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第三章 カーナ王国の混迷

カーナ王国、裏会議

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 今回、カーナ王国には聖者のビクトリノだけでなく、各国の主要神殿から神官を始めとした人材が集結しつつある。

 国の福祉機能を担う教会が今回解散したことで、孤児院や救貧院、病院などの管理部門が丸ごとすげ変わることになった。
 そのまま教会から神殿にスライドだ。

 さすがにカーナ王国ほど劇的な変化は歴史の中でも稀だが、できるだけ国民に負担をかけないよう権利の移譲や人員交代が速やかに行われている。
 表面上、カーナ王国の国民の生活が平穏に見えるのは、関係者たちが事を荒立てないよう動いているからだった。これはアイシャの望みでもある。

「各種ギルドの運営に変わりはなし、と。カーナ王国は国の成り立ちはろくでもねえのに、それでもこういうインフラを整えてくれた永遠の国はさすがだよなあ」
「この国の民はカーナに感謝すべきよ」
「侵略者だからカーナ王国へは支援しない、とならなかったところはカーナ様の偉大なとこだよな」

 商業ギルド、労働者ギルド、冒険者ギルド、医師や治療家ギルド、各種専門家のためのギルド、そして教会や神殿。
 どこも本部は永遠の国にあり、各国にあるのは支部だ。

 これら人々の生活に必要な機関や施設の基礎を整えたのが、最も古いハイヒューマンの神人カーナと言われている。
 そのカーナ姫は、自分の土地をカーナ王族に奪われはしたものの、建国後のカーナ王国には他国と同じように永遠の国からインフラ整備だけは支援していた。
 建国王たちはそんなカーナ姫の行動を見越した上で、無許可でも国興しを断行した節がある。



「しかし、聖者のビクトリノ様が来られてもこの国が不安定で危ういことに変わりはないですよね。どうするんです? 聖女のアイシャ様がいるから保ってますけど、あの方だけじゃダメでしょ、この国」
「それはな、まあ、確かに」

 秘書ユキレラの遠慮のない指摘に、ビクトリノも歯切れが悪い。

「どういうことだい? この国は共和制になるとは聞いてるけど」

 新しく皆のお茶を入れ直して料理人のゲンジが不思議そうに首を傾げた。

「オヤジさん。そもそもこの国は今、基礎が危うい。アイシャだけじゃ駄目なんだ」
「アイシャは強い聖女だが、かといって……」

 その先は姉の神人ジューアがズバリ言い切った。

「強いリーダーシップを取れる指導者がいない。リーダー不在で主導権イニシアチブを持つ者がいない。それが今のこの国最大の問題ね」

 アイシャは国を守ることに特化した聖女で、戦えるが、支配者気質を持っていない。
 恋人のトオンも彼女を支えはするが、自分が前に立つタイプとはお世辞にも言えなかった。

 ふたりの師匠ルシウスは他国の貴族だから、そもそもカーナ王国の支配権を奪う気はさらさらない。
 もし本格的に簒奪するとなると、籍のあるアケロニア王国の思惑が絡んでくることになる。
 だがアケロニア王国はカズンの父である先々王の時代に戦争行為を行わない宣言を出していて、他国に侵略する意思は今のところないはずだ。

 残るビクトリノとて、今回、臨時の神官として来国しているが本来は永遠の国の教会大司祭だ。この国に根を張るわけではない。

「聖女投稿によって王族や貴族の腐敗が知られてしまったから、アイシャの味方でも宰相や関係者たちでは国民が納得しない。元から聖女派の国軍関係者たちにもアイシャを押し退けてまでトップに立ちたいと言う者がいない」

 軍人たちは自分が上に立つぐらいなら、アイシャを女王に押し上げたいと思う者が多い。

「聖女アイシャが君臨すれば誰も文句は言わないし、むしろ歓迎するんでしょうが……」
「そのアイシャが反抗しないよう抑えつける教育を施していたのが教会だ。アイシャ自身、今さら指導者になれと言われても困ると言って、共和制実現会議の一メンバーの立場を守っている」

