208 / 292
第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン
聖女アイシャを怒らせてはならない
しおりを挟む
――後にアケロニア王国の国王となったとき、ユーグレンは側近たちに重要な教訓として語ることになる。
『聖女アイシャだけは怒らせてはならない』
と。その元となるのが今回の凶事だ。
「驚いたぜェ。まさか噂の聖女様にお会いできるとは恐悦至極。あの男爵は手出しするなって言ってたが、なかなかどうして、可愛い顔してるじゃねェか」
「!」
雛竜五号の入った大瓶を小脇に抱えたまま、男がアイシャの肩を抱いた。
アイシャは事切れた雛竜たちの前で呆然としている。
「まだちょっと青臭い小娘だが、小っちぇケツも俺好み……」
毛の濃い大きな手が腰、尻の辺りに触れようとするのに、思わずトオンが飛び出しかけたとき。
すっ、と俯いていたアイシャが中腰になった。
直後、ぼごっと鈍い音がした。具体的には、屈んだアイシャが思いっきり男の股間に肘鉄を喰らわせたのだ。
「ひ、ひぇ……っ」
「見てるだけで痛いな……あれは潰れたんじゃないか?」
トオンは青ざめ、ユーグレンも顔が強張っている。
アイシャの肘はもろに男の金的に入った。
防御も何もしていなかった男は身悶えて、股間を押さえて両膝を付いた。
抱えていた大瓶は地面に落ちる前にアイシャがしっかり受け止めた。
飴のような茶の瞳は、ゴミ屑を見るように冷え切っている。
「あなた、その身なりを見るに冒険者ですね? カーナ王国の国軍は、騎士も兵士も女性が一定数いるのです。聖女の私も、男性から身を守る訓練はやっていたのですよ」
もっとも、共に魔物の脅威から国を守るため戦う国軍の騎士や兵士たちの中には、聖女アイシャを襲おうとする不届き者など一人たりとて存在しなかったが。
「あなたが国軍にいたら、翌日には処罰を受けて男の人ではなくなっていたでしょうね」
湾曲表現だが、性的暴行の加害者だと断定されたなら、去勢刑を受けていたぞと言っているのだ。
「あ、あれ……アイシャの魔力が……」
さすがに今の怒り心頭に発するアイシャの腰回りに環は出ていない。
だが、本人特有のネオングリーンの聖なる魔力の色の端が変色しているのをトオンとユーグレンは見た。
「赤い……」
「怒りの色、というより……」
残念ながら検証している余裕はない。
ぐおーん、ぐおーんと雄叫びをあげてユキノが雛竜たちの亡骸の前で泣いている。
いつもなら鳴き声に重なるように言葉がわかるのに、意思の疎通が取れるような状態ではなかった。
やがて、ユキノはまだ股間を押さえて蹲る男に向けて、かぱりと大きな口を開けた。
「グア!(これだから人間は!)」
ユキノの真っ白ふわふわな羽毛がネオンブルーの魔力を帯びていく。口の中にも光る魔力の塊が見えた。
だが、ユキノが発した魔力の攻撃は、冒険者の男には届かなかった。
「ピャッ!?(アイシャちゃん! どうして邪魔するの!?)」
男をユキノから守ったのはアイシャだ。結界術で男を覆い、外部からの干渉を遮断したのだ。
「……駄目よ、ユキノ君。この男からは情報を聞き出さなきゃ。………………その後でなら、好きにしていい」
アイシャの使った結界術は面で空間を閉鎖するものだ。ちょうど大の大人、一人分を収められる大きさの、上に横長の長方形の箱型になる。
「! !! !!」
結界の中で、ダメージを抱えつつも何とか立ち直った男が叫んでいる。
だが音も遮断され、外部にいるアイシャたちには何も聞こえなかった。
「もふもふちゃんは、返してもらうわ」
奪い返した大瓶の蓋を、恐る恐る開けようとした。
開かない。不安と恐れで手が震えてしまって、力が入らないのだ。
大の大人の男が力一杯締めたと思しき瓶の蓋はそのものが固かった。
「アイシャ、俺がやるよ」
トオンはアイシャから大瓶を取り上げ、蓋を開けてやった。
ぷん、と強い酒精の匂いが鼻をついた。
「五号ちゃん。五号ちゃん、しっかりして!」
「ピゥ……」
ふわふわで柔らかなもふもふだったはずの、真っ白な羽毛は酒でぐちゃぐちゃだった。
慌てて環を活性化させ、聖なる魔力で回復をかけたのだが。
「ピ……」
最後に小さく鳴いて、目を開けることもなく、五号は。
トオンやユーグレンも慌てて駆け寄って、回復魔法をかけるアイシャの環に魔力を注ぎ込んだものの。
「ご、五号ちゃん……や、やだ……いやああ……っ」
雛竜五号はもう鳴くことはなかった。
小さく舌が飛び出た口から酒がポタポタと溢れている。瓶詰めにされて、酒漬けで窒息死してしまったのだ。
「やっぱり……やっぱり、もふもふちゃんたちがいないって気づいた時点で引き返していれば……っ」
後悔しても、もう取り返しがつかなかった。
( ´•̥ω•̥`)
『聖女アイシャだけは怒らせてはならない』
と。その元となるのが今回の凶事だ。
「驚いたぜェ。まさか噂の聖女様にお会いできるとは恐悦至極。あの男爵は手出しするなって言ってたが、なかなかどうして、可愛い顔してるじゃねェか」
「!」
雛竜五号の入った大瓶を小脇に抱えたまま、男がアイシャの肩を抱いた。
