婚約破棄で捨てられ聖女の私の虐げられ実態が知らないところで新聞投稿されてたんだけど~聖女投稿~

真義あさひ

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第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン

西の魔王様が怒った

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 急遽、その日のダンジョン探索が取り止めになった。

 不審者、もとい鮭の人からの紹介状を持って現れた男性の名はセドリック・カルダーナ。
 円環大陸の東南部にある小国の王弟とのことだった。

 気絶してしまった彼をルシウス邸に運んで聖女のアイシャが治癒術をかけたところ、すぐ回復して目を覚ました。

 黒髪とブルーグレーの瞳の、とても彫りの深い顔立ちをした男前の青年だ。
 年齢はユーグレンとそう変わらない。身長はルシウスと張るほど大柄だ。
 そんな本人が言うには。

「地元のアヴァロン山脈で凶暴化していた羽竜に襲われているところを、ヨシュア殿に助けてもらったのです」
「そ、そうか。ヨシュアが」

 話を聞いたルシウスは目に見えて安堵した様子を見せた。
 羽竜というのが、綿毛竜コットンドラゴンの雛竜たちに混ざっていた灰色ふわふわの竜のことだろう。

「ヨシュア殿の働きでその羽竜が仲間になり、西の魔王殿の元に行けと言われて」
「ちょっと待て、何なのだその〝西の魔王〟とは!?」

 そもそもセドリックが持ってきた手紙の宛先が『西の魔王様へ』だった。
 ルシウスは困惑していたが、それなりに付き合いの長いらしいユーグレン王太子は苦笑していた。

「ルシウス様。これはヨシュアがふざけて書いたんですよ。あなたのあだ名は〝魔王〟ですからね。こうやって困るのを見越して悪ふざけしたんでしょう」
「お茶目な人なのね」
「ここは大陸の西部。そこにルシウスさんがいるから〝西の魔王〟。なるほどね」

 誰も違和感を持たない。むしろ納得したと言わんばかりの雰囲気だ。

 そもそもルシウスは神人ジューアの実の弟。魔人族なるハイヒューマンの一族だそうで。
 その数少ない生き残りで長のジューアこそが魔王と言われているとのこと。
 ルシウスは正確には〝魔王の弟〟だ。



 セドリックは円環大陸の東南部にある、カルダーナなる小国の王弟だという。

 そんなところから何の目的でわざわざ、今この荒れたカーナ王国に来たかと言えば、ステータス偽装を依頼するためだと言って皆を驚かせた。
 しかも紹介してきたのはルシウスの例の甥っ子、鮭の人だというから更に驚いた。

「お恥ずかしながら、私は庶子なのです。先王の慈悲で王族の末席におりますが、出自のせいで愛する女性にまともな求婚一つできない。それを知ったヨシュア殿から、両親の不貞を誤魔化すステータス偽装を勧められたのですが……」

 言ってる本人も微妙そうな顔をしている。

 セドリックの両親は元は婚約者同士だったという。母親が当時の王女だそうだ。
 だが、母親がセドリックを身籠ったのが婚約の破棄後のことらしい。
 このせいで、彼は自国で〝不義の子〟と呼ばれて非常に不利な立場なのだそうだ。

 そして明らかになったのは、鮭の人による、叔父ルシウスへの大雑把な丸投げだった。

「母が私を懐妊した時期を、両親の婚約破棄の前だった、とステータス表記を偽装すれば良い。ヨシュア殿からそう助言を」

 ほんの数ヶ月だけ懐妊時期を早める偽装を、と。
 そうすれば、未婚時の妊娠でも、お腹の中の子の父親は〝婚約中の婚約者男性〟になる。
 これでも褒められた行為ではなかったが、王族や貴族たちの社会では多少、視線の厳しさが和らぐからと言って。

「えっ。そんないい加減なことセドリックさんに言ったの、鮭の人!」
「ヨシュアはカズン以外はどうでもいい男だからな……。だが、まあ理屈が通らないでもない」

 理解があると言わんばかりの表情でユーグレンが呟いた。
 彼は故郷では鮭の人ことリースト侯爵ヨシュア・ファンクラブの会長なのだ。
 しかし、もしやユーグレンとて〝カズン以外〟に入ってしまうのか? と誰もが思ったが、賢明にもそれを突っ込む者はいなかった。

「私への態度も含めて、男女問わず、わりとぞんざいな扱いでしたね」
「わかる。彼はそういう男だ」

 腕組みしてユーグレンが端正な顔で重々しく頷いている。
 アイシャとトオンは顔を見合わせた。

「鮭の人って……」
「いったい……?」

 今までカズンやルシウスから聞いていた鮭の人エピソードとはまた全然趣きが違う。
 
「話だけ聞いてるとルシウス君の甥っ子とやらは詐欺師っぽいな。性格が」

 聖者のビクトリノが嘆息した。
 秘書ユキレラを始めとした、部屋に控えていたリースト一族の皆さんの表情も微妙だった。
 リースト一族の本来の当主は鮭の人なので、自分たちの主のろくでもないエピソードに心中とっても複雑なのだ。

「でも良かったですよ。先月辺りからヨシュア様からの連絡が途絶えていて、ルシウス様が落ち込んでたんです。今は大陸の東南部におられるわけだ。あそこは大山脈があって冒険者ギルドの数も少ないですからね」

 秘書ユキレラが胸を撫で下ろしている。
 単純に連絡手段が取りにくい場所にいるだけのようだ。



 と外野があれこれコメントし合っている間にも、ルシウスとセドリックは話を続けている。

 元々、ルシウスに来客は少なくない。
 故郷アケロニア王国や他国から学生時代の友人たちが来ることもあったし、冒険者時代に円環大陸の各地で世話になった者たちが噂を聞いてカーナ王国に寄ることも多かった。

 ここに来て、ルシウスの甥の紹介状を持ってやってきたのが、黒髪に薄青の瞳の彫りの深い美丈夫セドリックなわけだが。
 話はステータス偽装の依頼。しかし本人自体が相談内容に葛藤している。

「ステータスの表記や数値を偽装できるかできないかといえば、できると言っておこう」
「で、では、ルシウス殿」
「だが!」

 誰もがその瞬間、ピリッと産毛がチリチリ痛く反応するのを感じた。
 応接間の代わりに集まっていたサロン室内に、一気にルシウスのネオンブルーの魔力が満ちる。

「己すら納得していないことを、この私がしてやるなどと思われては困る!」

 その衝撃は、まるで雷が落ちたかのような衝撃だった。
 真っ正面からセドリックを叱責したルシウスの剣幕は、傍から見ていたアイシャたちも怖かった。
 普段、お節介なくらい世話を焼かれているアイシャやトオンは、こんなにもルシウスが怒ったところを見たことはない。

 怒声とともに発せられたルシウスの魔力の高まりに、まず最初に落ちたのはトオンだ。今いる者たちの中では魔力が低めでその分だけ耐性も低いせいで。

「と、トオン、大丈夫!?」
「る、ルシウスさん、マジ半端ないな……がくっ」
「トオンー!」

 雛竜たちもぱたぱたと後ろに横にとひっくり返っていく。

「「「「「ピゥウ……」」」」」
「ひいぃ……ルシウス様のお怒りがああ……」
「ユーグレンさんー!」

 頭を抱えてユーグレンが大柄な身体を丸めて震えている。
 どうしよう、どうしよう、とアイシャが慌てている間にもルシウスはセドリックへの説教を続けている。

 室内に満ちるネオンブルーの魔力も密度を増していき、――ついにアイシャの意識も途切れてしまった。




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