94 / 216
ルシウス君、覚醒編
ぽんぽんする腕はなし
しおりを挟む
食堂で目を回して倒れてしまったルシウス少年に場は騒然となった。
あんな凶悪なお魚さんモンスター相手に大立ち回りできるぐらい強いお子さんが、まさかこんなことで、といろんな意味で周囲は戦慄した。
ハイヒューマン用の鑑定用魔導具があって幸いだった。
とりあえず倒れたルシウスをギルマスのカラドンが食堂向かいの事務室のソファに運び、サブギルマスのシルヴィスが3階のギルドマスターの執務室から魔導具を急いで取ってきた。
鑑定してみたところ、ルシウスは体質的に強い辛味が弱点であることが判明する。
バッドステータス欄に(チリソースによるダメージ)が表示されていた。
詳細を確認してみると、時間経過とともに回復するらしいので大きな問題はなさそうだった。
「こ、怖え。まさか毒でも入ってたのかって焦っちまったあ」
「毒は毒でも、人の毒気ね。ケンさんの毒気と、苦手な辛いチリソースとでダブルパンチだったんでしょうねえ」
魔導具で表示されたルシウスのステータス画面を見て、介抱のため一緒についてきた女魔法使いのハスミンも溜め息をついている。
「あれ? ここどこ?」
「ルシウス君、目が覚めましたか! ここは事務室ですよー。チリソースが辛すぎて倒れちゃったんです」
「ちりそーす……そっかあ」
胃のあたりに小さな手のひらを当てて、感覚を確かめている。
だが。
「おなかいたい……父様や兄さんにおなかぽんぽんってしてほしい……うええ……っ」
ソファの上で丸まってしくしく泣きだしてしまったルシウスに、大人たちは慌てた。
「は、腹痛に効くポーションって何があったっけ!?」
「この場合は毒消しポーションでは!?」
「薬草にも食あたり用のものが売店にあったはず!」
「まあ落ち着きなさいな」
ハスミンは片手でルシウスのおなかをやさしくぽんぽんし、もう片方の手で自分の腰回りに光の円環、環を出して、中のアイテムボックスからティーバッグをひとつ取り出した。
「クレアちゃん、これマグカップに一杯分、食堂で熱湯入れてきてくれる?」
「は、はいっ」
ハスミンからティーバッグを受け取った受付嬢のクレアは、すぐに事務室を飛び出していき、数分ですぐ戻ってきた。
「これ、あたしの師匠が魔力を込めたお茶でね。蓮茶っていうのよ。いい匂いでしょ。飲める?」
まだ胃やお腹の辺りを押さえているルシウスを起こしてやり、マグカップを持たせてやった。
「ぐすっ、ぐすっ。……いいにおい」
「あらあら。そんなに泣いたら、大きなお目々が溶けちゃいそう」
マグカップからは、蓮の花の聖なる芳香が事務室の中いっぱいに広がっている。
「ね、ネオンピンクに光ってるんですけどあのお茶!?」
「……まあハスミンさんの師匠というと、聖女のあの方ですからねえ」
受付嬢のクレアとサブギルマスのシルヴィスが、後ろで何やらヒソヒソ小声で話している。
「いやほんと悪かった、ルシウス。あの料理人は責任持って解雇するから、勘弁してもらえるか」
と申し訳なさそうにギルマスのカラドンが話しかけてきたところで。
「飛竜便でーす。冒険者ギルド・ココ村支部のルシウス・リーストさーん。お届けものですよー」
ルシウスの故郷、アケロニア王国のおうちからの、いつものお手紙と荷物がやってきた。
お茶を何とかふーふー息を吹きかけて冷ましながら一杯飲みきったルシウスは、それからおうちからのお手紙を開けて読んだ。
途中まで読み進めていったところで、大きな湖面の水色の目が更にこぼれんばかりに見開かれた。
手紙から顔を上げて、ふと、体を起こしているソファの横、事務室の棚のバインダーの背表紙が目に入り、ピタッと動作を止めた。
そこには『ココ村支部 雇用者名簿』と書かれている。
