上 下
29 / 172
海の街へ飯テロ旅行

王子様は社交辞令に気づかない

しおりを挟む
「これは、このままかぶりつけばいいのか?」

 慣れない食べ方にユーグレンが苦戦している。
 既に先に食べているライルを見て真似しようとするが、普段食しているサンドイッチと違い紙ナプキンに包まれているため、勝手が異なるようだ。

「殿下、こう……ナプキンから食べる分だけ押し出して囓ればよろしいかと」

 こう、と横からヨシュアが手を伸ばして、ユーグレンが持つ海老カツサンドの紙ナプキンを押さえてやっている。
 触れ合う指と指。互いの顔も近い。思わずユーグレンが取り落としそうになるのを、すかさずヨシュアが受け止める。

「す、すまない!」
「大丈夫ですか? 難しいようでしたら、皿でナイフとフォークを使って食べてもいいと思いますよ?」
「い、いや、このまま頑張ってみる……」

 うん。頑張れ。すごく頑張れ、ユーグレン殿下。

 図らずもカズン、ライルだけでなく、調理師たちも皆心の声は一緒だったようだ。
 あえて余計な口は挟まず、見守りに徹するのみ。

 何とかユーグレンが自分で海老カツサンドを食べ始めたのを確認して、ヨシュアも自分の分に口を付けていく。

「……うん、鮭をフライにして同じようにパンに挟むの、有りですね!」

 鮭が特産品のリースト伯爵領の主は、海老カツサンドを咀嚼しながら力強く頷いている。

 その隣の席では、「鮭を食しにリースト伯爵領……行きたいな……(ヨシュアと共に)」と副音声まで聞こえてきそうなことをユーグレンが呟いている。



「えっと……あれ、もちろんヨシュアは気づいてんだよな?」
「そう思うか? 気づいてるなら話はもっと早かったんだ」
「え。無自覚なの? 気づいてねぇの、あれで!?」

 うむ、と重々しくカズンは頷いた。

「ヨシュアはあの容姿だし、人から好意を向けられることに慣れているからな。はっきり言われない限り、自分から気にすることもないのだろう」
「うっわ、てっきり殿下からの好意をわかっててスルーしてるんだとばかり。それはそれでキツいな……」

 それぞれ数個めの海老カツサンドを囓りつつ、ヨシュアとユーグレンを眺める。

 にこやかに海老カツサンドの感想を言い合っているが、平常なのはヨシュアだけで、やはりユーグレン側はどこか挙動もぎこちない。

「キツいのは、あれを上手く導かねばならん僕のほうだ。今はまだ学生だから良いが、卒業後の王宮内でもあのままだと不味い」

 一国の王子が、ただの伯爵を信奉、いや崇拝する姿を他者はどう思うか。

 今は学園の最終学年で、三学期制の第一学期が始まったばかり。
 もう少し何とかなれば良いのだが。

「お前も大変だな。ま、愚痴くらいなら俺でも聞けるからさ」

 へへっ、と照れたように笑う赤茶の髪の少年の存在が、今はありがたい。
 今後は彼ら絡みの件でも遠慮なく巻き込ませてもらおう。



「カズン様、お待たせしてすいません。ところで海老のラーメンはどうされるんです? この後まだ調理実験します?」

 談笑しながら海老カツサンドを食べ終えたヨシュアが、ようやくこちらを思い出したようで、確認してきた。

「………………やはり一朝一夕にはいかん。今回は美味いフライ料理が作れたからよしとしよう」

 前世での日本のように保冷剤などない世界だ。
 転移陣はあくまでも人間の移動のためだけのもので、各地の物産品を運ぶことは禁じられているし、海老を新鮮なまま王都に持ち帰るのも難しい。

