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第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中

実は勇者だったんです

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 トオンから、かつての親友で剣聖の資格持ち剣士がやらかした話を聞いて、カズンは眼鏡を外して顔を覆ってしまった。
 彼を知る鮭の人のほうは含み笑いを堪えている。

「ライルめ。何たる恥晒しを」

 そうだ、ルシウスを恋敵と勘違いした剣聖君は確か、アケロニア王国の侯爵令息で名前はライルだった。
 聞けば、カズンが故郷を出奔してなかなか帰還できないこの六年間、その親友は武者修行と言って自分も旅に出て、たまにカズンに会いにきていたそうだ。

「僕は父の仇を取るまでは国に帰らない、と世界の理に誓約してリンクを通じて力を得た。親友は野生の勘というのか、僕とは違ってコツを習ってすぐリンクを使いこなしていた。魔力は少ない男だったが、ある種の天才だったんだろうな」
「確か、アケロニア王国に魔術師フリーダヤ様が来たとき指導を受けてその場でリンクを出していたな。ステータスに〝剣聖〟が出ていたと騒いでいた」
「おおお……ユーグレンさんは賢者、その友達は剣聖。アケロニアの人たちすごすぎるよ」

 トオンがちょっと羨ましそうだ。彼らと違ってトオンは『物語の主要人物』らしい派手な称号はリンク覚醒後も出なかったのだ。

 代わりに〝フィクサー〟なる称号が、そのままステータスに表示されるようになった。
 フィクサーは物事の黒幕と説明されることが多いが、具体的には問題や困難の解決に動く人物を指す。
 トオンは虐げられし聖女アイシャを、本人のメモ書きを新聞投稿することによって救った聖女投稿の清書人だ。その行動を世界がフィクサーと認めたという意味でもある。



「ほう、ユーグレンは賢者とな? まあおまえは理屈っぽいところがあるし、向いてるのだろうな。ちなみに僕は勇者の可能性が出た」

 言って、カズンは眼鏡を顔に戻して、また鮭イクラ丼の食事に戻った。
 ん? と皆の食事をする手が止まる。
 恐る恐る、鮭の人が確認した。

「カズン様。勇者とは?」
「カーナ様から聖剣包丁を賜っただろう? あのときステータスを見たら、なんか生えた」
「えっ。もしかして海上神殿に行ったときですか? アジを捌いたときの」
「ぷぅ(アジさんおいしかったのだー)」
「そうそう」

 何でもないことのようにカズンは言ったが、鮭の人やアイシャにトオンはビックリした顔になったし、親戚のユーグレンなどはくわっと目を剥いている。

「何なのだそれは、早く言わんか!」
「……だってまだ勇者の文字が薄いグレーなんだ。僕は知ってるのだぞ、この状態で得たスキルや称号は、その後の本人の努力や運次第で消えたり変わることもあるって」
「カズン……」
「せめて、なんか劇的な感じでステータスに刻まれるみたいなイベント発生したなら、僕だって堂々と自慢できたのに! ひっそりよく見ないとわからないくらい、うっすーいグレーで表記されたからって何だというのだ! 自覚もまったくないし!」

 何だか本人、ちょっと自棄になっている。丼の中身を箸で勢いよくかっ込んで、空になった丼を鮭の人に差し出していた。

「ヨシュア、お代わりだ!」
「はい、喜んで」

 テーブルの一番端、米を炊いた鍋やイクラの醤油付けなどに一番近かった鮭の人は、いそいそと二杯目の鮭イクラ丼を盛り付けていた。ばっちり大盛りだ。ちゃんと山葵おろしものっけて。

「やはり早く仇をとっ捕まえねば。奴を倒した暁にこそ勇者の称号も輝くというもの」

 この様子では食べ終えるなり古書店どころか、カーナ神国すら飛び出して行きかねないカズンだ。
 だがそんな彼を押し留めたのはアイシャだ。

「駄目よ、カズン。あなた旅の間に消耗しすぎてるわ。まだしばらく、この国で美味しいごはんを作って食べているべきよ」
「う」
「〝忠告〟するわ。あなた、今のままで虚無魔力の魔と対峙したら――死ぬわよ。絶対に勝てない」

 皆が息を飲む音がした。
 アイシャのような聖女、聖なる魔力持ちには特有の直観スキルがある。
 絶対直観。人々に助言するためのスキルで、〝忠告〟はその一種だ。聞き入れれば救いを、抵抗や拒絶には報いが訪れる厳しいものだった。

「あなたが次に旅に出るときは、私たちが万全のバックアップ体制を整えてからよ」
「だ、だが。僕ひとりのほうが身軽だし」

 言い争いを始めそうなアイシャとカズンを宥めたのはトオンだ。

「待って待って。カズンも焦る気持ちはわかるよ。でも、急いては事を仕損じるっていうだろ。ここにはアイシャもルシウスさんも、ユーグレンさんにヨシュアさんまでいる。ジューアお姉様とカーナ様まで揃ってるんだ、また旅に出るなら皆でちゃんと対策をしてから!」

 うんうんと、隣でユーグレンが深く頷いている。

「ぷぅ(われも、われもおるのだー)」
「えーと、そうだね、ピアディもいたね」

 しっかり自己主張する小さなウパルパは、あまり話を聞いているようには見えない。
 与えられた生のはまぐりを小さな手で突っついて遊びながらだ。

「だが。今この瞬間にも、ロットハーナは父の形見を持って、人々を傷つけているかと思うと……」

 ぎゅ、と拳を握り締めてカズンは再び盛られた鮭イクラ丼を見つめている。

「ヨシュアさん、カズンを何とかしてほしいわ」

 こういうときは、幼馴染みだという鮭の人の出番だ。
 話を振られた鮭の人は、箸を置いて少し考える素振りを見せた。

「オレもアイシャ様の言う通りだと思います。カズン様はまず、何年にも渡る旅の消耗を癒してください。あとは一緒に修行しましょう」
「修行?」
「ええ。アイシャ様やトオン君と一緒にね。ちょうどユーグレン様もおられますし。皆でやりましょう」

 そうか、今この国には神人に進化したルシウスもいる。彼は自分たちだけでなく、鮭の人たちのお師匠様でもあるそうだ。
 と思ったら、とんでもない! と鮭の人は渋い顔になった。

「叔父様は確かに強いけど、あの人すごい大雑把だからオレが一人一人に合わせたカリキュラムを組みます」
「お、そうだな。ヨシュアは魔法の大家の当主だ。魔法剣士だから武器の扱いも上手い」
「どこかの剣聖殿には負けますけどね。時間を見つけてやりましょう」

 そう説得されてカズンも納得したようだ。また鮭イクラ丼に戻った。

「話は戻るけど、カズンは勇者なんだね。確か店の蔵書に解説書があったはず」

 ささっと鮭イクラ丼を食べ終えて、トオンは古書店に本を探しに行った。



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