106 / 292
第二章 お師匠様がやってきた
宰相に聞いた初代聖女の話
しおりを挟む
初代聖女エイリーの話題を出すとトオンが使い物にならなくなるので、彼女絡みの調査はアイシャとふたりで行っていたルシウスだ。
自分とていつまでカーナ王国にいられるかわからない。
一緒に暮らしている間に、感情の問題に端緒を開いてやれたらと思っていた。
初代聖女エイリーについては、実はアイシャも、実の息子のトオンも、国民が一般的に知る以上のことは詳しくなかった。
ふたりに対して彼女が見せていたのは、老婆の下女マルタの姿だったためである。
それでもアイシャのほうは、歴代の聖女聖者から伝わる四つ葉のブローチ型の魔導具に記憶されていた情報で、ある程度の実像を把握している。
それ以外のこと、特に客観的な視点から見た初代聖女エイリーのことをルシウスは知りたかった。
そこでアイシャが紹介してきたのは、前国王アルター、そしてクーツ元王太子に扮して即位したトオンの宰相だった人物だ。
名前をルーファス・ベルトランという。
建国期から代々宰相職や王族の側近を務めている侯爵で、年は七十代と高齢。髪も、長い顎髭も真っ白だ。
見た目から受ける印象は、『穏やかながら切れ者』といった感じだろうか。
既にカーナ王国は王政国家から共和国制へと転換することが決定している。
その中核人物のひとりとして、まだ王宮に留まって、革命派の人物と新しい国家の方針策定に動いているという。
そしてこのルーファスのベルトラン侯爵家こそが、500年前に初代国王から初代聖女エイリーを『下げ渡し』された家だった。
それだけあって、彼のベルトラン侯爵家にはカーナ王家とは違った建国期の真実を現在まで伝えてきている。
ベルトラン侯爵家が伝える初代国王トオンと聖女エイリーの話は、一般の国民には知られていないエピソードが満載だった。
エイリーが後の建国の祖トオンと出逢ったのは、トオンがまだ少年の頃だったらしい。
他国を追われてきたトオンとその一族が、聖女エイリーと偶然出くわした。
エイリーはその頃、現在王都のある地域で、地下にある邪悪な古代生物から発せられる魔力や穢れで調子を崩す人たちを自分の修行を行う傍ら、聖なる魔力や自分の創る魔導具で助けていたという。
最初、エイリーはトオンを弟のように思って世話を焼いていた。
後にトオンが成人したとき、彼は聖女で魔導具師でもあったエイリーの奉仕の姿勢に、最初は本気で惚れ込んでいたらしい。
ただ、彼女は文盲で、しかも自分のやりたいことを優先させる性質のため、王妃としての資質が決定的に欠けていた。
これでは国体の安定維持にかえって邪魔な女だと判断したトオンは、離縁して彼女を保護できる信頼できる臣下に下げ渡し、新たに他国の姫を娶り直した。
当時のベルトラン家当主は初代国王の幼馴染みから側近になった男で、そんな二人の関係を最も近くから見ていた人物の一人という話だった。
宰相は高齢ながら忙しい男だったが、アイシャが連絡を入れると自宅のほうで面談の時間を取ってくれた。
そこで、建国期からの資料のある当主の執務室で、主だった話を聞かせてもらうことになった。
ルシウスの疑問はただひとつ。
なぜ、初代国王トオンは、初代聖女エイリーに寄り添わず、彼女を利用するだけで不当に扱ったのか?
