上 下
116 / 292
第二章 お師匠様がやってきた

聖女アイシャの決意

しおりを挟む
 決めた、とアイシャは言った。

「私、この手の邪悪なものに対処する専門家になるわ」

 それが結果的に人々の心を救う道に繋がると信じて。

 心が定まるとアイシャのリンクが一際強く輝いた。
 “世界”にその決意が受け入れられた証拠だった。
 食堂内にはアイシャのオレンジに似た爽やかな芳香が充満している。

「ならばアイシャ。お前はこの国に神殿を誘致することだ。神殿のカーナ王国支部を王都に設置して、代表となるように」
「神殿」

 教会と同じように、本部が円環大陸の神秘の国、永遠の国にある摂理の研究機関である。

「カズン様の件で虚無魔力の使い手が確認されて以降、神殿が対応策の研究に動いている。世界を崩壊させかねない邪気を、永遠の国も放置しておけないと判断した。その研究部門を丸ごとカーナ王国支部として誘致するんだ」
「でも、神殿を設置できる場所なんてこの王都にあるかな?」
「王宮の一部を改修しても良いだろうし、もしくは」

 ニヤリとルシウスが笑った。
 麗しの男前の彼がそういう顔をすると、ものすごい悪事を企んでいるように見える。

「王都の教会を撤収させて、跡地をそのまま神殿に使えばいい」
「「それでいこう」」

 教会のカーナ王国支部は、かなり大きな失態をやらかしている。
 司祭の勝手な判断で聖女アイシャの判断基準を歪めさせ、ありもしない神の声の元になった、一部の者たちだけに都合の良い倫理や道徳感を植え付けさせた元凶のひとつなのだ。

 それに教会関係者の世話役に受けた屈辱に関しては、アイシャは今も許していない。

 元婚約者だったクーツ王太子や不貞相手の公爵令嬢ドロテア、彼らの取り巻きや王宮内で彼らにおもねってアイシャを虐げた者たちは既に断罪されている。
 また、『聖女投稿』によって相応の社会的制裁も受けていた。

 最後に残るのが、教会だった。
 教会がアイシャに対して行った勝手な“指導”は、教会本部の大司祭、聖者ビクトリノを激怒させている。
 そもそも、聖女アイシャの不自然な状況に不信感を覚えた彼が、同じ魔術師フリーダヤと聖女ロータス系列の魔力使いだった後輩魔術師カズンに調査を依頼したことが、アイシャに関することの発端なのだ。

 なぜ現在まだ見逃されているかといえば、理由がある。
 王都地下の邪悪な古代生物こそ浄化され、それが原因による魔物の大侵攻スタンピードの危機は去った。
 だが、依然として国内に魔物は出るし、その危険を防ぐための結界のための魔導具などを管理しているのが教会だった。
 カーナ王国建国期からずっと、国の聖女聖者を教育し支援するための機関として。

 アイシャは今も定期的に教会から魔導具や宝具の類を借り受けて、魔物討伐のために働いている。
 何か制裁を加えて関係がこれ以上悪化すれば、彼らから協力を得られなくなる可能性があった。
 大掛かりな国土全体に張り巡らせている結界はまだアイシャが張っている。
 そのためには教会が持つ専用の錫杖や宝冠などが必要だった。
 さすがに500年間、彼らが建国期から管理してきたものを、聖女だからといってアイシャが奪うわけにもいかなかった。



「聖女アイシャのためのバックアップ機能を、今後は新しく設置する神殿に移すってことか……でもそんな大掛かりなこと、実際できるものなんですか」

 教会自体はどこの国にもある。
 人々に生活のための倫理道徳を教え、また困窮者や孤児への支援を行う慈善団体としての側面もある。
 また、上は王族から下は平民まで、婚姻を司るのは教会だった。

「神殿が設置されるなら、教会組織をそのまま神殿の下部組織に組み込んでしまえばいい。まあ、その辺はビクトリノが上手くやってくれるだろう」

 あのオッサンは、カーナ王国の王都の教会支部に対して、いつどのようなお仕置きをするかウズウズしている。
 今はまだ厳重注意だけで、お仕置きらしいお仕置きはしていないと聞いている。
 一番の被害者のアイシャからのアクションを待っているものと思われる。

「アイシャはトオンと相談しながら、ビクトリノ宛の手紙を書くように。書き上げたらリンクを通じてビクトリノに送ればいい」

 あとは彼と永遠の国、教会本部、神殿本部が上手く取り計らってくれることだろう。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】魅了が解けたあと。

恋愛
国を魔物から救った英雄。 元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。 その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。 あれから何十年___。 仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、 とうとう聖女が病で倒れてしまう。 そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。 彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。 それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・ ※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。 ______________________ 少し回りくどいかも。 でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

破壊のオデット

真義あさひ
恋愛
麗しのリースト伯爵令嬢オデットは、その美貌を狙われ、奴隷商人に拐われる。 他国でオークションにかけられ純潔を穢されるというまさにそのとき、魔法の大家だった実家の秘術「魔法樹脂」が発動し、透明な樹脂の中に封じ込められ貞操の危機を逃れた。 それから百年後。 魔法樹脂が解凍され、親しい者が誰もいなくなった時代に麗しのオデットは復活する。 そして学園に復学したオデットには生徒たちからの虐めという過酷な体験が待っていた。 しかしオデットは負けずに立ち向かう。 ※思春期の女の子たちの、ほんのり百合要素あり。 「王弟カズンの冒険前夜」のその後、 「聖女投稿」第一章から第二章の間に起こった出来事です。

断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が真実を白日の下に晒す最高の機会を得たお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。