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第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中

4.騎士団長は今どこに

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「何だか、どっと疲れたな……」
「疲れたね……」
「疲れたわ……」

 観客たちが退場してスタッフたちが会場を片付ける間、アイシャたちは神殿内の応接間で一休みさせてもらうことにした。

 ユーグレンの溜め息を皮切りに、トオンとアイシャもテーブルに突っ伏したい気分だった。

「ピュイ?(恋人たちよ。ボクでもモフる?)」
「「モフります!」」

 綿毛竜コットンドラゴンのユキノのありがたい申し出に、アイシャとトオンは勢いよくそのもふもふ羽毛の腕の中へと飛び込んだ。

 ふわあ……と滑らかで柔らかく、密な胸元の羽毛に顔を突っ込む。至福だ。ついでに思う存分にそこで息を吸った。猫吸いならぬ竜吸いだ。
 疲れ? そんなものありましたっけ? 今はこの幸せを存分に味わっていたい!

 そんな二人と一体を、ユキノから誘われずハブられたユーグレンが苦笑して見ている。
 彼はどういうわけか、綿毛竜コットンドラゴンにはあまり好かれないのだ。そういえば今は亡き雛竜たちにも袖にされていたぐらいで。

「まだ終わりませんけどね。……そうそう、トオン君の挽いたコーヒー、残りを販売したら秒で完売ですって」
「売れたのあれ!?」
「売れました。ワンドリップ分ずつの分包にして、市販のコーヒーの三倍のイベント価格でも売れましたね。材料費を引いて利益をお渡ししますけど、どうします?」
「神殿にこのまま寄付でお願いします……できたら食べるのに困ってる世帯への支援で」

 そのほうが絶対に良い徳を積める気がする。

 何だかんだで鮭の人に頼まれて、十キロ分は豆を挽かされていたトオンだ。
 途中からハンドルを回す手が痛くなって、半自動で大型の魔導具コーヒーミルを手渡されていたが、挽いた粉コーヒーで淹れたコーヒーはやっぱり飯マズなのだった。



「イベントは終わったのか?」
「すごい騒ぎだったね。空から見てたけど、なかなか凄かった」

 鈴を転がすような声に振り向くと、虹色を帯びた魔力をまといながら、仔馬サイズの白い一角獣に乗った、青銀の長い髪持つ麗しの神人ジューアが奥からやってきた。

 彼女が背から降りると、一角獣は黒髪ショートボブに琥珀の瞳の優美な少女に変わった。白い聖衣ローブ姿の、こちらも神人のカーナ姫だ。
 ピアディの兄嫁で、進化した種族ハイヒューマン竜人族と一角獣人族のハーフ。円環大陸の中央部にある神秘の国、永遠の国の最年長の長老でもある。

 一角獣の姿になって、見えない場所から友人のジューアと一緒に公開制裁を観覧していたようだ。

「ぷぅ(カーナたんと……出たな、魔王おばば!)」
「だからお前は、私をおばばと呼ぶでない!」
「二人とも仲良いね」

 出会い頭に、相性いまいちのピアディとジューアが喧嘩している。
 困ったものだが、今のところ実害はないのでアイシャたちは見守るに留めていた。
 というより、同じ神人でもジューアのほうが圧倒的に強いので、口喧嘩レベルなら大事になりようがなかった。



 公開制裁は終わったが、ある意味ここからが正念場だった。
 そもそも、このイベントは最初から別の目的があった。――他国からのスパイと、共謀者の炙り出しである。

「他国のように〝影〟のような諜報部があれば良かったのにな」
「国が小さすぎる。ノウハウがなかったのは仕方ない」

 こちらも紅茶をいただきながら、大国アケロニア王国の王族二人、カズンとユーグレンが所見を述べ合っている。

 まさかの旧王国時代、トオンの実父でもあったアルター国王の時代から、他国の間者スパイに悩まされていたことをアイシャたちが知ったのは、本当につい最近のことだった。
 神人ピアディに宰相に任命された、鮭の人ヨシュアが気づいて秘密裏に調査隊を結成し、ようやく収監された罪人の中に内通者がいることを突き止めたばかりなのだ。


 まだまだやることが多いため、アイシャもその他の者たちも正装の、特に軍装の者たちは襟を緩めることすらしていない。
 ルシウスなど椅子にも座らず、甥の鮭の人と慌ただしく動き回っている。

「騎士団から連絡は?」
「まず一人、外部から国外逃亡を手引きされた者を押さえたとのこと」
「残りは?」
「引き続き、監視続行です」

 アイシャたちは神殿の侍女が淹れてくれたお茶で一息ついていたが、さすがに宰相の鮭の人は忙しく各所からの連絡を受け取っては対応を続けていた。

「ところで、一つ気になってることがあるのだが」

 とユーグレンが言い出した。

 観客たちのうち、各分野の代表や幹部たちが参列した今回の公開制裁について。

「騎士団は副団長と各隊の隊長クラスが参加していただろう? 騎士団長本人はなぜいなかったのだ?」

 ぴた、とユキノの純白の羽毛に埋もれていたアイシャとトオンが身動きを止めた。

 騎士団にはアイシャが結成した聖竜騎士団もあったが、まだ団員も騎乗できる竜も揃っていないためこちらはアイシャ以外誰も参加していない。

「そうだったのか?」
「言われてみれば、私も騎士団長には会ったことがないな」

 カズンとルシウスも首を傾げている。
 旧王国の崩壊後にやってきた大神官たち、神殿関係者らも不思議そうな顔だ。

 のっそり、アイシャとトオンはユキノの羽毛の中から起き上がった。

「騎士団の団長は……その……」
「うちの国の騎士団長は女性でね。とても良い方なんだけど、『聖女投稿事件』にある意味深く関わってた方で……」

 今までアイシャもトオンも、そして旧王国時代の元宰相たちも、無理を承知で誤魔化してきた人物が一人だけいる。

「クシマ公爵夫人マチルダ。あのクーツとドロテア嬢の母親なんです。アルター国王の被害者にして、アイシャを最も虐げた二人の母親」
「……クーツやアルターが死んだ後、あのまま国に残ってたら国民の批判が殺到して危なかった。なので特別任務を課して、国外に退避してもらってるの」

 そのことは、新生カーナ神国の宰相に任命された鮭の人だけはいち早く知っていた。

間者スパイのことを極秘に知らせてきたのが、そのマチルダ騎士団長なんです。それで今回の茶番を計画したというわけで」



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