王弟カズンの冒険前夜(全年齢向けファンタジー版)

真義あさひ

文字の大きさ
上 下
95 / 172
人前で婚約者を侮辱してはならない

ラーフ公爵令息ジオライド断罪 ※ざまぁ回

しおりを挟む
「さて、現在、この学園には女傑イザベラの直系子孫にあたるご令嬢が学ばれている。同じ名前のイザベラ・トークス子爵令嬢だ。……何やらこの茶会の前に気の毒な出来事に遭ったようだが……」

 ヴァシレウスの視線が、先ほど騒ぎを起こしていた3年C組へ向く。
 カズンたち事情を知る者は皆、ジオライドに注目していた。当の本人は血の気を失って全身を硬直させている。

「ラーフ公爵令息ジオライド」
「は、ハイィッ」

 ヴァシレウスに名指しされたジオライドは、声を上擦らせて返事と同時に勢いよく立ち上がった。

「わあ、ヴァシレウス様直々の断罪かな? 贅沢ですねえ、カズン様」
「うーん……お父様のことだから、直接詰ることはしないと思うが……どうだろう?」



「君には、王家の血を継ぐ、女傑イザベラの子孫との婚約という幸運が与えられていた。だが先ほど見ていたが、トークス子爵令嬢イザベラとは婚約を破棄したいそうだな。残念だが、王家は承認しよう。私も、異母姉の曾孫には幸せになって欲しいからね」
「あ、ああ、あ……せ、先王陛下、私は、その……ッ」

 ジオライドが必死で言い訳を考えていると、ヴァシレウスの隣に、ラーフ公爵が青ざめた顔色をして現れた。
 大講堂でジオライドが何か問題を起こした場合に備えて控えさせていたのだが、まさか本当に登場させることになるとは、とカズンたちは驚いた。

「ち、父上!?」

 ラーフ公爵が息子に問う。

「ジオライド、我が息子よ。お前がイザベラ嬢を嫌っていることは知っていた。だが彼女は先王陛下の申されるように王族の血を引いている。我が公爵家はどうしても王族と縁戚になりたかった。だからお前たちの不仲を見て見ぬ振りをしていた」
「ち、父上……ですが、ならば何故、イザベラが王族の血筋だと教えてくれなかったのですか! 知っていたなら、俺だって!」
「婚約当初から教えていたはずだ。イザベラ嬢には高貴な血が流れている、その血を公爵家に取り入れるための婚姻だ、と」

 しかし、イザベラの祖先の女傑イザベラが貧民層出身者だというインパクトばかり覚えていたジオライドは、父親からの説明を右から左に聞き流していたようだ。

 またジオライドを溺愛する母親が、常にイザベラを『賎民の子孫』と侮蔑して事あるごとに嫌悪する態度を見せていたこともある。

「どうしても性格が合わず、夫婦となることに困難を覚えるというのなら、お前は独断で婚約破棄などせず、まずは父親である私に相談するべきだった。違うか?」
「そ、それは……」
「ましてや、このように大勢の前でイザベラ嬢に恥をかかせる必要はなかったはずだ」
「………………」

 ぐうの音も出ないほどの正論だった。

「彼、お父上は案外まともなんだね。息子の教育は間違っちゃったみたいだけど」
「……それ以上言ってやるな、イマージ」
「はは、皆同じこと思ってるんじゃない?」

 クラスメイトたちも頷いている。



 とそこへイザベラの父、トークス子爵も登場した。
 先ほど紹介された女傑イザベラのトークス子爵家当主だと簡単に自己紹介してから、子爵はジオライドの方向へ向き直った。

「ジオライド君。イザベラとの婚約破棄は承諾しよう。だが、一言だけ言わせてほしい。……イザベラを好きになれなかったことは仕方ない。政略結婚だしね。でも、だからといってどうして我が娘を侮辱していいことになるんだい?」
「そ、それは……」

 公爵家出身のジオライドからしたら、子爵令嬢のイザベラは遙かに格下の取るに足らない存在だった。

 だが、トークス子爵家が陞爵して伯爵家となると、その差は大きく狭まる。
 公爵令息といえど、伯爵令嬢を侮辱し虐げていたとなれば、貴族社会の見る目は非常に厳しいものになってくる。

「娘の純潔を奪い、婚約は破棄しても違法な隷属の魔導具で縛り、取り巻きたちと弄ぶ玩具として飼い殺しにする予定だったそうだね。なぜ、そのようなおぞましいことが許されると思ったんだい? 私に教えてくれないか」

 すべて筒抜けになっている。
 もはやジオライドは弁明もできなかった。

 会場の生徒や教師たちの視線が突き刺さる。繊細な令嬢たちの中にはあまりのことに気を失いかけている者もいる。

 そして傲慢な貴族主義のジオライドは理解していなかったが、ジオライドがイザベラにしようとしていたことは、たとえ平民相手であっても重罪となり、厳罰に処される卑劣で俗悪な行為だった。

(……隷属の魔導具、か。またロットハーナ絡みでないといいのだが)

 カズンの小さな呟きを、隣の席にいたイマージの耳は拾った。
 だが特にそれ以上の反応はせずに、壇上にまた視線を戻した。



「ヴァシレウス大王陛下の異母姉、女傑イザベラの流れを組む我がトークス子爵家は、君とラーフ公爵家とは縁がなかった。婚約破棄は君の有責で処理させてもらう。慰謝料と、娘と我が家への名誉毀損、性的暴行未遂罪への賠償請求は後日」

 終わったな、と会場内で誰かが呟いた。
 ジオライドが? それともラーフ公爵や公爵家が?