 どこで誰が話し合っても、人も話もまとまらないわけだ。
 本当なら国民はアイシャに率いてもらいたいと思っているのに、当のアイシャでは不適格なのだから。



「それだとやはり、本来の土地の所有者たる神人カーナ様に返還するのが良いのでしょうねえ」

 秘書ユキレラの指摘に皆も頷いた。

「けれど今のこの国にカーナを連れてくるなんて、危なくって」

 神人ジューアが麗しの顔に憂いを帯びさせた。
 本当なら五百年前の時点で、あと十数年もすれば現在の王都地下にある古代生物は内蔵していた邪気や穢れが自然消滅するはずだったとジューアは聞いていた。

 そこに国を興して真上に王都を作ったものだから、消えかけていた邪気も穢れも一気に刺激されてしまい、活性化して元の木阿弥だ。
 ましてや賎民呪法などという邪法を使い、聖女聖者を縛るばかりか、国内に入ると術の影響に強制的に絡め取られてしまう。
 これまで、国外の聖女聖者たちが、カーナ王国に救いの手を出せなかった理由だ。

「推測なんだけど、この国の外周に張られていた結界は、カーナを捕捉するのが主目的だったんじゃないかって思うのよ。ここの土地にはカーナの息子が眠ってるし、狙ってたわよね」
「初代聖女エイリーや歴代の聖女聖者たちじゃ足りなかった。ならもっと……と考えてカーナ様に目をつけたか……この国、深掘りすればするほど闇が出てくるな?」

 どの国にも多かれ少なかれ後ろ暗いところはあるものだが、カーナ王国の狡猾さは群を抜いている。

「この国のヤバいところは、あの新聞記事が出る前は王家も王太子もふつうに国民から尊敬されてたってことだよな」
「王太子たちがアイシャを虐げていることも、まったく知らなかったみたいですからね」

 だからこそ、聖女投稿が新聞掲載されて上も下も大騒ぎになったのだ。

「特に報告書にあった〝賎民呪法〟は不味い。一回、国内を徹底的に調査して残ってる術式の残骸まで完全に除去せねば」
「姉様。あれはいい加減、禁術指定すべきです」
「わかってる。だけど一国を丸々支配するほどの術だから、並の術者じゃ構造にセーフティ機能を組み込めない。やはりカーナを連れて来ないと話にならないわ」

 というわけで、やるべきことは。

「ルシウス。調査、早めに頼むぜ」
「まずは国境、国の外周から。ぐるっと一回りするわよ」

 ビクトリノと姉ジューアに既に決定事項のように言われて、ルシウスは嘆息した。
 しかも姉と一緒まで確定ときた。こわい。

「私はあまり細かいことには向かないのだが……」
「お供したいですが、俺はサルモーネの運営があるので……」

 申し訳なさそうに秘書ユキレラが頭を下げた。故郷でなら侍従を兼ねた秘書として側にいたユキレラだが、この国に基盤を築きつつある今、二人して王都を不在にはしないほうが良いだろう。

 かくして方針は定まった。
 表の共和制実現会議ではまだ不毛でも議論を続けさせる。王家が倒れる前の行政機能はそのまま問題なく動いているから極論すれば共和国への移行リミットはない。

 裏では、王都地下の古代生物と、カーナ王国を崩壊に至らせた賎民呪法の本格的調査と対処を。

 表裏はそれぞれ別に動いているが、宰相と聖女アイシャ、初代聖女エイリーの息子で元国王のトオンの三名にだけは経過を報告することになっている。

 事後報告のみでアイシャとトオンを裏会議に参加させないのは、これ以上の負担をアイシャにかけないためだった。
 何でもかんでもアイシャを関わらせていたら、それこそ身動きが取れなくなってしまう。


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