111 / 292
第二章 お師匠様がやってきた
解釈はトオンへ
しおりを挟む
トオンが一階に降りていってしばらくして、奥の部屋からアイシャがやってきた。
「トオン、どうだった?」
「自分の無意識に引き摺られているようだ。あまり良い状態ではないな」
カーナ王族と初代聖女エイリー、両方の血を引くトオンは、どちらの因業にも関与している。
結果、今まだトオンの環は安定しない。出せても輝きが鈍い。
上手くいったと思ったらすぐまた失敗の連続なことは傍から見ていても、またアイシャから聞いた話でも把握していた。
「ルシウスさん。トオンのこと、ありがとう。私が何か言うより、同じ男の人のほうがよかったわよね」
「……アイシャ。お前はどうなのだ? お前こそ、初代聖女エイリーに思うところがあるはずだろう?」
しかしアイシャは首を振った。
「エイリー様の置かれていた状況を考えると、恨み言は言えないわ。あの人多分、かなりギリギリだったと思う」
その中で限界まで自分にできることをしていたことが、彼女の残していた手記や持ち物などの痕跡から読み取れる。
だから恨むことはできない、とアイシャは言った。
ましてや、賎民呪法の悍ましい実態を把握した今となっては尚更だった。
彼女は確かに愚かな人間だったかもしれないが、あまりにも置かれていた環境が悪すぎる。
それにエイリーは“時を壊す”を果たしてから現在まで500年近く生き続けて、その間ずっとカーナ王国に押し潰されてきた聖女だ。
そろそろ限界ではなかったかとアイシャは考えている。
「……そうかもな。ましてやトオンという子供まで産んでいる。少なくとも魔力をごっそり失ったはずだ」
魔力使いの世界では、子供を産んだ経産婦の魔力量が減少することは暗黙の了解とされている。
そもそも生きているだけで加齢とともに人間の魔力や体力、生命力はすり減っていくのだ。
環使いの場合、その生物的な問題の克服に血道をあげている研究者もいるほどだった。
“時を壊す”とは、特に魔力量の多い魔力使いに偶発的に起こる現象のことだ。
これを果たした魔力使いは寿命が消失し、そこで存在として完成する。
経年による魔力を含む存在全体の“力”の消耗がなくなると言われている。
その後は自分の持てるすべての“力”で世界の外の“虚空”への穴を開けて、そこから自由へ向けて旅立つとされる。
この世界には、外にも同じような世界がたくさんあって、新世代魔力使いの環使いの場合、それら異次元世界への旅が共通の夢なのだ。
800年生きている魔術師フリーダヤは魔力使いたちに環を伝えることを己の使命にしているからまだこの世界に残っている。
たまにルシウスの前に現れてご教訓めいたことを告げていくのもその一環だ。
同じく800年物の聖女ロータスはまだ飽くなき力を追求し続けているから自由には興味が薄い。
他のファミリーの仲間たちだと、やはり自由を求めて日々研鑽を続けているとルシウスは聞いている。
だが、環の使えない旧世代の魔力使いとなると話は違ってくる。
“時を壊す”で得た莫大な魔力を、自由のためでなく自分の執着や欲望のために使うことが多い。
過去、富や名声の獲得に力を注いだ者が王となった。そういう始祖を持つ国は案外多かった。
「エイリー様が消える寸前、私は環を触られたの。そのとき彼女からありったけの魔力を渡されたのよ」
先ほどトオンが座っていたベッドにアイシャを促して、今度はこちらの話を聞くことにした。
「彼女、元は自分を生贄にして、私に邪悪な古代生物の浄化をさせるつもりだったのよね。私やトオンが環を発現させているのを見て、自分の魔力を私に明け渡したほうが良いと判断したみたいだったけど」
エイリーが消える寸前、アイシャの環を掴んだのは、彼女の聖なる魔力をアイシャに充填するためだった。
本来なら彼女自身が自由へと飛翔するための大事な力だ。
「でも、それにトオンやカズン、ビクトリノ様の魔力を合わせても浄化には足りなかったの。だから私自身、自分の身を生贄としてこの国に捧げる誓いを立てて虚空から“力”を得なきゃならなかった」
思い出すように言って、アイシャは目を閉じて嘆息した。
確かに下女マルタとしての彼女には、様々なことで助けてもらっていた。
王宮にいたときは時折菓子を貰っていたし(飯マズの彼女だが“菓子マズ”ではなかったようで案外美味しかった!)、クーツ王太子に破損されてしまったが国の穢れを緩和する魔導具のスカーフなども渡してくれていた。
アイシャがトオンの古書店にやってきてからも、差し入れや、腹巻きの形での魔導具などの支援などずっとしてくれていたことをよく覚えている。
ただそのどれもが、根本的や解決からは程遠かった。
聖女エイリーの話題は、関係者にとっては悩みの種だ。
今となっては実の息子トオンによる解釈次第なところがある。
「トオンは彼女のこと、どう折り合いをつけるのかしら。上手く消化できるといいのだけど」
「トオン、どうだった?」
「自分の無意識に引き摺られているようだ。あまり良い状態ではないな」
カーナ王族と初代聖女エイリー、両方の血を引くトオンは、どちらの因業にも関与している。
結果、今まだトオンの環は安定しない。出せても輝きが鈍い。
上手くいったと思ったらすぐまた失敗の連続なことは傍から見ていても、またアイシャから聞いた話でも把握していた。
「ルシウスさん。トオンのこと、ありがとう。私が何か言うより、同じ男の人のほうがよかったわよね」
「……アイシャ。お前はどうなのだ? お前こそ、初代聖女エイリーに思うところがあるはずだろう?」
しかしアイシャは首を振った。