食い入るように棚を見つめているルシウスに、サブギルマスのシルヴィスだけが気づいた。
シルヴィスは暗器使いで、隠密スキルの持ち主だ。他人のさりげない仕草に注意が向いて気づきやすい。
当のルシウスはすぐにまた手紙に視線を落として最後まで読み終え、ギルマスに向き直ると、
「……カラドンさん、あの男の解雇はちょっと待って。兄さんから課題が出たから、僕が対処する」
「課題?」
ルシウスは持っていた手紙をぴらっと振ってみせた。
「兄さんのお嫁様が代筆してくれたみたい。『お前もリースト伯爵家の男ならそのような輩の一人や二人、対処できて然るべき』だって」
よし、と気合いを入れてソファから勢いをつけて立ち上がる。
「おなかいたいの治った! ハスミンさん、ありがとー」
「どういたしまして」
にこ、と可愛らしく可憐に笑うハスミンに両手で両頬を包まれて、むにむにっと柔らかな頬を撫で揉まれた。
愛情たっぷりの仕草だ。ルシウスはスキンシップ好きなお子さんなので、親しい人からのこういう触れ合いは大歓迎である。
「お夕飯もがんばります!」
「えっ。大丈夫なんですか、ルシウス君?」
「もう元気になったもん」
少し休んで、ハスミンから貰った魔力入りのお茶で回復したようだ。
「おーい、ギルマスー。行商人がそら豆売りに来たけどどうするー?」
食堂のほうから冒険者の男がやってきて声をかけてきた。
「! そら豆すき、僕が買います!」
「ギルドで買うからツケでって言って、適当に買っておいてくれやー」
夕飯用の食材に追加だ。
不穏な雰囲気ながら、落ち込んで弱っていたルシウスはすっかり元気を取り戻している。
むしろ、おうちからのお手紙を読んで覇気が戻っていた。
何にせよ、夕飯も飯ウマ持ちのルシウスが手がけると知って、冒険者の男もホッとした顔を見せている。
「故郷でもそら豆は旬だろうなあ。父様たちも美味しいの食べてるかな」
あんな凶悪なお魚さんモンスター相手に大立ち回りできるぐらい強いお子さんが、まさかこんなことで、といろんな意味で周囲は戦慄した。
ハイヒューマン用の鑑定用魔導具があって幸いだった。
とりあえず倒れたルシウスをギルマスのカラドンが食堂向かいの事務室のソファに運び、サブギルマスのシルヴィスが3階のギルドマスターの執務室から魔導具を急いで取ってきた。
鑑定してみたところ、ルシウスは体質的に強い辛味が弱点であることが判明する。
バッドステータス欄に(チリソースによるダメージ)が表示されていた。
詳細を確認してみると、時間経過とともに回復するらしいので大きな問題はなさそうだった。
「こ、怖え。まさか毒でも入ってたのかって焦っちまったあ」
「毒は毒でも、人の毒気ね。ケンさんの毒気と、苦手な辛いチリソースとでダブルパンチだったんでしょうねえ」
魔導具で表示されたルシウスのステータス画面を見て、介抱のため一緒についてきた女魔法使いのハスミンも溜め息をついている。
「あれ? ここどこ?」
「ルシウス君、目が覚めましたか! ここは事務室ですよー。チリソースが辛すぎて倒れちゃったんです」
「ちりそーす……そっかあ」
胃のあたりに小さな手のひらを当てて、感覚を確かめている。
だが。
「おなかいたい……父様や兄さんにおなかぽんぽんってしてほしい……うええ……っ」
ソファの上で丸まってしくしく泣きだしてしまったルシウスに、大人たちは慌てた。
「は、腹痛に効くポーションって何があったっけ!?」
「この場合は毒消しポーションでは!?」
「薬草にも食あたり用のものが売店にあったはず!」
「まあ落ち着きなさいな」
ハスミンは片手でルシウスのおなかをやさしくぽんぽんし、もう片方の手で自分の腰回りに光の円環、環を出して、中のアイテムボックスからティーバッグをひとつ取り出した。
