242 / 302
第五章 鮭の人無双~環《リンク》覚醒ハイ進行中
2.トオンの飯マズ対策
しおりを挟む
カーナ神国の首都、南地区の外れにある古書店の店主、トオンの朝は早い。
いつどの季節でも、陽が昇る頃には起床する。
身だしなみを整えて寝台もさっと整えてから、その日入荷する古書の目録や、作業リストを確認するのが彼のルーチンだ。
新聞の配達人とは必ず挨拶して、手渡しで受け取る。
そのとき、必ず配達人にニヤッと笑いかけられるのは、トオンがあの『聖女投稿』の立役者だと知られているからだろう。
新聞はすぐには読まない。
食堂のテーブルに置いて、まず厨房でお湯を沸かす。
その間に棚からコーヒー豆とコーヒーミルを取り出して、コーヒースプーンで数杯分の豆をミルへ。
今日は朝から友人たちが訪れる予定だ。そろそろ皆、集まってくるだろう。彼らの分も多めに挽くのだ。
ガリゴリと中細挽きにコーヒー豆を挽いていく。
豆はいつも焙煎したてをその週に飲む分だけ、地元の専門店で購入している。食料品店で粉を買うより割高だが、ここは譲れない贅沢だ。
ミルのハンドルをひと回しするごとに香る、コーヒーの香ばしさ。
お店であらかじめ粉に挽いてもらうこともできるが、この楽しみのために豆で買っていると言っても過言ではない
「おはよう、トオン。お、いい匂いだ。僕にも一杯くれるか?」
「私にも」
二階の宿屋の部屋から、先日久方振りに客となった魔術師カズンと、ユーグレンが一緒に降りてきた。
どちらも黒髪黒目の端正な顔立ちの男前で、親戚というだけあって兄弟にも見える二人だ。ただしユーグレンのほうが一回り身体が大きくて、カズンが少し悔しがっているのを親しい者たちは知っている。
トオンは微笑んで、マグカップに入れたコーヒーを差し出した。
「おはよう。ちょうど淹れたてだよ、どうぞ」
「トオン君さあ。わざわざ豆からこだわりのコーヒー挽くような如何にも『意識高い系ムーブ』かまして、最後の最後にそのオチって何なの?」
ルシウス邸から朝食用の食事パイを届けてくれた秘書ユキレラが、呆れたように言った。
ルシウスそっくりのちょいワル系イケオジもドン引きなぐらい、トオンの淹れたコーヒーは凄まじかった。
「これは、何という……」
「相変わらずのクソマズ……」
吐き出しそうになるのを必死に堪えて、何とか一口目を飲み下したユーグレンとカズン。
だが、その顔は青ざめて今にも倒れそうだった。
「あはははは、なにこれ! 何ですかこれは、すごい! 不味い! こんなに不味いものがこの世にあるなんて!」
一人だけ大受けしている者がいる。
ユキレラと一緒に来ていた怖いもの知らずの鮭の人ヨシュアだ。爆笑してはまた一口啜り、を繰り返している。
どうやら本人、なかなかのゲテモノ好きのようだ。
「お店で飲むとあんなに美味しいコーヒーなのに。砂糖やスパイスを入れても、もう全然駄目なのよね」
一口でもう断念して、後から食堂にやってきていたアイシャはそっとコーヒーの入ったカップを自分から遠ざけ、顔を背けた。
先日ダンジョンで喰らった飯マズ被害の苦痛がフラッシュバックしそうだった。
「いやはや、話には聞いていたけど。こりゃすごい代物だ」
本日最後のゲストは、ルシウス邸の料理番、料理人のゲンジである。
一口だけ飲んで、衝撃を受けたように固まるも、すぐ飲み込んで溜め息を吐いている。
トオンの作ったブリトーがアイシャどころか、一部をこっそり拾い食いした神人ピアディまで撃沈させたあのダンジョン内事件の後。
「まさかそこまで強烈だったなんて……」
些細な悪戯が大惨事になりかけて、トオンがものすごく自分を責める方向に落ち込んだ。
そんなトオンを見かねたアイシャが、飯ウマ持ちのカズンに「何とかならないか」と相談したところ。
「ならば僕以外の飯ウマ持ちにも協力をお願いしよう」
とルシウスとゲンジに声をかけて、本格的にトオンの飯マズ改善に乗り出すことになったのだ。
むしろなぜ今までやらなかったという話だが。
まずは、トオン本人の飯マズ体験をというわけで二人を朝食に招いたわけだ。
「ルシウス様は二度とトオン君のメシは御免だそーです」
そのルシウスは旧カーナ王国時、最初にトオンの古書店にやってきた日にトオンの作る飯マズ料理の洗礼を受けて撃沈したことがある。
逃げた主人の代わりに、手土産の食事パイを持たされてやってきたのが秘書ユキレラだ。
ついでにいえば、トオンの食事はアイシャもカズンも毅然として拒否した。
ならばと、お手軽に飯マズ体験できるドリップコーヒーを用意した。――というのがここまでの経緯である。
いつどの季節でも、陽が昇る頃には起床する。
身だしなみを整えて寝台もさっと整えてから、その日入荷する古書の目録や、作業リストを確認するのが彼のルーチンだ。
新聞の配達人とは必ず挨拶して、手渡しで受け取る。
そのとき、必ず配達人にニヤッと笑いかけられるのは、トオンがあの『聖女投稿』の立役者だと知られているからだろう。
