35 / 53
熊を豚小屋へぶち込みたい
しおりを挟む
オデットは巧妙に、ドマ伯爵家の五男サムエルの誤解を利用して増長させていった。
自分が新たな侯爵となるのだというサムエルの言質を取って魔法樹脂に録音し、それを溜め続けた。
婚約者として婚約の翌日から二人で頻繁にお茶を飲むようにして、場所はいつも、学園の食堂を使うようにして。
王都の通学路にあるお気に入りの店は使いたくないし、学園内の食堂なら人目も多いから、サムエルから変なことをされる心配もない。
今日も放課後、オデットから3年のサムエルの教室に誘いに行った。
接触機会は多ければ多いほど良い。
「リースト伯爵領は鮭が名産というけど、俺は魚なんかより肉のほうが好きだぞ。鮭なんてあんな食いごたえのないもの! 君と結婚して俺が侯爵となった暁には畜産のほうにもっと力を入れなければならないな!」
「……ええ、それもいいかもしれません。あなたの好きになさって?」
(お、オデット、駄目ですよ、暴れてはいけませんからね!)
いつもさりげなく、グリンダが近くの席に背を向けて座っていて、オデットとサムエルが下手なことをしないように監視してくる。
それで小声でオデットに注意してくるが、大丈夫だ。
(問題なくてよ、グリンダ。お前を豚小屋にぶち込んでやるわって思ってるだけだもの)
豚に鮭はもったいない。
ドマ伯爵令息サムエルは、熊のような見た目とダミ声の男だ。
聞くに堪えないが、人間っぽい形をした豚だと思えばそんなに腹は立たない。
とりあえずリースト侯爵領の鮭を貶す者は滅びよ。
微笑みながら簡単な相槌を打っているだけで、サムエルはどんどん好き勝手に発言しては墓穴を掘っていく。
こっそり、オデットとグリンダがひそひそ話をしていることにも気づかないくらい、自分の話に陶酔している。
女王陛下から貰った猶予期間は二週間と少し。
まだこの男と婚約して数日だが、もうさほど時間をかけなくてもいいだろう。
「ねえ、サムエル様」
「何だい、オデット」
「あのね、私、あなたにお願いがあるの」
「お願いだって?」
「ええ、大したことじゃないのよ」
さあ、最後の仕上げをしよう。
「私が魔法剣士であることはご存知でしょう?」
「ああ。この前、校庭で生徒会長と戦ったとき、俺も教室から見てたよ! あれは凄かったな!」
「ふふ、ありがとうございます。……でもね、ほら。私、あなたと婚約したでしょう? あなたはもう3年生だから卒業してしまうし、淑女が戦うってはしたないと思いますの」
「まあそうだな。結婚後まで暴れられたら堪らない。そこは躾けなきゃ……いや、控えてほしいって頼もうと思ってたところだ」
(この男、“躾”って言いましたわね。誰を? オデットを???)
後ろの席でグリンダがドン引きしている。
オデットは聞こえなかった振りでスルーだ。
もちろん、このサムエルの発言も、爪のネイルに模した魔法樹脂に音声を記録している。
「ええ、もちろんですわ、サムエル様。でもね。私、あなたが卒業する前にぜひ一度戦って、それで魔法剣士を引退する有終の美を飾りたいと思いますの。……おねだり、聞いてくださいます?」
リースト侯爵家の一族のオデットは麗しの美貌の少女である。
ちょっと可愛らしく、すすっと婚約者に身を寄せた。
「いいのか? 俺は強いぞ?」
「もちろん。もしあなたが勝ったなら、私を好きになさって?」
相手の制服のブレザーの腕の裾をちょん、と指先で触れながら(本当は手に触れるのが良いのだが触りたくなかったので)、上目遣いにお願いしただけで、コロッとサムエルは落ちた。
自分が新たな侯爵となるのだというサムエルの言質を取って魔法樹脂に録音し、それを溜め続けた。
婚約者として婚約の翌日から二人で頻繁にお茶を飲むようにして、場所はいつも、学園の食堂を使うようにして。
王都の通学路にあるお気に入りの店は使いたくないし、学園内の食堂なら人目も多いから、サムエルから変なことをされる心配もない。
今日も放課後、オデットから3年のサムエルの教室に誘いに行った。
接触機会は多ければ多いほど良い。
「リースト伯爵領は鮭が名産というけど、俺は魚なんかより肉のほうが好きだぞ。鮭なんてあんな食いごたえのないもの! 君と結婚して俺が侯爵となった暁には畜産のほうにもっと力を入れなければならないな!」
「……ええ、それもいいかもしれません。あなたの好きになさって?」
(お、オデット、駄目ですよ、暴れてはいけませんからね!)