「我が家に伝わる伝承では、聖女エイリーは文盲だったそうです。文字が書けない、読めない。それでは王妃として国王の国政を助けられない。聖女ではあっても王妃の品格はなかった。それが初代聖女エイリーだと」
文盲のまま育った者が大人になった後で文字を覚えるのはとても難しい。
それでもエイリーは後に、何とか努力して必要な読み書きだけは覚えただろうことが、本人の遺している日記や手紙からわかる。
「それに、本人は魔導具師でもありましたが、初代国王トオンの好む武具の形では一切作らなかったのですよ。ほとんどが、そう、そういった髪留めやブローチなど庶民の好むような装飾品ですね」
と今はアイシャの黒髪を留めている、透明な魔法樹脂やフローライトの緑の石の嵌った髪留めを指差す。
元婚約者だったクーツ王太子に奪われ売り払われたものだったが、魔女でもあった元王妃ベルセルカの働きによって無事回収できたもののうちの二つだ。
「初代国王陛下は、王の権威を示す宝剣の作成を依頼したようなのですが、聖女エイリーは己が聖女であることを理由に、人を傷つける武器の作成は無理だと断ったそうですよ。そういう意見の相違から、初代国王は彼女に見切りを付けたと」
宰相ルーファスからは、彼の家に建国当時から伝わる、初代国王の側近だった祖先本人の日記を見せてもらうことができた。
500年前の日記だが、状態保存の魔法がかけられているらしく、冊子も特に崩れてはおらず、中に書かれたペンのインクも鮮やかだ。それが十数冊。
ルシウスが知りたかった内容はあらかじめ宰相側に伝えてあった。
日記には、その箇所に宰相家の者が付箋を貼ってくれている。
付箋の部分だけまず内容をざっと読んで、ルシウスは何ともいえない顔になった。
「これはトオンには伝えぬほうがいいな」
いつか本人が母親のことを詳しく知りたいと思ったときは、渡してやってほしい。
そう宰相に頼んで、ルシウスはアイシャとともに宰相宅を辞した。
自分とていつまでカーナ王国にいられるかわからない。
一緒に暮らしている間に、感情の問題に端緒を開いてやれたらと思っていた。
初代聖女エイリーについては、実はアイシャも、実の息子のトオンも、国民が一般的に知る以上のことは詳しくなかった。
ふたりに対して彼女が見せていたのは、老婆の下女マルタの姿だったためである。
それでもアイシャのほうは、歴代の聖女聖者から伝わる四つ葉のブローチ型の魔導具に記憶されていた情報で、ある程度の実像を把握している。
それ以外のこと、特に客観的な視点から見た初代聖女エイリーのことをルシウスは知りたかった。
そこでアイシャが紹介してきたのは、前国王アルター、そしてクーツ元王太子に扮して即位したトオンの宰相だった人物だ。
名前をルーファス・ベルトランという。
建国期から代々宰相職や王族の側近を務めている侯爵で、年は七十代と高齢。髪も、長い顎髭も真っ白だ。
見た目から受ける印象は、『穏やかながら切れ者』といった感じだろうか。
既にカーナ王国は王政国家から共和国制へと転換することが決定している。
その中核人物のひとりとして、まだ王宮に留まって、革命派の人物と新しい国家の方針策定に動いているという。
そしてこのルーファスのベルトラン侯爵家こそが、500年前に初代国王から初代聖女エイリーを『下げ渡し』された家だった。
それだけあって、彼のベルトラン侯爵家にはカーナ王家とは違った建国期の真実を現在まで伝えてきている。
ベルトラン侯爵家が伝える初代国王トオンと聖女エイリーの話は、一般の国民には知られていないエピソードが満載だった。
エイリーが後の建国の祖トオンと出逢ったのは、トオンがまだ少年の頃だったらしい。
他国を追われてきたトオンとその一族が、聖女エイリーと偶然出くわした。
エイリーはその頃、現在王都のある地域で、地下にある邪悪な古代生物から発せられる魔力や穢れで調子を崩す人たちを自分の修行を行う傍ら、聖なる魔力や自分の創る魔導具で助けていたという。
最初、エイリーはトオンを弟のように思って世話を焼いていた。
後にトオンが成人したとき、彼は聖女で魔導具師でもあったエイリーの奉仕の姿勢に、最初は本気で惚れ込んでいたらしい。
ただ、彼女は文盲で、しかも自分のやりたいことを優先させる性質のため、王妃としての資質が決定的に欠けていた。
これでは国体の安定維持にかえって邪魔な女だと判断したトオンは、離縁して彼女を保護できる信頼できる臣下に下げ渡し、新たに他国の姫を娶り直した。
当時のベルトラン家当主は初代国王の幼馴染みから側近になった男で、そんな二人の関係を最も近くから見ていた人物の一人という話だった。
宰相は高齢ながら忙しい男だったが、アイシャが連絡を入れると自宅のほうで面談の時間を取ってくれた。
そこで、建国期からの資料のある当主の執務室で、主だった話を聞かせてもらうことになった。
ルシウスの疑問はただひとつ。
なぜ、初代国王トオンは、初代聖女エイリーに寄り添わず、彼女を利用するだけで不当に扱ったのか?
