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第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン

聖女アイシャを怒らせてはならない

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 ――後にアケロニア王国の国王となったとき、ユーグレンは側近たちに重要な教訓として語ることになる。

『聖女アイシャだけは怒らせてはならない』

 と。その元となるのが今回の凶事だ。



「驚いたぜェ。まさか噂の聖女様にお会いできるとは恐悦至極。あの男爵は手出しするなって言ってたが、なかなかどうして、可愛い顔してるじゃねェか」
「!」

 雛竜五号の入った大瓶を小脇に抱えたまま、男がアイシャの肩を抱いた。

 アイシャは事切れた雛竜たちの前で呆然としている。

「まだちょっと青臭い小娘だが、小っちぇケツも俺好み……」

 毛の濃い大きな手が腰、尻の辺りに触れようとするのに、思わずトオンが飛び出しかけたとき。

 すっ、と俯いていたアイシャが中腰になった。
 直後、ぼごっと鈍い音がした。具体的には、屈んだアイシャが思いっきり男の股間に肘鉄を喰らわせたのだ。

「ひ、ひぇ……っ」
「見てるだけで痛いな……あれは潰れたんじゃないか?」

 トオンは青ざめ、ユーグレンも顔が強張っている。
 アイシャの肘はもろに男の金的に入った。
 防御も何もしていなかった男は身悶えて、股間を押さえて両膝を付いた。
 抱えていた大瓶は地面に落ちる前にアイシャがしっかり受け止めた。

 飴のような茶の瞳は、ゴミ屑を見るように冷え切っている。

「あなた、その身なりを見るに冒険者ですね? カーナ王国の国軍は、騎士も兵士も女性が一定数いるのです。聖女の私も、男性から身を守る訓練はやっていたのですよ」

 もっとも、共に魔物の脅威から国を守るため戦う国軍の騎士や兵士たちの中には、聖女アイシャを襲おうとする不届き者など一人たりとて存在しなかったが。

「あなたが国軍にいたら、翌日には処罰を受けて男の人ではなくなっていたでしょうね」

 湾曲表現だが、性的暴行の加害者だと断定されたなら、去勢刑を受けていたぞと言っているのだ。

「あ、あれ……アイシャの魔力が……」

 さすがに今の怒り心頭に発するアイシャの腰回りにリンクは出ていない。
 だが、本人特有のネオングリーンの聖なる魔力の色の端が変色しているのをトオンとユーグレンは見た。

「赤い……」
「怒りの色、というより……」

 残念ながら検証している余裕はない。

 ぐおーん、ぐおーんと雄叫びをあげてユキノが雛竜たちの亡骸の前で泣いている。
 いつもなら鳴き声に重なるように言葉がわかるのに、意思の疎通が取れるような状態ではなかった。

 やがて、ユキノはまだ股間を押さえて蹲る男に向けて、かぱりと大きな口を開けた。

「グア!(これだから人間は!)」

 ユキノの真っ白ふわふわな羽毛がネオンブルーの魔力を帯びていく。口の中にも光る魔力の塊が見えた。

 だが、ユキノが発した魔力の攻撃は、冒険者の男には届かなかった。

「ピャッ!?(アイシャちゃん! どうして邪魔するの!?)」

 男をユキノから守ったのはアイシャだ。結界術で男を覆い、外部からの干渉を遮断したのだ。

「……駄目よ、ユキノ君。この男からは情報を聞き出さなきゃ。………………その後でなら、好きにしていい」

 アイシャの使った結界術は面で空間を閉鎖するものだ。ちょうど大の大人、一人分を収められる大きさの、上に横長の長方形の箱型になる。

「! !! !!」

 結界の中で、ダメージを抱えつつも何とか立ち直った男が叫んでいる。
 だが音も遮断され、外部にいるアイシャたちには何も聞こえなかった。

「もふもふちゃんは、返してもらうわ」

 奪い返した大瓶の蓋を、恐る恐る開けようとした。

 開かない。不安と恐れで手が震えてしまって、力が入らないのだ。
 大の大人の男が力一杯締めたと思しき瓶の蓋はそのものが固かった。

「アイシャ、俺がやるよ」

 トオンはアイシャから大瓶を取り上げ、蓋を開けてやった。

 ぷん、と強い酒精の匂いが鼻をついた。

「五号ちゃん。五号ちゃん、しっかりして!」
「ピゥ……」

 ふわふわで柔らかなもふもふだったはずの、真っ白な羽毛は酒でぐちゃぐちゃだった。
 慌ててリンクを活性化させ、聖なる魔力で回復をかけたのだが。

「ピ……」

 最後に小さく鳴いて、目を開けることもなく、五号は。

 トオンやユーグレンも慌てて駆け寄って、回復魔法をかけるアイシャのリンクに魔力を注ぎ込んだものの。

「ご、五号ちゃん……や、やだ……いやああ……っ」

 雛竜五号はもう鳴くことはなかった。
 小さく舌が飛び出た口から酒がポタポタと溢れている。瓶詰めにされて、酒漬けで窒息死してしまったのだ。

「やっぱり……やっぱり、もふもふちゃんたちがいないって気づいた時点で引き返していれば……っ」

 後悔しても、もう取り返しがつかなかった。









( ´•̥ω•̥`)
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