アイシャは事切れた雛竜たちの前で呆然としている。
「まだちょっと青臭い小娘だが、小っちぇケツも俺好み……」
毛の濃い大きな手が腰、尻の辺りに触れようとするのに、思わずトオンが飛び出しかけたとき。
すっ、と俯いていたアイシャが中腰になった。
直後、ぼごっと鈍い音がした。具体的には、屈んだアイシャが思いっきり男の股間に肘鉄を喰らわせたのだ。
「ひ、ひぇ……っ」
「見てるだけで痛いな……あれは潰れたんじゃないか?」
トオンは青ざめ、ユーグレンも顔が強張っている。
アイシャの肘はもろに男の金的に入った。
防御も何もしていなかった男は身悶えて、股間を押さえて両膝を付いた。
抱えていた大瓶は地面に落ちる前にアイシャがしっかり受け止めた。
飴のような茶の瞳は、ゴミ屑を見るように冷え切っている。
「あなた、その身なりを見るに冒険者ですね? カーナ王国の国軍は、騎士も兵士も女性が一定数いるのです。聖女の私も、男性から身を守る訓練はやっていたのですよ」
もっとも、共に魔物の脅威から国を守るため戦う国軍の騎士や兵士たちの中には、聖女アイシャを襲おうとする不届き者など一人たりとて存在しなかったが。
「あなたが国軍にいたら、翌日には処罰を受けて男の人ではなくなっていたでしょうね」
湾曲表現だが、性的暴行の加害者だと断定されたなら、去勢刑を受けていたぞと言っているのだ。
「あ、あれ……アイシャの魔力が……」
さすがに今の怒り心頭に発するアイシャの腰回りに環は出ていない。
だが、本人特有のネオングリーンの聖なる魔力の色の端が変色しているのをトオンとユーグレンは見た。
「赤い……」
「怒りの色、というより……」
残念ながら検証している余裕はない。
ぐおーん、ぐおーんと雄叫びをあげてユキノが雛竜たちの亡骸の前で泣いている。
いつもなら鳴き声に重なるように言葉がわかるのに、意思の疎通が取れるような状態ではなかった。
やがて、ユキノはまだ股間を押さえて蹲る男に向けて、かぱりと大きな口を開けた。
「グア!(これだから人間は!)」
ユキノの真っ白ふわふわな羽毛がネオンブルーの魔力を帯びていく。口の中にも光る魔力の塊が見えた。
だが、ユキノが発した魔力の攻撃は、冒険者の男には届かなかった。
「ピャッ!?(アイシャちゃん! どうして邪魔するの!?)」
男をユキノから守ったのはアイシャだ。結界術で男を覆い、外部からの干渉を遮断したのだ。
「……駄目よ、ユキノ君。この男からは情報を聞き出さなきゃ。………………その後でなら、好きにしていい」
アイシャの使った結界術は面で空間を閉鎖するものだ。ちょうど大の大人、一人分を収められる大きさの、上に横長の長方形の箱型になる。
「! !! !!」
結界の中で、ダメージを抱えつつも何とか立ち直った男が叫んでいる。
だが音も遮断され、外部にいるアイシャたちには何も聞こえなかった。
「もふもふちゃんは、返してもらうわ」
奪い返した大瓶の蓋を、恐る恐る開けようとした。
開かない。不安と恐れで手が震えてしまって、力が入らないのだ。
大の大人の男が力一杯締めたと思しき瓶の蓋はそのものが固かった。
「アイシャ、俺がやるよ」
トオンはアイシャから大瓶を取り上げ、蓋を開けてやった。
ぷん、と強い酒精の匂いが鼻をついた。
「五号ちゃん。五号ちゃん、しっかりして!」
「ピゥ……」
ふわふわで柔らかなもふもふだったはずの、真っ白な羽毛は酒でぐちゃぐちゃだった。
慌てて環を活性化させ、聖なる魔力で回復をかけたのだが。
「ピ……」
最後に小さく鳴いて、目を開けることもなく、五号は。
トオンやユーグレンも慌てて駆け寄って、回復魔法をかけるアイシャの環に魔力を注ぎ込んだものの。
「ご、五号ちゃん……や、やだ……いやああ……っ」
雛竜五号はもう鳴くことはなかった。
小さく舌が飛び出た口から酒がポタポタと溢れている。瓶詰めにされて、酒漬けで窒息死してしまったのだ。
「やっぱり……やっぱり、もふもふちゃんたちがいないって気づいた時点で引き返していれば……っ」
後悔しても、もう取り返しがつかなかった。
( ´•̥ω•̥`)
3
お気に入りに追加
3,953
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
破壊のオデット
真義あさひ
恋愛
麗しのリースト伯爵令嬢オデットは、その美貌を狙われ、奴隷商人に拐われる。
他国でオークションにかけられ純潔を穢されるというまさにそのとき、魔法の大家だった実家の秘術「魔法樹脂」が発動し、透明な樹脂の中に封じ込められ貞操の危機を逃れた。
それから百年後。
魔法樹脂が解凍され、親しい者が誰もいなくなった時代に麗しのオデットは復活する。
そして学園に復学したオデットには生徒たちからの虐めという過酷な体験が待っていた。
しかしオデットは負けずに立ち向かう。
※思春期の女の子たちの、ほんのり百合要素あり。
「王弟カズンの冒険前夜」のその後、
「聖女投稿」第一章から第二章の間に起こった出来事です。
【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。