「我が家に伝わる伝承では、聖女エイリーは文盲だったそうです。文字が書けない、読めない。それでは王妃として国王の国政を助けられない。聖女ではあっても王妃の品格はなかった。それが初代聖女エイリーだと」
文盲のまま育った者が大人になった後で文字を覚えるのはとても難しい。
それでもエイリーは後に、何とか努力して必要な読み書きだけは覚えただろうことが、本人の遺している日記や手紙からわかる。
「それに、本人は魔導具師でもありましたが、初代国王トオンの好む武具の形では一切作らなかったのですよ。ほとんどが、そう、そういった髪留めやブローチなど庶民の好むような装飾品ですね」
と今はアイシャの黒髪を留めている、透明な魔法樹脂やフローライトの緑の石の嵌った髪留めを指差す。
元婚約者だったクーツ王太子に奪われ売り払われたものだったが、魔女でもあった元王妃ベルセルカの働きによって無事回収できたもののうちの二つだ。
「初代国王陛下は、王の権威を示す宝剣の作成を依頼したようなのですが、聖女エイリーは己が聖女であることを理由に、人を傷つける武器の作成は無理だと断ったそうですよ。そういう意見の相違から、初代国王は彼女に見切りを付けたと」
宰相ルーファスからは、彼の家に建国当時から伝わる、初代国王の側近だった祖先本人の日記を見せてもらうことができた。
500年前の日記だが、状態保存の魔法がかけられているらしく、冊子も特に崩れてはおらず、中に書かれたペンのインクも鮮やかだ。それが十数冊。
ルシウスが知りたかった内容はあらかじめ宰相側に伝えてあった。
日記には、その箇所に宰相家の者が付箋を貼ってくれている。
付箋の部分だけまず内容をざっと読んで、ルシウスは何ともいえない顔になった。
「これはトオンには伝えぬほうがいいな」
いつか本人が母親のことを詳しく知りたいと思ったときは、渡してやってほしい。
そう宰相に頼んで、ルシウスはアイシャとともに宰相宅を辞した。
12
お気に入りに追加
3,950
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】魅了が解けたあと。
乙
恋愛
国を魔物から救った英雄。
元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。
その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。
あれから何十年___。
仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、
とうとう聖女が病で倒れてしまう。
そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。
彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。
それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・
※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。
______________________
少し回りくどいかも。
でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます
神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。
【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。
だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。
「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」
マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。
(そう。そんなに彼女が良かったの)
長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。
何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。
(私は都合のいい道具なの?)
絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。
侍女達が話していたのはここだろうか?
店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。
コッペリアが正直に全て話すと、
「今のあんたにぴったりの物がある」
渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。
「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」
そこで老婆は言葉を切った。
「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」
コッペリアは深く頷いた。
薬を飲んだコッペリアは眠りについた。
そして――。
アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。
「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」
※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)
(2023.2.3)
ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000
※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)
破壊のオデット
真義あさひ
恋愛
麗しのリースト伯爵令嬢オデットは、その美貌を狙われ、奴隷商人に拐われる。
他国でオークションにかけられ純潔を穢されるというまさにそのとき、魔法の大家だった実家の秘術「魔法樹脂」が発動し、透明な樹脂の中に封じ込められ貞操の危機を逃れた。
それから百年後。
魔法樹脂が解凍され、親しい者が誰もいなくなった時代に麗しのオデットは復活する。
そして学園に復学したオデットには生徒たちからの虐めという過酷な体験が待っていた。
しかしオデットは負けずに立ち向かう。
※思春期の女の子たちの、ほんのり百合要素あり。
「王弟カズンの冒険前夜」のその後、
「聖女投稿」第一章から第二章の間に起こった出来事です。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。