「貴族主義も悪くはないが、追求し過ぎると自滅する。だから頭の良い者たちの中に純血主義を掲げる者はいない」
「は?」

 ヴァシレウスの言葉に、意味がわからないとジオライドが間抜けな声をあげた。
 そんなジオライドを憐れむように見つめて、ヴァシレウスは先を続けた。

「王族も貴族もな、家を繋ぐために様々な外部の血を入れて生き残ってきているわけだ。その中に貴族の血しかないなどと、有り得るわけがない」
「し、しかし先王陛下! 我がラーフ公爵家の系図には、私に至るまで本家の直系血族には由緒正しき者しか書かれておりません!」

 必死に言い募るジオライドに、溜め息をつくヴァシレウス。
 そして職員席に座っていた学園長のエルフィンを見た。
 エルフィンは頷いて席を立ち、ヴァシレウスの傍らに立った。

「完璧な“人物鑑定”スキルの持ち主が見れば、その者の血に連なる系譜が判明する。そこまで言うなら、学園長であるライノール伯爵の人物鑑定を受けるが良い」
「お、お待ち下さい先王陛下! それだけはご容赦を!」

 ラーフ公爵が非難の声を挙げるも、愚かな息子ジオライドは胸を張った。

「良いでしょう、受けて立ちます。私には貴き血しか流れていないことが判明するでしょうから!」



 悲しげな表情で、エルフィン学園長は人物鑑定スキルを発動させた。
 彼の人物鑑定スキルのランクは“特級”のスペシャルランクだ。少なくとも父母それぞれ十代は遡って人物と出自の経歴を明らかにできる。
 種族として魔力量の多いエルフ族の血を引く彼らしい、極めて高度な人物鑑定スキルだった。

「父方の男系からいきましょうか。……父親は先代ラーフ公爵と娼婦との庶子を養子縁組した者」
「は?」

 会場の視線が一斉にラーフ公爵に向かう。もちろんジオライドも。
 居た堪れないようで、公爵は唇を噛み締めて屈辱に耐えた。

(えっと……あれ、のっけから終わってる……よね? カズン君)
(いや、まあ……うむ、僕もまさかいきなり終了とは思わなかった)

 思わずずり落ちた眼鏡を、慌てて押し上げる。
 物腰穏やかなイマージも呆気に取られている。

「祖父はラーフ公爵と他国の伯爵令嬢との子。伯爵令嬢の母は奴隷の楽士」
「な、ななな……ッ」
「曾祖父はラーフ公爵と、当時のマイノ子爵夫人との不義の子。四代前は……」

 ひとまず五代前まで見た時点で、次に母方の女系を鑑定する。

「母はフォーセット侯爵と分家伯爵家次女との子」

 筋目正しき貴族令嬢だ。
 だが安堵できたのはそこまでで、祖父母の代まで遡ると、不倫による不義の子、使用人との子、また兄妹間や父娘間の近親相姦の子まで判明し、会場は騒然となった。

「ば、馬鹿な……この私の身体に、娼婦や奴隷、貴族ですらない使用人や近親相姦で産まれた者の血まで入っているというのか……?」

 床に両手両足をついて項垂れるジオライド。
 反面、学園生の半分近くを占める貴族階級の者たちの視線は冷ややかだった。
 何を当然のことを、という目だ。

「この国の王侯貴族は、子孫に魔力を継がせたいから、婚姻関係にはとても気を遣うわ。でもね、そういつもいつも上手くいくわけじゃないでしょ? 王族や貴族以外の血が混ざることなんて、普通にあることよ。ただ外聞が悪いからあまり表立って言わないだけで」

 それに、貴族間だけで婚姻を繰り返すと、近親婚による弊害も出てくる。
 だから適度に当主や夫人が不貞を犯して外部の血を取り入れるのも、貴族社会ではある程度までなら黙認されているところがある。



 ゲストの先王ヴァシレウスだけでなく、全校生徒と全教員たちも事態を見守っていた。
 これだけの衆目の前で醜態をさらしたジオライドは、もはや貴族社会では生きて行けまい。

「い、イザベラ!」

 最後の手とばかりに元婚約者の名を叫んだ。
 だが、呼ばれたイザベラは落ち着いた表情で、静かに告げる。

「もう、何もかも遅いのです。何一つ取り返しがつくものはありません。さようなら、ラーフ公爵令息様」

 ジオライドの名前すら口にしなかった。

 ユーグレン王子が学園の衛兵に、ジオライドを拘束させ大講堂から連れ出すよう指示を出した。

 本人は何の疑問も抱いていなかったようだが、先王ヴァシレウスの式辞を許可なく遮断したことは、王族への重大な不敬となる。

 私的な場では気さくで多少の無礼なら笑って流すヴァシレウスだが、ここには公人として参加しているのだ。貴族の一員として侵してはならない一線を超えてしまっている。

 イザベラに対する問題行動については、また別件で取調べられることになるだろう。



 トークス子爵令嬢イザベラを虐げるラーフ公爵令息ジオライドの悪虐は、こうして幕を閉じた。


しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第1巻発売中です!】 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【10/23コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【第2巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...