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第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン
聖女アイシャは決めた
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それからしばらく、気を取り直したユーグレンが中心になってアケロニア王国式の武道の〝型〟を皆で習っていた。
「歴史のある国の王家は、ほぼ必ず祓い清めの術を持っている。我がアケロニア王家が使うのはこの〝型〟だ」
同盟国でカーナ姫が守護者を務めているカレイド王国の王家には、弓祓いが伝わっているそうだ。
「身体を動かすだけなのに場が整って空気が澄むね。こりゃあいい! 一通り教えてくれよ、王太子殿下」
「構いませんよ。祖国では誰もが習う覚えやすい健康体操にもなってるんです」
「あっ、俺もやる!」
「オレもお付き合いします。久々にルシウス様の魔力を浴びてチビりそうになりましたわ……」
アイシャだけは雛竜たちを撫でもふりながら、身体を動かしている男たちを眺めていた。
しばらくそうして考え込んだり、目を瞑ったりを繰り返して、やがて「うん」と小さく頷いてベンチから立ち上がった。
その腰回りにはネオングリーンの魔力を帯びた、白く光り輝く環が浮かんでいる。
「決めたわ。地下ダンジョンの探索が終わったら鮭の人を探しに行きます。見つけたら一緒にカズンの元に向かって合流して、それから一度戻ってくる」
ぴた、と皆の動作が止まった。
隣のベンチに腰掛けて暖かな陽気にうつらうつらしていた神人ジューアも、湖面の水色の瞳をパチっと開いている。
「カーナ王国は彼に多大な恩があります。歪んだこの国の歴史を終わらせるきっかけをくれた。この恩は返そうと思っても返しきれない」
「……だよな」
「彼は孤独な一人旅を続けるより、仲間がいたほうがいいと思う。恩返しの一環として、まず鮭の人を会わせてあげましょう」
うんうん、とトオンが頷く。だが次のアイシャの言葉には強烈に酸っぱいものを食べたような顔になった。
「本当にカズンには返しきれない恩があるわ。私が追放されてトオンの古書店に辿り着いたとき、彼がいなかったらどうなってたと思う? 私は今ここにいないと思うの。カズンの美味しいごはんがあったから持ち直せたけど、トオンのごはんだけだったら……?」
「あー。トオン君って〝飯マズ〟の人なんですっけ?」
「そうよ、ただでさえ 魔物の大侵攻討伐の直後で消耗してたのに。マズいトオンのごはんしかなかったら、間違いなく私は生き残れなかったわ」
「………………」
雛竜一号を抱き締めて、トオンが瀕死だ。本当にその通りだと思って、その事実に気づいて今さらだが打ちのめされている。
まあそんなトオンはともかく。
「私たちが旅に出ている間に、この国の代表者を決めてもらうとしましょう」
今まではどうしても『自分たちがいなければ』と義務感があった。共和制実現会議に毎回参加していたのもそのためだった。
けれど綿毛竜の雛竜たちをもふっているうちに癒されて、無我の瞑想状態に入った。
今、何をやるべきか道筋が見えた気がする。
「戻ってきたとき、まだ決まってなかったら、――この国はカーナ姫にお返しします。カーナ王国の聖女アイシャが決めました」
言い切ったと同時にアイシャの環が消えた。
アイシャの腕の中の雛竜二体は不思議そうに小首を傾げている。
「うん。なら当然、私も同行しよう」
「旅に出るならその間、私と弟が残って睨みをきかせておく。安心して行ってくるといい」
ユーグレンが当然のように言い、神人ジューアも請け負ってくれた。頼もしい限りだ。
「じゃあ早めにダンジョン攻略しないとね。パーティーリーダーのルシウスさんは……忙しそうだけど」
まだまだセドリックへのお説教は長そうだ。会談するサロンから出てくる気配もない。
「この後、宰相に話だけ通しに行きましょう。それに、後回しにしていたことを片付けないと」
「おーい、皆。お昼はどうするんだい? 屋敷で食べていくのかな?」
そんな話をしているうちに、昼時になったようだ。白い調理服と調理帽姿の料理人ゲンジが邸内から確認しに来てくれた。
元々ダンジョン探索中の補給用に弁当を各自用意して貰って、自分たちの環のアイテムボックスに入れた物があった。
だがアイテムボックス内の物は時間経過が止まるから、後日食べても構わない。
