上 下
114 / 292
第二章 お師匠様がやってきた

最強聖女爆誕

しおりを挟む
 翌朝、トオンとルシウスはフラフラになって帰ってきたかと思えば、ふたりして盛大に吐いて項垂れていた。
 どうやら夜通し店を変え続けて飲んでいたらしい。

 ふたりを連れ帰ってくれたパン屋のミーシャおばさんが事情を説明してくれた。

「参っちゃうよ。朝起きたら居間で全員、素っ裸で転がってるんだもん。うちのお母ちゃん、もうカンカンよ? あ、ルシウスさんとトオンはいいもの見せてもらったわ。アイシャちゃん、ごめんねー?」
「……いいのよ。ふふ、私もお説教しなきゃね」

 微笑んではいたが、アイシャの飴のような茶色の目はすっかり据わっていた。



 食堂で、対面の席に青ざめながらも神妙な顔つきのトオンとルシウスを二人並べて座らせた。
 アイシャは如何に飲み過ぎが身体に良くないことか、また連絡もなく外泊して帰って来なかったふたりをどれだけ自分が心配したかをお説教した。

 そしてアイシャのステータスには『説法』スキルが生えた。

「もう。ふたりとも約束してね? お酒はダメよ?」
「……はい」

 トオンは素直によい子のお返事だったのだが、ルシウスは抵抗した。

「い、いや、私は約束などしないぞ、我が故郷はウイスキーの産地でもある! 酒の酩酊のない人生など、」
「ルシウスさん?」

 往生際が悪い。

「ハッ! そ、そうだ、そもそも何も準備せず深酒したのが良くなかったのだ。悪酔いせぬよう、専用ポーションを用意しておけば次からこのような醜態は」

「ルシウスさん?」

 アイシャは圧力を弱めなかった。

「………………申し訳ない。もう二度と迷惑かけるような深酒をしないよう心がけます」

 アイシャに向けて深く深く頭を下げたルシウスだった。負けた。
 だが譲れないところは引かなかった。酒を止めるとは決して言わない。そこはさすがだ。

「ルシウスさんに頭下げさせたか……俺の彼女、すごくない?」



 二日酔いでぐったりしているふたりは普通の食事が取れなかったので、アイシャは彼らのために喉越しの良いフルーツゼリーを作った。

 ココナッツウォーターにピューレ状にした完熟マンゴーを混ぜてゼラチンで固めただけのシンプルゼリーだ。
 ココナッツの実から取れるココナッツウォーターは、カーナ王国では水分補給のため日常的によく飲まれているものだ。
 街路樹に生えている樹木からなら、誰でも自由に取って食用にできる。

 マンゴーは昨日の夕方、商店街まで出かけて八百屋で購入してきたものを使った。

 ゼリーは材料さえあれば簡単に作れるし、氷の魔石を上手く使えば短時間で固めることが可能だった。
 本当なら昨晩の夕食後のデザートにするつもりが、同居人の男たち二人は朝帰り。
 結果として二日酔い二人のご飯になってしまった。

「……美味い」
「酒で荒れた胃に染みるなあ……」

 二日酔いの男どもに好評だった。
 だがこのふたり、食べ終えて休んでもまったく使いものにならないのだ。
 古書店も臨時休業の札を出して、プリプリ怒りながらも世話をするアイシャだった。

「ルシウスさん。どう? このゼリー」

 アイシャがミーシャおばさんから貰ったゼリーのレシピでは、ココナッツミルクで作る濃厚タイプだった。
 ただ、アイシャの今の同居人のトオンとルシウスは男性なので、もっと爽やかであっさり食べやすいものがいいなと思って工夫したのが今回作ったココナッツ風味のマンゴーゼリーだった。

「合格! これなら調理スキルを充分使いこなしていると言えよう! ……うっ」

 良い笑顔で親指をぐっと立ててくれたルシウスだが、直後、自分の声で頭痛に沈んだ。
 何ともダメなお師匠様であった。



 その後、トオンがこの出来事を書いた手紙をリンク経由でカズンに送ると、ものの数分でアイシャ宛のメモが返ってきた。


『我が友アイシャ、お前こそが最強だ(笑)』


「ほんと、俺の彼女、最強。最高」


 トオンが母親に対して抱いていた思いへのコメントは特になかった。
 そういう気遣いがカズンは抜群に上手い。



 夕方になる頃にはトオンもルシウスも何とか二日酔いから回復していた。
 というより、ルシウスが自分の手持ちの二日酔いポーションを出してきて飲んでようやく、といったところだ。

