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第二章 お師匠様がやってきた

解釈はトオンへ

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 トオンが一階に降りていってしばらくして、奥の部屋からアイシャがやってきた。

「トオン、どうだった?」
「自分の無意識に引き摺られているようだ。あまり良い状態ではないな」

 カーナ王族と初代聖女エイリー、両方の血を引くトオンは、どちらの因業にも関与している。
 結果、今まだトオンのリンクは安定しない。出せても輝きが鈍い。
 上手くいったと思ったらすぐまた失敗の連続なことは傍から見ていても、またアイシャから聞いた話でも把握していた。

「ルシウスさん。トオンのこと、ありがとう。私が何か言うより、同じ男の人のほうがよかったわよね」
「……アイシャ。お前はどうなのだ? お前こそ、初代聖女エイリーに思うところがあるはずだろう?」

 しかしアイシャは首を振った。

「エイリー様の置かれていた状況を考えると、恨み言は言えないわ。あの人多分、かなりギリギリだったと思う」

 その中で限界まで自分にできることをしていたことが、彼女の残していた手記や持ち物などの痕跡から読み取れる。
 だから恨むことはできない、とアイシャは言った。
 ましてや、賎民呪法の悍ましい実態を把握した今となっては尚更だった。
 彼女は確かに愚かな人間だったかもしれないが、あまりにも置かれていた環境が悪すぎる。

 それにエイリーは“時を壊す”を果たしてから現在まで500年近く生き続けて、その間ずっとカーナ王国に押し潰されてきた聖女だ。
 そろそろ限界ではなかったかとアイシャは考えている。



「……そうかもな。ましてやトオンという子供まで産んでいる。少なくとも魔力をごっそり失ったはずだ」

 魔力使いの世界では、子供を産んだ経産婦の魔力量が減少することは暗黙の了解とされている。
 そもそも生きているだけで加齢とともに人間の魔力や体力、生命力はすり減っていくのだ。
 リンク使いの場合、その生物的な問題の克服に血道をあげている研究者もいるほどだった。

 “時を壊す”とは、特に魔力量の多い魔力使いに偶発的に起こる現象のことだ。
 これを果たした魔力使いは寿命が消失し、そこで存在として完成する。
 経年による魔力を含む存在全体の“力”の消耗がなくなると言われている。
 その後は自分の持てるすべての“力”で世界の外の“虚空”への穴を開けて、そこから自由へ向けて旅立つとされる。
 この世界には、外にも同じような世界がたくさんあって、新世代魔力使いのリンク使いの場合、それら異次元世界への旅が共通の夢なのだ。

 800年生きている魔術師フリーダヤは魔力使いたちにリンクを伝えることを己の使命にしているからまだこの世界に残っている。
 たまにルシウスの前に現れてご教訓めいたことを告げていくのもその一環だ。

 同じく800年物の聖女ロータスはまだ飽くなき力を追求し続けているから自由には興味が薄い。
 他のファミリーの仲間たちだと、やはり自由を求めて日々研鑽を続けているとルシウスは聞いている。

 だが、リンクの使えない旧世代の魔力使いとなると話は違ってくる。
 “時を壊す”で得た莫大な魔力を、自由のためでなく自分の執着や欲望のために使うことが多い。
 過去、富や名声の獲得に力を注いだ者が王となった。そういう始祖を持つ国は案外多かった。



「エイリー様が消える寸前、私はリンクを触られたの。そのとき彼女からありったけの魔力を渡されたのよ」

 先ほどトオンが座っていたベッドにアイシャを促して、今度はこちらの話を聞くことにした。

「彼女、元は自分を生贄にして、私に邪悪な古代生物の浄化をさせるつもりだったのよね。私やトオンがリンクを発現させているのを見て、自分の魔力を私に明け渡したほうが良いと判断したみたいだったけど」

 エイリーが消える寸前、アイシャのリンクを掴んだのは、彼女の聖なる魔力をアイシャに充填するためだった。
 本来なら彼女自身が自由へと飛翔するための大事な力だ。

「でも、それにトオンやカズン、ビクトリノ様の魔力を合わせても浄化には足りなかったの。だから私自身、自分の身を生贄としてこの国に捧げる誓いを立てて虚空から“力”を得なきゃならなかった」

 思い出すように言って、アイシャは目を閉じて嘆息した。

 確かに下女マルタとしての彼女には、様々なことで助けてもらっていた。
 王宮にいたときは時折菓子を貰っていたし(飯マズの彼女だが“菓子マズ”ではなかったようで案外美味しかった!)、クーツ王太子に破損されてしまったが国の穢れを緩和する魔導具のスカーフなども渡してくれていた。
 アイシャがトオンの古書店にやってきてからも、差し入れや、腹巻きの形での魔導具などの支援などずっとしてくれていたことをよく覚えている。

 ただそのどれもが、根本的や解決からは程遠かった。

 聖女エイリーの話題は、関係者にとっては悩みの種だ。
 今となっては実の息子トオンによる解釈次第なところがある。

「トオンは彼女のこと、どう折り合いをつけるのかしら。上手く消化できるといいのだけど」



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