新聞はすぐには読まない。
食堂のテーブルに置いて、まず厨房でお湯を沸かす。
その間に棚からコーヒー豆とコーヒーミルを取り出して、コーヒースプーンで数杯分の豆をミルへ。
今日は朝から友人たちが訪れる予定だ。そろそろ皆、集まってくるだろう。彼らの分も多めに挽くのだ。
ガリゴリと中細挽きにコーヒー豆を挽いていく。
豆はいつも焙煎したてをその週に飲む分だけ、地元の専門店で購入している。食料品店で粉を買うより割高だが、ここは譲れない贅沢だ。
ミルのハンドルをひと回しするごとに香る、コーヒーの香ばしさ。
お店であらかじめ粉に挽いてもらうこともできるが、この楽しみのために豆で買っていると言っても過言ではない
「おはよう、トオン。お、いい匂いだ。僕にも一杯くれるか?」
「私にも」
二階の宿屋の部屋から、先日久方振りに客となった魔術師カズンと、ユーグレンが一緒に降りてきた。
どちらも黒髪黒目の端正な顔立ちの男前で、親戚というだけあって兄弟にも見える二人だ。ただしユーグレンのほうが一回り身体が大きくて、カズンが少し悔しがっているのを親しい者たちは知っている。
トオンは微笑んで、マグカップに入れたコーヒーを差し出した。
「おはよう。ちょうど淹れたてだよ、どうぞ」
「トオン君さあ。わざわざ豆からこだわりのコーヒー挽くような如何にも『意識高い系ムーブ』かまして、最後の最後にそのオチって何なの?」
ルシウス邸から朝食用の食事パイを届けてくれた秘書ユキレラが、呆れたように言った。
ルシウスそっくりのちょいワル系イケオジもドン引きなぐらい、トオンの淹れたコーヒーは凄まじかった。
「これは、何という……」
「相変わらずのクソマズ……」
吐き出しそうになるのを必死に堪えて、何とか一口目を飲み下したユーグレンとカズン。
だが、その顔は青ざめて今にも倒れそうだった。
「あはははは、なにこれ! 何ですかこれは、すごい! 不味い! こんなに不味いものがこの世にあるなんて!」
一人だけ大受けしている者がいる。
ユキレラと一緒に来ていた怖いもの知らずの鮭の人ヨシュアだ。爆笑してはまた一口啜り、を繰り返している。
どうやら本人、なかなかのゲテモノ好きのようだ。
「お店で飲むとあんなに美味しいコーヒーなのに。砂糖やスパイスを入れても、もう全然駄目なのよね」
一口でもう断念して、後から食堂にやってきていたアイシャはそっとコーヒーの入ったカップを自分から遠ざけ、顔を背けた。
先日ダンジョンで喰らった飯マズ被害の苦痛がフラッシュバックしそうだった。
「いやはや、話には聞いていたけど。こりゃすごい代物だ」
本日最後のゲストは、ルシウス邸の料理番、料理人のゲンジである。
一口だけ飲んで、衝撃を受けたように固まるも、すぐ飲み込んで溜め息を吐いている。
トオンの作ったブリトーがアイシャどころか、一部をこっそり拾い食いした神人ピアディまで撃沈させたあのダンジョン内事件の後。
「まさかそこまで強烈だったなんて……」
些細な悪戯が大惨事になりかけて、トオンがものすごく自分を責める方向に落ち込んだ。
そんなトオンを見かねたアイシャが、飯ウマ持ちのカズンに「何とかならないか」と相談したところ。
「ならば僕以外の飯ウマ持ちにも協力をお願いしよう」
とルシウスとゲンジに声をかけて、本格的にトオンの飯マズ改善に乗り出すことになったのだ。
むしろなぜ今までやらなかったという話だが。
まずは、トオン本人の飯マズ体験をというわけで二人を朝食に招いたわけだ。
「ルシウス様は二度とトオン君のメシは御免だそーです」
そのルシウスは旧カーナ王国時、最初にトオンの古書店にやってきた日にトオンの作る飯マズ料理の洗礼を受けて撃沈したことがある。
逃げた主人の代わりに、手土産の食事パイを持たされてやってきたのが秘書ユキレラだ。
ついでにいえば、トオンの食事はアイシャもカズンも毅然として拒否した。
ならばと、お手軽に飯マズ体験できるドリップコーヒーを用意した。――というのがここまでの経緯である。
7
お気に入りに追加
3,933
あなたにおすすめの小説
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
契約破棄された聖女は帰りますけど
基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」
「…かしこまりました」
王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。
では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。
「…何故理由を聞かない」
※短編(勢い)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。