 夕食後、ハーブティーを飲みながら食堂でカズンから返ってきたアイシャ最強認定メモで盛り上がり、ふと話が途切れたところで、ぽつりとトオンが小さく呟いた。

「……お袋は俺にとっては素敵な母親だったよ。働き者で思いやりがあって、飯は不味いけど手先は器用だ。だけど聖女としてはダメ女だった。そういうことだ」
「カーナ王国の聖女でさえなければねえ」

 アイシャも嘆息するしかない。
 あまりにも非道だったカーナ王家ももう解体されてしまったわけで、文句を言うべき初代国王も、先代国王らももういない。

「仮定の話をしても仕方がない。これから先をどう生きていくかだ」

 ひとまず、と前置きしてルシウスはアイシャとトオンをじっと見つめた。
 特にトオンだ。

(良い顔になった。母親を受け入れて、ぼんやりしていた輪郭が定まったようだな)

 これまでも、美形で知られたカーナ王族の血筋だけあって美しく整った顔立ちの青年だったが、どこか影の薄さがあった。
 今は顔つきもはっきり引き締まっていて、蛍石の薄緑色の瞳にも力がある。
 本人の魔力も安定している。これならリンクの使いこなしも、もう問題はないだろう。

 そんなトオンを見て、ルシウスの決意が固まった。



「師匠としての私の役目に一区切りつけたいと思う。明日の朝、私はここを出ようと思う」
「「えっ!?」」

 ルシウスがここカーナ王国の王都にやってきたのは八月の下旬だ。
 修行を受けて、美味しいごはんを食べさせてもらい、途中からトオンが新聞社に聖女投稿の続編を投稿しているうちにあっという間に九月は過ぎ去ってしまった。
 気づいたらもう十月に入っている。

 まだ二ヶ月ほどしか滞在していないのに、もう行ってしまうのか?

「アイシャは調理スキルを獲得し、お前たちももう安定してリンクを使えるだろう。ならば私の役目も一区切りついたわけだ」

「えっ。帰っちゃうんですかルシウスさん!?」

 アケロニア王国に。

「いや、北東地区に荷物を置いてある家があっただろう。あそこに移ることにする」

 ルシウスがカーナ王国にやってきたとき、馬車五台分の荷物を携えていた。
 その荷物を仮置きしている庭と倉庫付きの小さな家のことだ。

「永遠の国から正式に、この王都地下の古代生物の化石の調査をするよう依頼を受けていてな。まだしばらくはカーナ王国にいる予定だ」

 もちろん、アイシャとトオンはいつでも訪ねてきて良いし、ダンジョン探索の際は声をかけてほしいとも。
 それにまだ魔力使いとしてレクチャーしたいことは山ほどある。

「じゃあ、定期的にダンジョン探索で合流するときに、またいろいろ教えてほしいです」
「そうね。週一か週二ぐらいの間隔で」

 まだ王都にいてくれるなら安心だ。
 何だかんだいって、彼が保護者として側にいてくれる安心感は強い。



「最後に、ここを出ていく前にお前たちに話しておくことがある」

 そう言ってルシウスが自分のリンクの中のアイテムボックスからあるものを取り出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

あなたをかばって顔に傷を負ったら婚約破棄ですか、なおその後

アソビのココロ
恋愛
「その顔では抱けんのだ。わかるかシンシア」 侯爵令嬢シンシアは婚約者であるバーナビー王太子を暴漢から救ったが、その際顔に大ケガを負ってしまい、婚約破棄された。身軽になったシンシアは冒険者を志して辺境へ行く。そこに出会いがあった。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

【完結】魅了が解けたあと。

恋愛
国を魔物から救った英雄。 元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。 その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。 あれから何十年___。 仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、 とうとう聖女が病で倒れてしまう。 そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。 彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。 それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・ ※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。 ______________________ 少し回りくどいかも。 でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。