上 下
45 / 172
ピンク頭の生徒再び

熊男の捕り物劇場・顛末

しおりを挟む
 ドマ伯爵令息ナイサーのその後は、想定外の展開を見せることになった。

 ホーライル侯爵家から盗んだペーパーウェイトを売り飛ばそうとしたナイサーは、さすがに無罪放免とはいかなかった。

 父親のドマ伯爵も、自分の息子がホーライル侯爵家の家宝を盗み、証拠も揃えられては反論できない。

 伯爵はナイサーを学園からも退学させて領地に閉じ込めることを決めた。
 伯爵家からも除籍したがったそうだが、罪人を安易に放逐してはまた犯罪を犯しかねないため、国側からドマ伯爵家で責任を持って監視し続けるよう命令を下した。

 被害者として多大な迷惑をかけたシルドット侯爵家、ホーライル侯爵家、ブルー男爵家には、慰謝料と賠償金を支払うことで手打ちとした。
 ドマ伯爵家は裕福な家として知られていたが、なかなか痛い出費だったのではないか。後日、国内のオークションではドマ伯爵家の収蔵する宝飾品がいくつも出品されていたぐらいだ。

 そのナイサー本人は貴族牢に収監されていたが、本格的な尋問が始まる前に姿を消した。
 牢の中に大量の血痕が残されていたことから、生存は絶望視されている。
 ナイサーの被害者は、今回の三家だけでなく他にも複数いることが確認されている。その被害者や関係者による怨恨の線が疑われた。

 だが、それならなぜ、ナイサー本人の死体まで運び去ったのか?




 グレンのブルー男爵家、ライルのホーライル侯爵家、ロザマリアのシルドット侯爵家。
 この三家が巻き込まれた事件は、多大な謎と多少のしこりを残しつつも解決した。

 ただし、ライルにだけ、不名誉な傷が残ってしまったが。

「ううっ、どうして俺がナイサーにケツ掘られたことになってんだよォ、意味わかんねぇんだけどッ」

 放課後、カフェ代わりの食堂でカズンがヨシュアとお茶をしながら談笑していたところに、ライルがやって来てそう嘆いた。


『傷物なのはロザマリアじゃなくて俺のほうだ!』


 ドマ伯爵令息ナイサーを拘束したとき、相手の勘違いを正そうと叫んだライルの言葉が、誤解を孕んで曲がって伝わってしまったらしい。

 曰く、ホーライル侯爵令息ライルがシルドット侯爵令嬢ロザマリアと婚約破棄することになったのは、ライルがナイサーにその身を汚されたことが原因である、と。

 実際はグレンが化けた女生徒アナ・ペイルに唆されて行った婚約破棄だったはずが、噂からは事実が見事にすっぽり抜け落ちている。

 3年生たちの間ではすっかり誤解が広まっている。
 噂を強く否定したいライルだったが、ライルが噂の矢面に立つことで、もう一人の被害者、シルドット侯爵令嬢のロザマリアの風除けとなっている自覚があるため、あえて言葉を濁すに留めていた。

 で、その鬱憤がカズンたちの顔を見たら一気に吹き出してきた、と。

「汚されたって何なんだ、俺はどこもかしこも新品のピカピカだっての!」
「ははは、踏んだり蹴ったりだな、おまえも」
「笑ってねぇで慰めてくれ、カズン~ッ」

 ロザマリアとの婚約破棄事件といい、すっかり『やらかし令息』と見られているライルだ。

 ちなみに、さすがに今回の件は国王テオドロスの耳まで届いた。
 諸悪の根源こそドマ伯爵令息ナイサーだが、経緯を見ればホーライル侯爵が適切に対応すればいくつかの問題は事前に防げていたはずだ。

 ホーライル侯爵は騎士団副団長の報酬を三ヶ月減俸……となるところを、ナイサーの行方を引き続き追うことで失態を挽回せよと命じられることとなった。



「ブルー男爵家の皆様とは、その後どうなりましたか。ライル様」

 優雅な手付きで食堂のマグカップを持ちながら、ヨシュアが訊ねた。

「ああ、それな。ブルー男爵家側からは、このままホーライル侯爵家の寄り子でいさせてくれって申し出があったぜ。やっぱ、商会持ってるとナイサーみたいなタチの悪い奴らに絡まれることも多いしさ」
「ホーライル侯爵家は武人の家系だものな。護衛などで手を借りたいのだろう」
「そういうこと。見返りで、ブルー商会の取り扱ってる魔石や魔導具を融通してもらうってことで、話がついた。……でさ、そんなことより!」

 テーブルの上に乗り出してきたライルの、茶色の瞳が輝いている。

「あいつ、グレンの母親違いの妹さんってのが、マジでグレンそっくりでさ! 超可憐な美少女で、名前もカレンちゃんだあっ!」

「「………………」」

 カズンはヨシュアと顔を見合わせた。

「おまえ。“アナ・ペイル”であれだけ痛い目を見たのに、懲りてないな?」
「いやいや、グレンとカレンちゃんは別だろ? 性別からして違うし」

 先日の慰労会の後、改めてブルー男爵家が家族揃って謝礼のためホーライル侯爵邸を訪れた際、グレンの妹とも顔を合わせたらしい。
 ブルー男爵令嬢カレンは、異母兄グレンの一つ年下で、グレンより更に小柄で華奢な美少女だったという。

「………………」

 はむ、とブルーベリージャムとクロテッドクリームをのせたお茶請けのスコーンを囓りながら、カズンはライルの垂れ流すブルー男爵令嬢カレンへの讃辞を聞き流していた。

(ううむ、カレン嬢の正体をいつライルにバラせば良いものか)

 ブルー男爵一家はホーライル侯爵家だけでなく、関係者だったカズンのアルトレイ女大公家へも訪問している。
 一通り型どおりの謝辞と謝礼を受けた後、ブルー男爵夫妻が父ヴァシレウスや母セシリアと話が盛り上がっていたので、カズンはグレンとカレンの兄妹を連れて自室で雑談しながら両親たちの話が終わるのを待っていた。

(まさかカレン嬢が転生者だったとはなあ。)

 今年の新入生だったグレンの一つ年下という若年でありながら、ブルー男爵令嬢カレンは既に現役の魔導具師として活躍していた。

 ブルー商会自体が魔導具を取り扱うこともあり、幼い頃から魔導具に親しんでいるうちに、自分が生まれ変わる前の人生を思い出したのだという。

(しかも前世はガチのオタク、やや腐り気味。男の娘系の作品好き。実の兄グレンが女装してライルを誘惑したと聞いて、大喜びだったそうだ………………だなんて言えるかっ)

 自然に露呈するまで何も口出しするまい。
 そう決意して、残りのスコーンを咀嚼するカズンなのだった。


しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります

しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。 納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。 ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。 そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。 竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。

処理中です...