上 下
56 / 172
ブルー男爵令息グレンの真実

放課後、家庭科室で学園長と調理実験

しおりを挟む
 グレンたちとミスリル銀調達のためブルー男爵領近くのダンジョンに潜ったカズンは、翌日は一日自宅でゆっくり休んでいた。
 父のヴァシレウスは朝から王宮へ向かっていたが。何やら本格的に、あの第4号ダンジョンで見つけたものは不味い代物だったらしい。

 更に翌日の翌週、学園に登校してすぐ、朝一でカズンは家庭科室へ向かった。
 家庭科の教師からは、家庭科室を使う許可は事前に得て、鍵も預かっている。
 棚から適当な蓋付きの鍋を取り出し、水を入れておく。
 そして持参した学生カバンの中からノートサイズの紙袋を取り出し、中身を手に取った。

 乾燥昆布である。正確には昆布に似た海藻の一種。
 備品の清潔な布巾を水に濡らし、かたく絞ってから薄い板状の昆布の表面を裏表くまなく拭き取っていく。特に目立った汚れなどは付着していないようだ。
 その昆布を鍋の水の中に入れ蓋をしてから、家庭科室に隣接した奥の準備室へ持っていく。

「『放課後使うのでそのままにしておいてください。カズン』……っと」

 メモにさらさらと書きつけて、鍋の下に挟んでから家庭科室を後にした。
 もちろん、使った備品はきちんと片付けておいた。



「ドマ伯爵令息ナイサーの件は助かったわあ。彼、グレン君以外の生徒へも恐喝してたみたいで、調べたら余罪が出るわ出るわ」

 シャカシャカとホイッパーで音をたてながら、金属ボウルの中に割り落とした卵を攪拌しつつ、家庭科教師がそう礼を言ってきた。

 家庭科教師ことライノール伯爵エルフィン。
 この王立高等学園の学園長である。
 エルフの血を引く彼は長命で、年齢も二百を超えると言われている。
 そんなエルフィンは全教科の指導資格を持つが、ここ数年は指導教員の不足する家庭科を担当することが多い。
 家庭科の調理実習時に使う白い割烹着に白い三角巾を身につけると、これまた白い髪と肌の持ち主なだけにスノーマンのような出で立ちになる。
 そこにネオンカラーのブルーグリーンの瞳だけが色を持って輝いているので、何も知らない者が見ると雪の妖精のように見える。らしい。
 少なくとも彼のファンクラブ会報にはそう書いてある。

 本人はこの格好で食堂の厨房にいることもある。
 料理を受け取った生徒が「食堂のおばちゃん、ありがとうー」とお礼を言うと、「あらやだ、お礼なんていいのよう」と男の美声が返して、驚かれるのが楽しいらしい。
 本人は厨房から見える生徒たちの姿をチェックしていると言っているが、純粋に調理自体が好きでもあるようだ。

 なお、なぜ女言葉で話すかといえば、単純に女避けらしい。
 エルフの血を引くだけあって、エルフィンの容貌は幻想的な美しさを誇る。
 外見だけに惹かれて寄ってくる女性たちからの誘いに辟易として、百余年前に伴侶が亡くなった後からの実践らしい。
 口調は亡き妻のものを模していると、これもファンクラブの会報情報だ。



「エルフィン先生、卵は泡立てず黄身と白身を切って混ざる程度にしてください。……それで、グレン以外の被害者はどうなりました?」

 と横からホイッパー使いを指示するカズン。
 こちらはビリジアングリーンのジャケットを脱いで、白いシャツの上から家庭科室で使う紺色のエプロンを付けている。

 今日の3年生は午前中で授業が終わりなので、放課後は昼食作りを兼ねて家庭科室を借りることにしたのだ。
 クラスメイトのヨシュアも同行している。他クラスの友人ライルは、武道館で少し剣を振って汗を流してから合流するそうだ。
 それで自分も午後は授業がなく空いているからと、エルフィンもやって来たというわけである。

