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第三章 カーナ王国の混迷

王都に大地震

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 アイシャはそれからビクトリノと一緒に、彼が持っていたり、ルシウスから預かったりした邪や魔のサンプル相手に実験を繰り返すことになった。

 彼もこれまでは教会本部の大司祭の立場で忙しかったが、カーナ王国に来て神官でいられる間は余裕がある。
 嬉々として自分の聖なる魔力を使っていた。



 ある程度実験を行って方向性の目処がついた時点で、アイシャはカズンに手紙を書くことにした。
 普段書いているメモ書き程度の簡単なものではなく、しっかり資料も添えた正式な書簡を。

 聖なる魔力をひたすら大量に集めて強めていくと、どこかの時点で邪悪な心根の人間や魔物が寄ってくる。
 出来事にも異常な現象が増え始める。
 これらの現象に明らかな因果関係を確認したのだ。

「これ、もしかしなくてもカズンが追っている虚無魔力の術者を誘き寄せるのに使えるんじゃないでしょうか?」
「今の時点の研究成果をまとめて送ってやれ。実際に虚無を追ってるカズンのほうが実態には詳しいからな」

 その夜、アイシャはカズンに研究の一部を報告するため手紙を書き、リンクを通じて送った。
 まだまだ研究の余地はあるが、どこか結界を敷いて周囲に害が及ばないエリアを強い聖なる魔力で満たし、ターゲットを封印できないだろうか? と。

 いつもなら遅くとも翌日までには返事を寄越すカズンから、そこで連絡が途絶えた。

 手紙の返信が来たのは十日後だ。


『親愛なる聖女アイシャへ

 とても有意義で有用な内容だった。宿にこもってずっと読み込んでいたんだ。返事が遅れてすまない。

 手紙を読んで、試しにこちらの神殿で聖なる魔力を込めてもらった護符を頂戴して敵を誘き寄せられないか試したんだが、魔力が足りなかったみたいだ。

 アイシャとビクトリノ、それにルシウス様にも頼んで、できるだけ強めに聖なる魔力を込めたアイテムを作ってくれないだろうか?

 カズンより』



 その手紙を聖者のビクトリノとルシウスに見せたのだが、二人揃ってものすごく難しい顔になった。

「ルシウス君よう。どうよ?」
「我ら三人の魔力を込めて壊れない材質となると……そう簡単にはないでしょうな」

 アイシャとビクトリノは同じネオングリーンの魔力なので親和性がある。
 ルシウスの魔力はネオンブルーでまた個性が違う。

「ネオン系の魔力で暖色が欲しいよなあ。ネオンピンクなら聖女ロータスだが、あのお方は今どこを巡ってるのやら」

 聖女ロータスはリンクファミリーだが、カーナ王国へは良い感情を持っていないので安易には頼めないとビクトリノが短い白髪頭を掻いていた。



 そして季節は巡り、冬が終わって春が来た。

 三月に入ってすぐ、トオンがユーグレンを連れてアイシャを迎えにルシウス邸にやってきた。
 あいにくルシウスは留守だ。

 トオンたちは徹夜続きで話し合いや情報収集に奔走して、ようやく話がまとまったらしい。
 会議などで週一頻度で顔は合わせていたが、一ヶ月以上古書店を離れて暮らしていたアイシャは、トオンの顔を見てホッとした。

「もう話し合いはいいの?」
「うん。ほら、地下に古代生物の化石が埋まったままだろ? あれを神殿が祀って国のシンボルにしようってことで……」

 カーナ王国を共和国に移行する上で、大きなアイデアが出たという。
 カーナ共和国をタックスヘイヴン、租税回避地にしてはどうか? の意見もが固まったと聞いてアイシャは驚いた。

「吹けば飛ぶような小国だからこそ、国外の資力を集めるためにさ。この方向で行くよ」
「良い話し合いができたみたいね」
「そう! それでさ、アイシャも……」

 話の先をトオンたちは続けられなかった。

「あれ? 何か変な音が……」

 ゴゴゴゴゴ……

「地鳴りか? ……ッ、伏せて頭部を守れ!」

 ユーグレンが怒鳴ると同時にドカンと轟音と同時に部屋が、いや建物全体が揺れた。
 トオンがアイシャを抱いてテーブルの下に潜り、ユーグレンや屋敷内の者たちは床に伏せた。

「余震は……少しあるな。皆、ひとまず外へ!」

 こんな日に限ってルシウスは出かけているし、神人ジューアの姿も見えない。
 間もなく日も暮れて暗くなる。

「ルシウスさん、大丈夫かしら?」
「あのお方は世界が滅んでも最後のひとりに残るお人だと思いますがね……一応探しに行きますか」

 軽口を叩いているが秘書ユキレラの顔色は良くない。

 ルシウスは用事があって王城に行っているそうなので、アイシャはトオンを連れて迎えにいくことにした。

 秘書ユキレラとユーグレンは連絡役として屋敷に残ってくれるそうなので、馬車を用意してもらい、王城へと向かうのだった。




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