258 / 279
第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中
5.再び飯マズ問題へ~初代聖女のパイ
しおりを挟む「トオン君の飯マズの話を聞いて、エイリーの遺物を持ってることを思い出してね」
穏やかな口調でカーナ姫が語り出すと、新鮮な桃に似た芳香が応接間に漂い出した。彼女も聖なる芳香持ちなのだ。
「遺品、ですか」
それからカーナ姫が教えてくれたのは、トオンの母だった初代聖女エイリーが飯マズになるまでの真実だった。
「元々はとても料理上手で、食べることも大好きな子だったんだよ。〝飯マズ〟は恐らくあの子自身が自分で料理の才能を、過ちの代償として世界に差し出したのだろう」
カーナ姫が片手を軽く振ると、紅茶のカップが置かれていたテーブルの上に、虹色を帯びた真珠色の魔力の塊が出現した。環使いでいうところのアイテムボックスと同等の異空間の入口だ。
その中におもむろに手を突っ込んで、カーナ姫は白磁の丸皿を取り出した。
ただの皿ではない。上に繊細な花模様で飾られた丸いパイケーキが載っている。
バターと小麦の良い香りがする。焼きたてではなかったが、遺物というほど古い菓子にも見えなかった。
「我が息子、魚人トオンの鎮魂の際にエイリーが焼いてくれたものだ。まだカーナ王国ができる前のものだから」
「ということは」
「お袋が飯マズになる前に焼いたパイ!?」
建国前ならば、五百年以上前に焼かれたパイということになる。
「カーナ、ナイフ」
すかさず隣に座っていた神人ジューアが魔法樹脂でナイフを創り、受け取ったカーナ姫は手際よくするっ、するっとパイをワンピースずつカットしていった。
やはりジューアが創った魔法樹脂の小皿に、パイをのせて皆に提供した。
ジューアはフォークなどは創らなかったので、そのまま手掴みでいただくことに。
エイリーがかつて作ったというパイは、ショートブレッド風のバターのきいた小麦粉の生地で、フルーツのフィリングを包んだケーキだ。
具はパイナップルやマンゴーなどカーナ神国でも良く食べられている果物のジャムだ。
生地は表面に砂糖が振られて、中のジューシーなジャムで少しだけしっとりしている。
今のカーナ神国だけでなく、円環大陸の全土でよく食べられているタイプのパイだ。
デザインにこだわらなければ材料も作り方も簡単なので、国や地域ごとの名産を入れて家庭でも、パン屋でも、専門店でも作られている。
「む。これは」
「美味しい……」
「ホッとする味ですね……」
穏やかな甘みの、素材を生かした優しいパイだった。ありふれた材料で作られているのに、すべてが調和して気持ちが落ち着く味だった。
ぷぅぷぅ食べたがったピアディも中のジャムだけアイシャに少し食べさせてもらっているが、美味に大きな青い目を輝かせている。
「お袋。本当はこんなに美味しいもの、作れる人だったんですね」
マルタと名乗っていたトオンの母親は、有名な飯マズ主婦だった。
菓子作りの腕は普通だったのが謎だった。でなければ、婚約破棄されてクーツ王太子に城を追放された直後、マルタからクッキーを手渡され食べたアイシャがその場でトドメを刺されている。
飯マズ実験を繰り返した今ならわかる。あれは飯マズで焼いた後に、本人の聖なる魔力で工夫してギリギリ〝普通〟レベルに戻した何かだったと。
ただ、菓子なら普通に戻せたものが、料理では不可能だった理由までは今はわからなかった。
「カーナ様、ジューアお姉様。神人のお二人なら俺の飯マズを解除するのに、何かご存知ありませんか?」
パイを食べ終えた後、トオンは意を決してカーナ姫とジューアに向き直った。
進化した種族でルシウスの姉ジューアは少なくとも一万年、カーナ姫に至っては数十万年以上生きている、文字通り円環大陸の生き字引だ。人間の専門家が知らないことでも彼女たちなら知識があるのではないか。
二人は顔を見合わせた後、教えてくれたのはカーナ姫のほうだ。
「君の場合、呪詛ではなく世界から受けたペナルティだ。受けたのは母親エイリーだが、その負担を引き受けるために一部を受け継いだのだろう」
「一部で……」
「あの飯マズの威力……」
傍で聞いていたアイシャたちは飯マズコーヒーの味を思い出して、顔色が悪い。
「そういうペナルティを解除するには、オーソドックスなやり方は、徳を積むことだね」
さらっと簡単に言われた。
「徳、ですか」
「難しいことは何もない。自分だけじゃなくて、他人や世界が良くなるようにって祈るだけでも案外効く。行動が伴えばなお良い」
「あー……何か、わかります」
以前、この神殿で大神官アウロラのもと護摩を焚いて祈願に参加したとき、まず他者や世界の平和や安寧を祈った後で自分の願いを念じろと指導されたことがある。
あれと同じ考え方だ。
「でも俺は、エイリーの息子で、歴代の聖女を使い潰してきたカーナ王族の血も引いてて。血筋の業みたいなものが、やっぱりあるんじゃないかって悩むことがあって」
「親の因果が子にどれだけ影響を及ぼすか。考え出したらキリがない。その辺の世界の理を知りたければ神殿で学ぶといい。……あれ? でも」
ふとカーナ姫が何かを思い出した顔になった。
「でも君の飯マズってスキル扱いなんだろう? ならルシウス君に頼んでオフにして貰ったらどうだい?」
アイシャより少しだけ長めのショートボブの黒髪をさらっと揺らして、カーナ姫が小首を傾げた。
スキルオフとは???
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,978
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。