「被害者側の聴取は、ほぼ完璧に集まった感じみたい。でもナイサー君自体が殺害されて亡骸も行方不明中でしょ? 加害者側の聴取ができなくなった分が多少考慮されそうだけど、やらかしたことが犯罪そのものだものね……」

 しかしナイサーはまだ未成年だったこともあり、仕出かした犯罪の後始末には父親のドマ伯爵が追われているようだ。

「今年は生徒間のトラブル多くて参っちゃう。あんまり学則を厳しくしたくもないし、どうしたものかしらね」

 こう見えてエルフィンは学園内の雰囲気に敏感だ。
 ナイサーへも直接、呼び出して忠告や警告を下したことは幾度もある。それを聞かずに破滅していったのはナイサー自身の責任だろう。

 学園は国立の教育機関のため、校内の問題は学園長のエルフィンの責任において、すべてアケロニア王国側に報告を上げてある。
 学園内で暴力事件を起こしてクラスメイトに怪我をさせた時点で、エルフィンはナイサーを一度、一週間の停学処分にしている。
 そしてあと一回問題を起こせば、退学の警告を。そこから更に一回やらかしたら退学確定だと事前に通告していた。

 今回の件で、エルフィンは当然、学園の内外から学園長としての責任を問われた。
 が、少なくともナイサー絡みの件ではその時々で適切な対応をしているし、必要な証拠書類も揃えて保存し、国側に報告書も上げ、控えもしっかり保存していた。
 結果的に学園長本人としては充分な責任を果たしていたと認められ、国側からは注意を受けるだけで済んだという。



「他にトラブルというと、どんなものがありますか? エルフィン先生」

 別のボウルに慎重にひとつひとつ卵を割り入れていたヨシュアが、ひと段落ついたようで顔を上げてそう訊いた。
 こちらも制服のジャケットを脱いで腕まくりし、シャツの上から紺色のエプロンを着けている。

「3年生だと、貴族同士の婚約関係でいくつかトラブルが出たみたい。ほら、ホーライル侯爵令息の件もそうだったでしょ」
「ああ~」
「まあ、彼の件も辿ればドマ伯爵令息のせいだったみたいだけど」

 友人のライルその人である。
 ライルはシルドット侯爵令嬢ロザマリアに数多の生徒たちの前で婚約破棄を突きつけ、自分側の有責で婚約破棄となった。
 その後は、結婚相手はもう自分で見つけろと父親のホーライル侯爵から放置されているらしい。

「あとは格差婚約で仲の悪い男女が数組。そのうち一組は、女生徒が殴られているって匿名の手紙が学長室のドアに挟まれてたわ……」
「女性を殴るとは、穏やかではありませんね」
「現場を教師の誰かが押さえられればいいんだけどね。なかなか難しいわ」

 ちょうど、そこで卵を攪拌し終えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎町に住んでいたロボット好きの宮本荒人は、交通事故に巻き込まれたことにより異世界に転生する。 転生した先は、古代魔法文明の遺跡を探索する探索者の集団……クランに所属する夫婦の子供、アラン。 ただし、アランには武器や魔法の才能はほとんどなく、努力に努力を重ねてもどうにか平均に届くかどうかといった程度でしかなかった。 だがそんな中、古代魔法文明の遺跡に潜った時に強制的に転移させられた先にあったのは、心核。 使用者の根源とも言うべきものをその身に纏うマジックアイテム。 この世界においては稀少で、同時に極めて強力な武器の一つとして知られているそれを、アランは生き延びるために使う。……だが、何故か身に纏ったのはファンタジー世界なのにロボット!? 剣と魔法のファンタジー世界において、何故か全高十八メートルもある人型機動兵器を手に入れた主人公。 当然そのような特別な存在が放っておかれるはずもなく……? 小説家になろう、カクヨムでも公開しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...