんだから」

 ほうれん草カレーやタンドリーサーモンが気に入ったらしいルシウスは、レモンライスと合わせて食しながら不貞腐れている。

(でも見た感じ、仲が良さそうで良かったよ。ココ村支部にいたときはお兄ちゃんから手紙が来ないって、よくショボくれてたからさ)

 兄カイルはルシウスだけというより、全般的にドライでクールな性格だ。案外、男兄弟なんてこんなものかもしれなかった。

「これらの料理は厨房の皆さん向けにレシピカードをお渡ししましたから。今後はご当家の味にアレンジして行かれると良いと思いますよ」

 元々サーモンパイでパイ生地を使う料理のヴァリエーションの多い家だ。ひき肉のキーマカレーを入れたパイなども美味ではないだろうか。



 食後は消化を促進する甘いヨーグルトラッシーを。
 これはヨシュア坊ちゃんと母御のブリジット夫人が気に入って半分ずつお代わりしていた。

 あとは大人の男たちはサロンに移動して、ゲンジは秘蔵のウイスキーをいただく幸運に恵まれた。

「こいつはすごいですね。香りが良い」

 いわゆるバーボン系のウイスキーだ。焦がしたホワイトオーク樽で熟成させると、この芳醇な香りと風味が出る。
 ラベルにはリースト伯爵領特産品の鮭のイラストが印刷されている。

「気に入ったなら数本持っていくといい。ただし、飲み過ぎには注意して」

 それからこの一ヶ月少々の料理や、王家からの依頼への礼を改めて現伯爵のカイルから言われた。

「愚弟の面倒も見てくれたようで助かった。こいつは一人暮らしをいいことに、夜遊びしていたようだから」
「へええ、そうなんですか!?」

 隣のルシウスを見ると、ぷいっと顔を背けられた。
 少なくともゲンジが滞在していた間、ルシウスが子爵邸を夜に出て行くことはなかったのだが。

「また王都へ来たときは寄ると良い。我らリースト伯爵家一同、歓迎しよう」

 とありがたくも前伯爵のメガエリス直々のお言葉だ。
 だが残念なことに彼は数年後、老衰で亡くなったと国内新聞の紙面で知ることになる。
 この晩のカレーパーティーが、麗しの髭のご老公を見た最後の機会となってしまった。


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