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消耗しない人生を〜グレイシア・パーフェクト・ショコラ・パルフェをいただきながら〜
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生徒会長のウェイザー公爵令嬢グリンダは、オデットと仲良くなってから放課後、王都の高級チョコレートで有名なガスター菓子店のカフェへ彼女を連れて行った。
オデットは知らなかったようだが、ここアケロニア王国の王族は代々、ガスター菓子店のショコラの熱烈なファンなのである。
百年前、オデットが奴隷商に誘拐されたのは、今と同じ学園の1年生のとき、まだ1学期の頃だ。
場の勢いで髪やら唇やらに口づける仲にはなっても、これから互いの詳しい趣味嗜好を知ってもっと親しくなっていこうという矢先にオデットが行方不明になってしまったのだ。
「『オデットとこのショコラを食したかった』という当時の王姉殿下の溜め息と呟きの記録が残っておりますの。あなたが生き返ったと知ったときから、いつかここに連れてきて差し上げたいと思ってましたのよ」
グリンダの語るかつての王女殿下の言葉に、オデットは泣きそうになった。
自分は愛されていた。もう逢えないけれど、その事実だけで自分はこれからも生きていける。
泣きたい理由はもうひとつあった。
「学園で暴れた罰だと言って、お小遣いを減らされてしまったの。横暴だわ」
カフェには、当時よくお忍びで通っていたという、現女王と同じ名を持つ王姉殿下の名前を冠した『グレイシア・パーフェクトショコラ・パルフェ』なる高価なパフェがあった。
お値段はまさかの小金貨1枚(約1万円)。
今、オデットの財布の中には小銀貨3枚(約3千円)と少し。足りない。
「あの野郎ども。覚えてるといいのだわ」
そのうち家を追い出してやろうかしら、などと物騒なことをオデットが呟いている。
現当主のヨシュアとその叔父ルシウスは、オデットに甘いだけの男たちではなかった。
しっかりお仕置きもしてくるからたちが悪い。
そんな彼女がメニューのラインナップと値段を難しい顔をして凝視する様子を眺めながら、ふとグリンダはさりげなく自分の悩みを打ち明けた。
「あのね。わたくしには婚約者がいるのだけど」
「へえ。恋人かしら?」
「……いいえ。政略の婚約よ。他国の王族の方なの。家とこの国のためにね、子供の頃から。でも遊び相手が何人もいて、不貞の噂ばっかり聞くの」
「へえ」
オデットの銀色の花咲く湖面の水色の瞳は、メニューから離れない。気のない相槌だ。
「学園を卒業したら結婚なの。でもそんな方と上手くやっていけるかなって、悩んでて」
オデットがメニューから顔を上げた。
その形の良い眉をしかめて、
「あなた、男なんかで消耗してるの?」
言うだけ言って、またメニューに視線を落とした。
グリンダは心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
その心臓が壊れそうなほどバクバクと鼓動が早鐘を打ちだす。
深呼吸してからグリンダは店員を目で呼び、そのまま小金貨1枚する『グレイシア・パーフェクトショコラ・パルフェ』と紅茶を二人分、注文した。
「もう。言ってるじゃない、私それ払うお金持ってないって」
「いいのよ。あなたの今の言葉、胸に響いたから。今日はご馳走させて」
実際は響いたなんてものではない。
むしろヒビが入って壊れたぐらいのインパクトがあった。
きっとオデットは、女性で悩んでいる男性がいたら今の感じで「女なんかで消耗してるの?」と言うだろうし、家族関係で悩む者には「家族なんかで消耗してるの?」、職場の人間関係で悩む者には「上司のことなんかで消耗してるの?」と同様に言うに違いない。
今までグリンダを心配してくれる者はいたが、そんなことをハッキリ言ってくれた人間はいなかった。
しかも、このオデットは百年前の女性だ。
今はかなりマシになっているが、このアケロニア王国も昔は相当に男尊女卑で女性の立場も弱かったと聞いている。
(百年前、オデットを知った王女殿下には、さぞや彼女が眩しく見えたことでしょうね)
「こ、これがグレイシア様も食べたショコラパルフェ……!」
その麗しの瞳をキラキラと輝かせて、やってきた花瓶サイズで金箔が振りかけられた大型パフェを一口一口、オデットが味わいながら食している。
「ふふ。オデット、私もあなたが好きになりましたわ」
後日、ウェイザー公爵令嬢グリンダは、婚約者の国で催された自分たちの婚約披露パーティーに参加した際、相手の浮気相手から悪役令嬢と謗られて断罪されかけた。
だが、心の中のダイヤモンドのメイスを肩にかけるオデットの笑顔に励まされて、華麗に相手を叩きのめし断罪し返して、無事に婚約破棄することができた。
きっちり相手から多額の慰謝料をもぎ取ったところは、オデットより上手だったぐらいだ。
後に、オデットは侯爵に陞爵したリースト侯爵家を継いで女侯爵となり、グリンダは実家の公爵家を出て、リースト女侯爵オデットの腹心として彼女の家に就職した。
ふたりはたいそう仲が良く、秘密の愛人関係にあるのではないかと社交会で噂されるようになるのだが、真相は彼女たちしか知らない。
オデットは知らなかったようだが、ここアケロニア王国の王族は代々、ガスター菓子店のショコラの熱烈なファンなのである。
百年前、オデットが奴隷商に誘拐されたのは、今と同じ学園の1年生のとき、まだ1学期の頃だ。
場の勢いで髪やら唇やらに口づける仲にはなっても、これから互いの詳しい趣味嗜好を知ってもっと親しくなっていこうという矢先にオデットが行方不明になってしまったのだ。
「『オデットとこのショコラを食したかった』という当時の王姉殿下の溜め息と呟きの記録が残っておりますの。あなたが生き返ったと知ったときから、いつかここに連れてきて差し上げたいと思ってましたのよ」
グリンダの語るかつての王女殿下の言葉に、オデットは泣きそうになった。
自分は愛されていた。もう逢えないけれど、その事実だけで自分はこれからも生きていける。
泣きたい理由はもうひとつあった。
「学園で暴れた罰だと言って、お小遣いを減らされてしまったの。横暴だわ」
カフェには、当時よくお忍びで通っていたという、現女王と同じ名を持つ王姉殿下の名前を冠した『グレイシア・パーフェクトショコラ・パルフェ』なる高価なパフェがあった。
お値段はまさかの小金貨1枚(約1万円)。
今、オデットの財布の中には小銀貨3枚(約3千円)と少し。足りない。
「あの野郎ども。覚えてるといいのだわ」
そのうち家を追い出してやろうかしら、などと物騒なことをオデットが呟いている。
現当主のヨシュアとその叔父ルシウスは、オデットに甘いだけの男たちではなかった。
しっかりお仕置きもしてくるからたちが悪い。
そんな彼女がメニューのラインナップと値段を難しい顔をして凝視する様子を眺めながら、ふとグリンダはさりげなく自分の悩みを打ち明けた。
「あのね。わたくしには婚約者がいるのだけど」
「へえ。恋人かしら?」
「……いいえ。政略の婚約よ。他国の王族の方なの。家とこの国のためにね、子供の頃から。でも遊び相手が何人もいて、不貞の噂ばっかり聞くの」
「へえ」
オデットの銀色の花咲く湖面の水色の瞳は、メニューから離れない。気のない相槌だ。
「学園を卒業したら結婚なの。でもそんな方と上手くやっていけるかなって、悩んでて」
オデットがメニューから顔を上げた。
その形の良い眉をしかめて、
「あなた、男なんかで消耗してるの?」
言うだけ言って、またメニューに視線を落とした。
グリンダは心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
その心臓が壊れそうなほどバクバクと鼓動が早鐘を打ちだす。
深呼吸してからグリンダは店員を目で呼び、そのまま小金貨1枚する『グレイシア・パーフェクトショコラ・パルフェ』と紅茶を二人分、注文した。
「もう。言ってるじゃない、私それ払うお金持ってないって」
「いいのよ。あなたの今の言葉、胸に響いたから。今日はご馳走させて」
実際は響いたなんてものではない。
むしろヒビが入って壊れたぐらいのインパクトがあった。
きっとオデットは、女性で悩んでいる男性がいたら今の感じで「女なんかで消耗してるの?」と言うだろうし、家族関係で悩む者には「家族なんかで消耗してるの?」、職場の人間関係で悩む者には「上司のことなんかで消耗してるの?」と同様に言うに違いない。
今までグリンダを心配してくれる者はいたが、そんなことをハッキリ言ってくれた人間はいなかった。
しかも、このオデットは百年前の女性だ。
今はかなりマシになっているが、このアケロニア王国も昔は相当に男尊女卑で女性の立場も弱かったと聞いている。
(百年前、オデットを知った王女殿下には、さぞや彼女が眩しく見えたことでしょうね)
「こ、これがグレイシア様も食べたショコラパルフェ……!」
その麗しの瞳をキラキラと輝かせて、やってきた花瓶サイズで金箔が振りかけられた大型パフェを一口一口、オデットが味わいながら食している。
「ふふ。オデット、私もあなたが好きになりましたわ」
後日、ウェイザー公爵令嬢グリンダは、婚約者の国で催された自分たちの婚約披露パーティーに参加した際、相手の浮気相手から悪役令嬢と謗られて断罪されかけた。
だが、心の中のダイヤモンドのメイスを肩にかけるオデットの笑顔に励まされて、華麗に相手を叩きのめし断罪し返して、無事に婚約破棄することができた。
きっちり相手から多額の慰謝料をもぎ取ったところは、オデットより上手だったぐらいだ。
後に、オデットは侯爵に陞爵したリースト侯爵家を継いで女侯爵となり、グリンダは実家の公爵家を出て、リースト女侯爵オデットの腹心として彼女の家に就職した。
ふたりはたいそう仲が良く、秘密の愛人関係にあるのではないかと社交会で噂されるようになるのだが、真相は彼女たちしか知らない。
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