「エイリー様の置かれていた状況を考えると、恨み言は言えないわ。あの人多分、かなりギリギリだったと思う」
その中で限界まで自分にできることをしていたことが、彼女の残していた手記や持ち物などの痕跡から読み取れる。
だから恨むことはできない、とアイシャは言った。
ましてや、賎民呪法の悍ましい実態を把握した今となっては尚更だった。
彼女は確かに愚かな人間だったかもしれないが、あまりにも置かれていた環境が悪すぎる。
それにエイリーは“時を壊す”を果たしてから現在まで500年近く生き続けて、その間ずっとカーナ王国に押し潰されてきた聖女だ。
そろそろ限界ではなかったかとアイシャは考えている。
「……そうかもな。ましてやトオンという子供まで産んでいる。少なくとも魔力をごっそり失ったはずだ」
魔力使いの世界では、子供を産んだ経産婦の魔力量が減少することは暗黙の了解とされている。
そもそも生きているだけで加齢とともに人間の魔力や体力、生命力はすり減っていくのだ。
環使いの場合、その生物的な問題の克服に血道をあげている研究者もいるほどだった。
“時を壊す”とは、特に魔力量の多い魔力使いに偶発的に起こる現象のことだ。
これを果たした魔力使いは寿命が消失し、そこで存在として完成する。
経年による魔力を含む存在全体の“力”の消耗がなくなると言われている。
その後は自分の持てるすべての“力”で世界の外の“虚空”への穴を開けて、そこから自由へ向けて旅立つとされる。
この世界には、外にも同じような世界がたくさんあって、新世代魔力使いの環使いの場合、それら異次元世界への旅が共通の夢なのだ。
800年生きている魔術師フリーダヤは魔力使いたちに環を伝えることを己の使命にしているからまだこの世界に残っている。
たまにルシウスの前に現れてご教訓めいたことを告げていくのもその一環だ。
同じく800年物の聖女ロータスはまだ飽くなき力を追求し続けているから自由には興味が薄い。
他のファミリーの仲間たちだと、やはり自由を求めて日々研鑽を続けているとルシウスは聞いている。
だが、環の使えない旧世代の魔力使いとなると話は違ってくる。
“時を壊す”で得た莫大な魔力を、自由のためでなく自分の執着や欲望のために使うことが多い。
過去、富や名声の獲得に力を注いだ者が王となった。そういう始祖を持つ国は案外多かった。
「エイリー様が消える寸前、私は環を触られたの。そのとき彼女からありったけの魔力を渡されたのよ」
先ほどトオンが座っていたベッドにアイシャを促して、今度はこちらの話を聞くことにした。
「彼女、元は自分を生贄にして、私に邪悪な古代生物の浄化をさせるつもりだったのよね。私やトオンが環を発現させているのを見て、自分の魔力を私に明け渡したほうが良いと判断したみたいだったけど」
エイリーが消える寸前、アイシャの環を掴んだのは、彼女の聖なる魔力をアイシャに充填するためだった。
本来なら彼女自身が自由へと飛翔するための大事な力だ。
「でも、それにトオンやカズン、ビクトリノ様の魔力を合わせても浄化には足りなかったの。だから私自身、自分の身を生贄としてこの国に捧げる誓いを立てて虚空から“力”を得なきゃならなかった」
思い出すように言って、アイシャは目を閉じて嘆息した。
確かに下女マルタとしての彼女には、様々なことで助けてもらっていた。
王宮にいたときは時折菓子を貰っていたし(飯マズの彼女だが“菓子マズ”ではなかったようで案外美味しかった!)、クーツ王太子に破損されてしまったが国の穢れを緩和する魔導具のスカーフなども渡してくれていた。
アイシャがトオンの古書店にやってきてからも、差し入れや、腹巻きの形での魔導具などの支援などずっとしてくれていたことをよく覚えている。
ただそのどれもが、根本的や解決からは程遠かった。
聖女エイリーの話題は、関係者にとっては悩みの種だ。
今となっては実の息子トオンによる解釈次第なところがある。
「トオンは彼女のこと、どう折り合いをつけるのかしら。上手く消化できるといいのだけど」
13
お気に入りに追加
3,953
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
破壊のオデット
真義あさひ
恋愛
麗しのリースト伯爵令嬢オデットは、その美貌を狙われ、奴隷商人に拐われる。
他国でオークションにかけられ純潔を穢されるというまさにそのとき、魔法の大家だった実家の秘術「魔法樹脂」が発動し、透明な樹脂の中に封じ込められ貞操の危機を逃れた。
それから百年後。
魔法樹脂が解凍され、親しい者が誰もいなくなった時代に麗しのオデットは復活する。
そして学園に復学したオデットには生徒たちからの虐めという過酷な体験が待っていた。
しかしオデットは負けずに立ち向かう。
※思春期の女の子たちの、ほんのり百合要素あり。
「王弟カズンの冒険前夜」のその後、
「聖女投稿」第一章から第二章の間に起こった出来事です。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
あなたをかばって顔に傷を負ったら婚約破棄ですか、なおその後
アソビのココロ
恋愛
「その顔では抱けんのだ。わかるかシンシア」 侯爵令嬢シンシアは婚約者であるバーナビー王太子を暴漢から救ったが、その際顔に大ケガを負ってしまい、婚約破棄された。身軽になったシンシアは冒険者を志して辺境へ行く。そこに出会いがあった。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。