「クレアちゃん、これマグカップに一杯分、食堂で熱湯入れてきてくれる?」
「は、はいっ」
ハスミンからティーバッグを受け取った受付嬢のクレアは、すぐに事務室を飛び出していき、数分ですぐ戻ってきた。
「これ、あたしの師匠が魔力を込めたお茶でね。蓮茶っていうのよ。いい匂いでしょ。飲める?」
まだ胃やお腹の辺りを押さえているルシウスを起こしてやり、マグカップを持たせてやった。
「ぐすっ、ぐすっ。……いいにおい」
「あらあら。そんなに泣いたら、大きなお目々が溶けちゃいそう」
マグカップからは、蓮の花の聖なる芳香が事務室の中いっぱいに広がっている。
「ね、ネオンピンクに光ってるんですけどあのお茶!?」
「……まあハスミンさんの師匠というと、聖女のあの方ですからねえ」
受付嬢のクレアとサブギルマスのシルヴィスが、後ろで何やらヒソヒソ小声で話している。
「いやほんと悪かった、ルシウス。あの料理人は責任持って解雇するから、勘弁してもらえるか」
と申し訳なさそうにギルマスのカラドンが話しかけてきたところで。
「飛竜便でーす。冒険者ギルド・ココ村支部のルシウス・リーストさーん。お届けものですよー」
ルシウスの故郷、アケロニア王国のおうちからの、いつものお手紙と荷物がやってきた。
お茶を何とかふーふー息を吹きかけて冷ましながら一杯飲みきったルシウスは、それからおうちからのお手紙を開けて読んだ。
途中まで読み進めていったところで、大きな湖面の水色の目が更にこぼれんばかりに見開かれた。
手紙から顔を上げて、ふと、体を起こしているソファの横、事務室の棚のバインダーの背表紙が目に入り、ピタッと動作を止めた。
そこには『ココ村支部 雇用者名簿』と書かれている。
食い入るように棚を見つめているルシウスに、サブギルマスのシルヴィスだけが気づいた。
シルヴィスは暗器使いで、隠密スキルの持ち主だ。他人のさりげない仕草に注意が向いて気づきやすい。
当のルシウスはすぐにまた手紙に視線を落として最後まで読み終え、ギルマスに向き直ると、
「……カラドンさん、あの男の解雇はちょっと待って。兄さんから課題が出たから、僕が対処する」
「課題?」
ルシウスは持っていた手紙をぴらっと振ってみせた。
「兄さんのお嫁様が代筆してくれたみたい。『お前もリースト伯爵家の男ならそのような輩の一人や二人、対処できて然るべき』だって」
よし、と気合いを入れてソファから勢いをつけて立ち上がる。
「おなかいたいの治った! ハスミンさん、ありがとー」
「どういたしまして」
にこ、と可愛らしく可憐に笑うハスミンに両手で両頬を包まれて、むにむにっと柔らかな頬を撫で揉まれた。
愛情たっぷりの仕草だ。ルシウスはスキンシップ好きなお子さんなので、親しい人からのこういう触れ合いは大歓迎である。
「お夕飯もがんばります!」
「えっ。大丈夫なんですか、ルシウス君?」
「もう元気になったもん」
少し休んで、ハスミンから貰った魔力入りのお茶で回復したようだ。
「おーい、ギルマスー。行商人がそら豆売りに来たけどどうするー?」
食堂のほうから冒険者の男がやってきて声をかけてきた。
「! そら豆すき、僕が買います!」
「ギルドで買うからツケでって言って、適当に買っておいてくれやー」
夕飯用の食材に追加だ。
不穏な雰囲気ながら、落ち込んで弱っていたルシウスはすっかり元気を取り戻している。
むしろ、おうちからのお手紙を読んで覇気が戻っていた。
何にせよ、夕飯も飯ウマ持ちのルシウスが手がけると知って、冒険者の男もホッとした顔を見せている。
「故郷でもそら豆は旬だろうなあ。父様たちも美味しいの食べてるかな」
11
お気に入りに追加
551
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる