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人前で婚約者を侮辱してはならない
王族は代々ショコラ好き
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浮かれるカレンに笑いながら、イザベラは貰った口内洗浄剤の楕円の缶の蓋を開けた。
白く丸い粒をその場の全員にシェアし、自分も一粒口に放り込む。
ふわりと鼻腔にショコラの甘い香りが抜けていく。
「チョコレート風味だわ。珍しいフレーバーね」
「そちらもカズン様のお母様の指定なんです。何でも女傑イザベラの母君と先々王陛下にちなんだものだそうですよ」
「?」
どうやらイザベラの知らない話だったらしい。
だが、父ヴァシレウスから話を聞いていたカズンにはすぐピンときた。
「ガスター菓子店は、女傑イザベラの母君と先々王の二人が少年少女だった頃、お忍びで買い物に行った店だったらしいぞ。それにちなんだフレーバーだと思う」
「へえ、デート先にガスター菓子店! あそこお高いのに、さすがセレブってやつですかねえ」
カレンは感心していたが、まだ即位する前の王子時代の、先々王が少年だった頃の話だ。
「ああ。今と同じで、当時もガスター菓子店は高級店だった。そして当時の王族は自分で金など持ち歩かない」
王族が小遣いを渡されるようになったのは、ユーグレンの母の王太女の世代からだと聞いている。
それまでは侍従が常に付き添い、何をどの店で買うか厳密に定められていて、王族に個人的な買い物の自由はなかった。
「というと?」
「店に行ったはいいが、先々王は金を持っていなかった。ショコラの代金はまだ少女だった頃の母君が出したんだ。父親が騎士とはいえとっくに引退した馬屋番の娘の小遣いなどたかが知れている。その少ない小遣いの中から」
ガスター菓子店で一番安い正規の商品は、銅貨8枚(約800円)で買える、一粒入りの小箱だ。
「だが母君は、銅貨8枚も持っていなかった。それを知った当時の店主でもあった菓子職人が『なら、いくら持っているんだい?』と訊ねて、銅貨3枚と答えた。ならばと店主が出して来たのが、欠けのあるショコラ片2枚だったという」
本来なら綺麗に正方形に成形するショコラだったが、製作途中で欠けてしまった訳あり商品なら銅貨3枚で良いと言ったらしい。
「二人はその場で、欠けたショコラ片を一枚ずつ美味しそうに食したそうだ。そのときの店主が後に王家へショコラの自信作を献上した際、即位していた先々王から直接、当時のことで礼を賜ったのだそうだ」
「ショコラ片2枚って……」
「ガスター菓子店で一番安いやつ!」
今の物価なら、銅貨3枚(約300円)なら子供の小遣いでも十分買える。
高級店のガスター菓子店は敷居の高い店だが、ちょっとだけ背伸びをしたい若い子たちや、上流の味を気軽に堪能したい人々が買っていくのが一番安い『ショコラ片2枚』なのだった。
日によってはショコラ詰め合わせセットより、このショコラ片のほうが売れる日もあるという。
「あの店にそんなエピソードがあったなんて、初めて知ったわ」
カレンも友人たちとの街歩きで、小遣い片手にガスター菓子店の一番安いお得なショコラ片2枚を買ったクチだ。
王族で王弟のカズンも、まだ学生のうちの使える金額は毎月の小遣いの範囲内だ。
学園の放課後、ガスター菓子店を覗いて箱入りの手頃なセットを買うときもあったが、必ずショコラ片2枚も一緒に買っていた。
「女傑イザベラの真実の公表とともに、ショコラ片2枚も爆売れしそうですよねえ~」
そんな話を聞いてしまうと、尚更だ。
今日この後、商会の受付の手伝いが終わった後で買いに行こうかなとカレンが呟いている。
ちなみにこの後、ブルー商会を出た後、カズンたちはそのガスター菓子店のレストランへランチに寄る予定だ。
長らく王都には本店だけの営業だったが、今年に入ってついにファン待望の支店ができた。そちらでは本店よりややリーズナブルに飲食が楽しめる。
ブルー商会の職員に注文品の精算をしてもらうと、巾着の中には小金貨が5枚以上残っている。ヨシュアとランチを食べて、更に土産にショコラを買うには十分だろう。
「あら、カズン様たちデートですか?」
わかってるわ、あたしにはわかってますよと言わんばかりにニヤニヤとカレンに揶揄われる。
隣のイザベラも面白そうな顔をしていた。年頃らしくその手の話には目がないようだ。
「ユーグレン殿下抜きでデートですか? お二人とも」
「一応、ここに来る前に王宮に連絡は入れたが、どうかな。殿下も夏休みに入って忙しいみたいだから」
数日前から連絡を入れていればユーグレンも都合がついただろうが、何せカズンが母からお使いを頼まれたのが今朝のこと。
ヨシュアに連絡を入れたのと同時に王宮にも使いを出していたが、カズンたちがブルー商会にいる間に連絡が返ってこないということは無理なのだろう。
こういうとき、前世の世界で当たり前のようにあった電話やスマホ、メッセージアプリがないのは不便だなと思う。
一応、通信用の魔導具はあるのだが、緊急時専用で一般には普及していなかった。
「カレン嬢、電話的な魔導具を開発したりはしないのか? あればどれほど便利になることか」
「あー、それはもちろん魔導具師として考えましたけどね。以前試作品を作ってみたんですけど、何ていうんでしょ、変な電磁波みたいなのが出て魔物を誘き寄せちゃうんですよ。通信用魔導具が開発されているのに一般化できない理由は多分そこかなと」
まだしばらく、連絡の主な手段は手紙や人を介した言伝に頼ることになりそうだった。
白く丸い粒をその場の全員にシェアし、自分も一粒口に放り込む。
ふわりと鼻腔にショコラの甘い香りが抜けていく。
「チョコレート風味だわ。珍しいフレーバーね」
「そちらもカズン様のお母様の指定なんです。何でも女傑イザベラの母君と先々王陛下にちなんだものだそうですよ」
「?」
どうやらイザベラの知らない話だったらしい。
だが、父ヴァシレウスから話を聞いていたカズンにはすぐピンときた。
「ガスター菓子店は、女傑イザベラの母君と先々王の二人が少年少女だった頃、お忍びで買い物に行った店だったらしいぞ。それにちなんだフレーバーだと思う」
「へえ、デート先にガスター菓子店! あそこお高いのに、さすがセレブってやつですかねえ」
カレンは感心していたが、まだ即位する前の王子時代の、先々王が少年だった頃の話だ。
「ああ。今と同じで、当時もガスター菓子店は高級店だった。そして当時の王族は自分で金など持ち歩かない」
王族が小遣いを渡されるようになったのは、ユーグレンの母の王太女の世代からだと聞いている。
それまでは侍従が常に付き添い、何をどの店で買うか厳密に定められていて、王族に個人的な買い物の自由はなかった。
「というと?」
「店に行ったはいいが、先々王は金を持っていなかった。ショコラの代金はまだ少女だった頃の母君が出したんだ。父親が騎士とはいえとっくに引退した馬屋番の娘の小遣いなどたかが知れている。その少ない小遣いの中から」
ガスター菓子店で一番安い正規の商品は、銅貨8枚(約800円)で買える、一粒入りの小箱だ。
「だが母君は、銅貨8枚も持っていなかった。それを知った当時の店主でもあった菓子職人が『なら、いくら持っているんだい?』と訊ねて、銅貨3枚と答えた。ならばと店主が出して来たのが、欠けのあるショコラ片2枚だったという」
本来なら綺麗に正方形に成形するショコラだったが、製作途中で欠けてしまった訳あり商品なら銅貨3枚で良いと言ったらしい。
「二人はその場で、欠けたショコラ片を一枚ずつ美味しそうに食したそうだ。そのときの店主が後に王家へショコラの自信作を献上した際、即位していた先々王から直接、当時のことで礼を賜ったのだそうだ」
「ショコラ片2枚って……」
「ガスター菓子店で一番安いやつ!」
今の物価なら、銅貨3枚(約300円)なら子供の小遣いでも十分買える。
高級店のガスター菓子店は敷居の高い店だが、ちょっとだけ背伸びをしたい若い子たちや、上流の味を気軽に堪能したい人々が買っていくのが一番安い『ショコラ片2枚』なのだった。
日によってはショコラ詰め合わせセットより、このショコラ片のほうが売れる日もあるという。
「あの店にそんなエピソードがあったなんて、初めて知ったわ」
カレンも友人たちとの街歩きで、小遣い片手にガスター菓子店の一番安いお得なショコラ片2枚を買ったクチだ。
王族で王弟のカズンも、まだ学生のうちの使える金額は毎月の小遣いの範囲内だ。
学園の放課後、ガスター菓子店を覗いて箱入りの手頃なセットを買うときもあったが、必ずショコラ片2枚も一緒に買っていた。
「女傑イザベラの真実の公表とともに、ショコラ片2枚も爆売れしそうですよねえ~」
そんな話を聞いてしまうと、尚更だ。
今日この後、商会の受付の手伝いが終わった後で買いに行こうかなとカレンが呟いている。
ちなみにこの後、ブルー商会を出た後、カズンたちはそのガスター菓子店のレストランへランチに寄る予定だ。
長らく王都には本店だけの営業だったが、今年に入ってついにファン待望の支店ができた。そちらでは本店よりややリーズナブルに飲食が楽しめる。
ブルー商会の職員に注文品の精算をしてもらうと、巾着の中には小金貨が5枚以上残っている。ヨシュアとランチを食べて、更に土産にショコラを買うには十分だろう。
「あら、カズン様たちデートですか?」
わかってるわ、あたしにはわかってますよと言わんばかりにニヤニヤとカレンに揶揄われる。
隣のイザベラも面白そうな顔をしていた。年頃らしくその手の話には目がないようだ。
「ユーグレン殿下抜きでデートですか? お二人とも」
「一応、ここに来る前に王宮に連絡は入れたが、どうかな。殿下も夏休みに入って忙しいみたいだから」
数日前から連絡を入れていればユーグレンも都合がついただろうが、何せカズンが母からお使いを頼まれたのが今朝のこと。
ヨシュアに連絡を入れたのと同時に王宮にも使いを出していたが、カズンたちがブルー商会にいる間に連絡が返ってこないということは無理なのだろう。
こういうとき、前世の世界で当たり前のようにあった電話やスマホ、メッセージアプリがないのは不便だなと思う。
一応、通信用の魔導具はあるのだが、緊急時専用で一般には普及していなかった。
「カレン嬢、電話的な魔導具を開発したりはしないのか? あればどれほど便利になることか」
「あー、それはもちろん魔導具師として考えましたけどね。以前試作品を作ってみたんですけど、何ていうんでしょ、変な電磁波みたいなのが出て魔物を誘き寄せちゃうんですよ。通信用魔導具が開発されているのに一般化できない理由は多分そこかなと」
まだしばらく、連絡の主な手段は手紙や人を介した言伝に頼ることになりそうだった。
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