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第三章 カーナ王国の混迷
トオンの異母弟
しおりを挟む『たすけて……たすけて……!』
最近のアイシャは夢見が悪い。
夢の中で何度も何度も同じ言葉で助けを乞われて、ハッと気づいたらもう朝になっている。
時期的にこの半月ほど頻繁になってきて、誰のものかもわからない声は悲壮さを増してきている。
そして悪夢はあるときを境に、ぴたりと止まった。
けれどただ止まっただけで、アイシャの中には妙な胸騒ぎが燻り続けた。
アイシャとトオンの師匠ルシウスが王都に開いたレストラン・サルモーネはなかなかの盛況だ。
一度大きなトラブルに見舞われたものの、すぐに解決して軌道に乗り、試験営業を終えて現在では本営業として朝、昼、夜の三部営業を開始している。
昼と夜営業では店名の通りサーモン料理がメインだが、朝営業ではパンケーキやサンドイッチ類、食事代わりになるスコーンやクッキー、カップケーキなども販売している。
もちろん店内でコーヒーや紅茶、ジュース類などと一緒にイートインも可能だ。
もう十二月に入った寒い季節なこともあって、カップ入りのスープ類が案外人気である。今日のスープはカーナ王国でよく飲まれているチキンスープと、サルモーネ本店の人気メニューだという野菜とショートパスタ入りのミネストローネだ。
カーナ王国では軽食といえばタコスやブリトーのように、コーンや小麦粉の皮で具材を挟んだり、くるくるっと丸めたりするファストフードが主流だった。
そこに、薄切りの食パンでたくさんの具材を挟んで圧縮し、表面をカリッと焼いたホットサンドをレストラン・サルモーネが提供し始めて、たちまち人気となった。
そればかりか、店の母体であるルシウスの実家リースト侯爵家がホットサンド用のフライパンを店頭のレジ横に置いて販売したものだから、これがまた売れに売れた。
最近では本国のアケロニア王国から輸入するのでなく、カーナ王国現地の鍛冶屋に作らせるようになって、地域産業の活性化に一役買っているらしい。
「卵サラダのホットサンド美味いなー」
「こっちのトマトとチーズのもね」
「日替わりの鮭入りポテトコロッケとキャベツスライスのはヤバい。アイシャ、半分どう?」
「いただくわ!」
薄切り食パンにスライスチーズ、コロッケ、キャベツスライスをたっぷり乗せてソースとマスタードで味付けされた日替わりホットサンドが大変ボリューミーで美味だった。
頬をほんのり染めて嬉しそうにホットサンドにかぶりついているアイシャだが、少し目元に疲労の痕跡がある。
ここ数日、アイシャの調子が良くない。
どうも夢見が悪いそうで、睡眠の浅い夜が続いているらしい。
古書店の建物でも食堂でぼんやりしていることが多く、外出も控えていた。
「アイシャ、大丈夫? 調子が悪いならこの後の会議は俺だけで行くよ?」
「大丈夫。美味しい朝ごはんで英気を養ってバッチリよ」
今日はこの後、共和制実現会議の定例会議にふたり揃っての参加予定だった。
ルシウスがサルモーネのスタッフたちと打ち合わせをしているというので、終わった頃を見計らって彼と一緒に会議会場の王城に向かう。
店内で食事しながら待っていたが、ルシウスが来るにはまだもう少し時間がかかりそうだとサルモーネのマネージャー、秘書ユキレラが伝えにきた。
サービスで追加の食後のコーヒーを貰ったので、ふたりしてまったりとしていた。
アイシャは自分たちに認識阻害の魔法をかけているので、聖女アイシャや〝クーツ元国王〟のそっくりさんの金髪美形のトオンに気がつく者は少ない。認識してもすぐ記憶から薄れていく設定にしてある。
普段のアイシャは聖女として目立つことが様々な抑止力となるが、プライベートで出かけるときはこのように小技を使っている。
盛況のサルモーネ店内は朝の時間帯からほぼ満席だ。
ルシウスによく似た青銀の髪に麗しの容貌の若いスタッフが男女一人ずつ、あとは地元民のスタッフが何名か忙しそうに動き回っている。
客層は様々だが、周辺の店より少し高めの価格帯設定のせいか、近隣の商会の社員たちや、これから旧王城に登城する官僚と思しき身だしなみのしっかりした男性が目立つ。
そのうちの、アイシャたちの近くにいたテーブルの数名がカーナ王族の他愛ない噂話をしていた。話題からすると彼らも王城関係者のようだ。
「結局、王族の直系は退位した元国王とレイ王子だけか。元国王は聖女様が悪さをしないよう監視すると聞いていたが……」
ゴホ、ゴホッとトオンが飲んでいたコーヒーに咽せた。
その元国王様、ここにいます。
トオンはアイシャの元婚約者だったクーツ王太子の振りをしてカーナ国王に即位し、ごく短期間で退位している。
「レイ王子はどうなったんでしたっけ? そういえば全然聞かないですね」
「確か国外に逃亡したとか何とか」
「戻ってくるんでしょうか?」
「それもわからないな。戻ってきて居場所があるわけでもなし」
本当にその場限りの雑談だったようで、彼らもホットサンドの朝食セットをささっと平らげてすぐ店を出て行った。
「レイ王子って、確か俺の異母弟だっけ?」
「そうね。父親はあなたと同じアルター国王。母親は王都の元娼婦だった方よ」
運が良かったのか悪かったのか。アルター国王に見染められてしまい、王城に愛妾として召し上げられてトオンの異母弟レイ王子を産んだ。
カーナ王家の始祖から続く直系の子孫は、庶子トオンがまず一人。
実はもう一人だけ生き残りがいた。
それが先ほど客たちが噂していた、亡きアルター国王が娼婦との間に作った子供で、レイ王子という。
今年四歳のまだ幼児である。
トオンと同じ、ということは父親のアルター国王から受け継いだ金髪と、やはり父親と同じ紫の瞳を持っていた。容貌も国王似だったことから庶子でなく王子として認められたと言われている。
約十ヶ月前、クーツ王太子が賎民呪法の魔導具を間違った使い方をしたせいで、新たな聖女の候補者が正しく選定されなかった。
結果、王族として力の弱い者から順に、国の穢れの犠牲になっていった。
まず最初に、国王と女官長の間に生まれたコーネリア王女が命を落としている。当時まだ三歳の幼児だった。
母親違いの同い年のレイ王子は、コーネリア王女の訃報を聞いた母親の娼婦が即座に着の身着のまま馬車に乗り、王都を、そしてカーナ王国自体から逃げ出している。
そのため国の穢れの被害は受けず、他国で今も無事だとアイシャは聞いていた。
母親に関しては元娼婦とはいえ、前国王が自分の愛妾として一定の地位を保証していた。
息子レイにも王子の身分と称号を与え、王統譜にも記入させて、れっきとした王族として扱っていたとアイシャは記憶している。
「近いうち、母子に会いに行ってみない? 俺も弟に会ってみたいしね」
トオンはそう言っていたのだが、この後向かった王城での共和制実現会議でまさかの急報があった。
※ホットサンド用のフライパンは縁が圧着できるタイプをおすすめします……中にたくさん具材入れてもこぼれないように!
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