アイシャたちと途中で別れて神殿に行く予定だったビクトリノもいることだし。
「ゲンジさん、お昼食べたいです!」
お出かけは午後から、ゲンジの飯ウマランチの後でにしよう。
「歴史のある国の王家は、ほぼ必ず祓い清めの術を持っている。我がアケロニア王家が使うのはこの〝型〟だ」
同盟国でカーナ姫が守護者を務めているカレイド王国の王家には、弓祓いが伝わっているそうだ。
「身体を動かすだけなのに場が整って空気が澄むね。こりゃあいい! 一通り教えてくれよ、王太子殿下」
「構いませんよ。祖国では誰もが習う覚えやすい健康体操にもなってるんです」
「あっ、俺もやる!」
「オレもお付き合いします。久々にルシウス様の魔力を浴びてチビりそうになりましたわ……」
アイシャだけは雛竜たちを撫でもふりながら、身体を動かしている男たちを眺めていた。
しばらくそうして考え込んだり、目を瞑ったりを繰り返して、やがて「うん」と小さく頷いてベンチから立ち上がった。
その腰回りにはネオングリーンの魔力を帯びた、白く光り輝く環が浮かんでいる。
「決めたわ。地下ダンジョンの探索が終わったら鮭の人を探しに行きます。見つけたら一緒にカズンの元に向かって合流して、それから一度戻ってくる」
ぴた、と皆の動作が止まった。
隣のベンチに腰掛けて暖かな陽気にうつらうつらしていた神人ジューアも、湖面の水色の瞳をパチっと開いている。
「カーナ王国は彼に多大な恩があります。歪んだこの国の歴史を終わらせるきっかけをくれた。この恩は返そうと思っても返しきれない」
「……だよな」
「彼は孤独な一人旅を続けるより、仲間がいたほうがいいと思う。恩返しの一環として、まず鮭の人を会わせてあげましょう」
うんうん、とトオンが頷く。だが次のアイシャの言葉には強烈に酸っぱいものを食べたような顔になった。
「本当にカズンには返しきれない恩があるわ。私が追放されてトオンの古書店に辿り着いたとき、彼がいなかったらどうなってたと思う? 私は今ここにいないと思うの。カズンの美味しいごはんがあったから持ち直せたけど、トオンのごはんだけだったら……?」
「あー。トオン君って〝飯マズ〟の人なんですっけ?」
「そうよ、ただでさえ 魔物の大侵攻討伐の直後で消耗してたのに。マズいトオンのごはんしかなかったら、間違いなく私は生き残れなかったわ」
「………………」
雛竜一号を抱き締めて、トオンが瀕死だ。本当にその通りだと思って、その事実に気づいて今さらだが打ちのめされている。
まあそんなトオンはともかく。
「私たちが旅に出ている間に、この国の代表者を決めてもらうとしましょう」
今まではどうしても『自分たちがいなければ』と義務感があった。共和制実現会議に毎回参加していたのもそのためだった。
けれど綿毛竜の雛竜たちをもふっているうちに癒されて、無我の瞑想状態に入った。
今、何をやるべきか道筋が見えた気がする。
「戻ってきたとき、まだ決まってなかったら、――この国はカーナ姫にお返しします。カーナ王国の聖女アイシャが決めました」
言い切ったと同時にアイシャの環が消えた。
アイシャの腕の中の雛竜二体は不思議そうに小首を傾げている。
「うん。なら当然、私も同行しよう」
「旅に出るならその間、私と弟が残って睨みをきかせておく。安心して行ってくるといい」
ユーグレンが当然のように言い、神人ジューアも請け負ってくれた。頼もしい限りだ。
「じゃあ早めにダンジョン攻略しないとね。パーティーリーダーのルシウスさんは……忙しそうだけど」
まだまだセドリックへのお説教は長そうだ。会談するサロンから出てくる気配もない。
「この後、宰相に話だけ通しに行きましょう。それに、後回しにしていたことを片付けないと」
「おーい、皆。お昼はどうするんだい? 屋敷で食べていくのかな?」
そんな話をしているうちに、昼時になったようだ。白い調理服と調理帽姿の料理人ゲンジが邸内から確認しに来てくれた。
元々ダンジョン探索中の補給用に弁当を各自用意して貰って、自分たちの環のアイテムボックスに入れた物があった。
だがアイテムボックス内の物は時間経過が止まるから、後日食べても構わない。
アイシャたちと途中で別れて神殿に行く予定だったビクトリノもいることだし。
「ゲンジさん、お昼食べたいです!」
お出かけは午後から、ゲンジの飯ウマランチの後でにしよう。
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