 商業ギルドからは干し海老を融通して貰えたので、王都ではそれを使って引き続き海老出汁スープの研究を行おうと思っている。



 それから腹ごなしに、漁港の街を散策することにした。

 今回のホーライル侯爵領への小旅行は私的な探訪のため、特に礼服は持参していない。
 ライルの父であるホーライル侯爵も王都のタウンハウスにいて、こちらまでは来ていないことだし。
 こういった街歩きを想定していたため、良家の坊ちゃんが街を適当に散策する程度のラフな衣服を心がけている。

 とはいえ、全員がジャケットとシャツ、スラックスに革靴と、これでスカーフかネクタイを締めればそのまま高級レストランに入れる格好でもある。
 カズンがどう頑張っても、アルトレイ女大公家の執事がこれ以上カジュアルな衣服を用意してくれなかった。その辺の事情は他の三人も同じだろう。

「なあ。ジーンズ、欲しいよな?」
「激しく同意。どうせ革靴とシャツからは逃れられんのだ、ジーンズルックだってキレイめにまとめればうるさくは言われないはず」

 アケロニア王国は王族や貴族のいる国のため、どこに行っても身分ごとのクラス感からは逃れられない。
 自宅の屋敷ならゆったりと動きやすいズボンとシャツだけでもいいが、人目のある場所で“庶民に見える格好”は、王族や貴族である彼らには許されなかった。



「ライル様ー! 地図お持ちでしたよね、見せてくださーい!」

 前を歩いていたヨシュアがライルを呼ぶ。
 商業ギルドで貰ってきた、漁港付近の簡易地図はライルが代表して受け取っていた。

 ライルがヨシュアの元へ行くと、すかさずユーグレンがカズンの元へやって来た。

「カズン……私はもう今日で死んでしまうのではないか? 今日だけでどれだけ彼と話しただろう? もう一生分話した……」
「何言ってるんですか、殿下。これからまだホーライル侯爵邸に行って、一緒の晩餐がありますよ。その後だって」

 さすがに高位貴族のホーライル侯爵邸で枕パーティーはできないだろうが、同級生の男子4人が集まっているのだ。話題は色々尽きないだろうと思う。

「殿下がもうちょっとしっかりしてくれてたら、ホーライル侯爵邸でゲスト用の四人部屋を用意してもらえたんですよ? 残念ながら今回は僕と二人部屋です。王族は二人まとめておいたほうが警備も楽でしょうから」

 当初、ちょっとした合宿みたいにしないか? とライルが提案してくれて、ホーライル侯爵邸では四人一緒に同じ部屋で眠れる広いゲストルームを用意してもらえる予定だった。

 ところがその話を聞いたユーグレンが「無理だ! 憧れの人ヨシュアと同じ部屋でなんて眠れるはずがない!」と悲痛な叫びを上げたため、仕方なく別々の部屋を準備させることになってしまった。

「この調子で、明日の午後帰るまで保つんですかね?」
「保たせて……みせる……」

 旅行はまだ丸一日残っているのに。

 まるで死に戦に赴く騎士の如き悲壮さを浮かべて、ユーグレンが黒い瞳に決意を固めている。
 自分より高い身長と体格以外はほとんど同じ、黒髪黒目の端正な顔立ちのいい男のはずが、どうにも締まらないことだ。

 前途多難だなあとカズンは思ったが、父ヴァシレウスに頼まれているということもある。
 この旅行期間中に、少しでも二人が親しくなれれば良いのだが。

 今のところ、ヨシュア側のユーグレン王子への対応は社交辞令の域を出ていない。




--
ユーグレン変わらなさすぎ問題(´・ω・`)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

王女と騎士の殉愛

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
小国の王女イザベルは、騎士団長リュシアンに求められ、密かに寝所を共にする関係にあった。夜に人目を忍んで会いにくる彼は、イザベルが許さなければ決して触れようとはしない。キスは絶対にしようとしない。そして、自分が部屋にいた痕跡を完璧に消して去っていく。そんな彼の本当の想いをイザベルが知った時、大国の王との政略結婚の話が持ち込まれた。断るという選択肢は、イザベルにはなかった。 ※タグに注意。全9話です。

処理中です...