いつもさりげなく、グリンダが近くの席に背を向けて座っていて、オデットとサムエルが下手なことをしないように監視してくる。
それで小声でオデットに注意してくるが、大丈夫だ。
(問題なくてよ、グリンダ。お前を豚小屋にぶち込んでやるわって思ってるだけだもの)
豚に鮭はもったいない。
ドマ伯爵令息サムエルは、熊のような見た目とダミ声の男だ。
聞くに堪えないが、人間っぽい形をした豚だと思えばそんなに腹は立たない。
とりあえずリースト侯爵領の鮭を貶す者は滅びよ。
微笑みながら簡単な相槌を打っているだけで、サムエルはどんどん好き勝手に発言しては墓穴を掘っていく。
こっそり、オデットとグリンダがひそひそ話をしていることにも気づかないくらい、自分の話に陶酔している。
女王陛下から貰った猶予期間は二週間と少し。
まだこの男と婚約して数日だが、もうさほど時間をかけなくてもいいだろう。
「ねえ、サムエル様」
「何だい、オデット」
「あのね、私、あなたにお願いがあるの」
「お願いだって?」
「ええ、大したことじゃないのよ」
さあ、最後の仕上げをしよう。
「私が魔法剣士であることはご存知でしょう?」
「ああ。この前、校庭で生徒会長と戦ったとき、俺も教室から見てたよ! あれは凄かったな!」
「ふふ、ありがとうございます。……でもね、ほら。私、あなたと婚約したでしょう? あなたはもう3年生だから卒業してしまうし、淑女が戦うってはしたないと思いますの」
「まあそうだな。結婚後まで暴れられたら堪らない。そこは躾けなきゃ……いや、控えてほしいって頼もうと思ってたところだ」
(この男、“躾”って言いましたわね。誰を? オデットを???)
後ろの席でグリンダがドン引きしている。
オデットは聞こえなかった振りでスルーだ。
もちろん、このサムエルの発言も、爪のネイルに模した魔法樹脂に音声を記録している。
「ええ、もちろんですわ、サムエル様。でもね。私、あなたが卒業する前にぜひ一度戦って、それで魔法剣士を引退する有終の美を飾りたいと思いますの。……おねだり、聞いてくださいます?」
リースト侯爵家の一族のオデットは麗しの美貌の少女である。
ちょっと可愛らしく、すすっと婚約者に身を寄せた。
「いいのか? 俺は強いぞ?」
「もちろん。もしあなたが勝ったなら、私を好きになさって?」
相手の制服のブレザーの腕の裾をちょん、と指先で触れながら(本当は手に触れるのが良いのだが触りたくなかったので)、上目遣いにお願いしただけで、コロッとサムエルは落ちた。
12
お気に入りに追加
325
あなたにおすすめの小説
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
悪役令嬢はお断りです
あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。
この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。
その小説は王子と侍女との切ない恋物語。
そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。
侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。
このまま進めば断罪コースは確定。
寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。
何とかしないと。
でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。
そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。
剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が
女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。
そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。
●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
●毎日21時更新(サクサク進みます)
●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)
(第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。
【完結】わたしの隣には最愛の人がいる ~公衆の面前での婚約破棄は茶番か悲劇ですよ~
岡崎 剛柔
恋愛
男爵令嬢であるマイア・シュミナールこと私は、招待された王家主催の晩餐会で何度目かの〝公衆の面前での婚約破棄〟を目撃してしまう。
公衆の面前での婚約破棄をしたのは、女好きと噂される伯爵家の長男であるリチャードさま。
一方、婚約を高らかに破棄されたのは子爵家の令嬢であるリリシアさんだった。
私は恥以外の何物でもない公衆の面前での婚約破棄を、私の隣にいた幼馴染であり恋人であったリヒトと一緒に傍観していた。
私とリヒトもすでに婚約を済ませている間柄なのだ。
そして私たちは、最初こそ2人で婚約破棄に対する様々な意見を言い合った。
婚約破棄は当人同士以上に家や教会が絡んでくるから、軽々しく口にするようなことではないなどと。
ましてや、公衆の面前で婚約を破棄する宣言をするなど茶番か悲劇だとも。
しかし、やがてリヒトの口からこんな言葉が紡がれた。
「なあ、マイア。ここで俺が君との婚約を破棄すると言ったらどうする?」
そんな彼に私が伝えた返事とは……。
勇者惨敗は私(鍛冶師)の責任だからクビって本気!? ~サービス残業、休日出勤、日々のパワハラに耐え続けて限界! もう自分の鍛冶屋を始めます~
日之影ソラ
恋愛
宮廷鍛冶師として働く平民の女の子ソフィア。彼女は聖剣の製造と管理を一人で任され、通常の業務も人一倍与えられていた。毎日残業、休日も働いてなんとか仕事を終らせる日々……。
それでも頑張って、生きるために必死に働いていた彼女に、勇者エレインは衝撃の言葉を告げる。
「鍛冶師ソフィア! お前のせいで僕は負けたんだ! 責任をとってクビになれ!」
「……はい?」
サービス残業に休日出勤、上司に勇者の横暴な扱いにも耐え続けた結果、勇者が負けた責任をかぶせられて宮廷をクビになってしまう。
呆れを通り越して怒りを爆発させたソフィアは、言いたいことを言い放って宮廷を飛び出す。
その先で待っていたのは孤独の日々……ではなかった。
偶然の出会いをきっかけに新天地でお店を開き、幸せの一歩を踏み出す。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。
わがまま妹、自爆する
四季
恋愛
資産を有する家に長女として生まれたニナは、五つ年下の妹レーナが生まれてからというもの、ずっと明らかな差別を受けてきた。父親はレーナにばかり手をかけ可愛がり、ニナにはほとんど見向きもしない。それでも、いつかは元に戻るかもしれないと信じて、ニナは慎ましく生き続けてきた。
そんなある日のこと、レーナに婚約の話が舞い込んできたのだが……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる