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第二章 お師匠様がやってきた

聖女聖者の祝福

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「見てるだけで痛いよ……ちょっと待ってて、救急箱持ってくる」
「不要だ。すぐ治る」
「え?」

 棚の救急箱を取ろうとしたトオンに、ルシウスが首を振った。
 見ると、ルシウスの手の平や甲の傷が目の前で少しずつ癒え始めていく。

「体質なんだ。怪我や病気をしにくく、傷を負っても治りやすい」
「ハイヒューマンならではってところね。羨ましい」

 こうなると、呪詛の紐はもうルシウスには取り憑くどころではない。
 紐は新たな取り憑き先を探すようにふらふらと辺りを泳ぎ回る。
 しばらく、うろうろと空中を漂っていた呪詛の紐は、やがて獲物を見つけたと言わんばかりの強い反応を見せた。

「えっ!? ワンちゃん!」

 魔法樹脂のケースで守られていたはずの仔犬が、剥き出しのまま食卓の上に蹲っている。
 呪詛の紐はそのまま勢いよく仔犬に向かっていって、小さな巻き付いた。

「しまった!」

 慌ててアイシャが術を解こうとすると、鋭い静止の声が飛んだ。

「やめるな、続けろ!」
「!?」

 キャウッ、キャウッ、キャ……ッ

 呪詛の紐に縛られて最初大きく鳴いていた仔犬は、次第に力をなくしてぐったりと動かなくなった。

「し、死んじゃったのかその仔!?」
「いいや。だが、元から長くはなかった」

 仔犬に巻き付いた呪詛の紐を、ルシウスは自分のネオンブルーの聖なる魔力で引きちぎり、浄化した。

「約束していたのだ。間もなく尽きる命を、お前たちへの教えの糧として使わせてもらうと。その代わり……」

 仔犬が息を引き取る瞬間、ルシウスはその小さな身体を魔法樹脂に封じ込めた。

「その代わり、私は生涯この仔を忘れることはない」

 魔力を通じて意思の疎通を図ったところ、同意が得られたとルシウスが言う。
 “ずっと一緒にいてくれるならいいよ”というのが、仔犬の意思だったという。

「そんな……あんなに怪我してたのに。苦しむだけで命を終わらせてしまうなんて」

 アイシャが非難するようにルシウスを睨む。
 元から死にかけの取るに足らない小さな命とはいえ、聖女のアイシャの倫理観からは見過ごせなかった。

「死ぬ時間が半日早いか遅いかだけだぞ? これからこの仔犬は私の中で生き続けることができる」

 そしてそのまま、腰の周囲に出した自分のリンクの中に入れようとしたルシウスに、アイシャは待ったをかけた。

「待って! せめて私に祝福をさせて!」
「……そうか」

 僅かに思案げな表情になったものの、ルシウスは言われるままに仔犬を封入した魔法樹脂の塊を渡した。



「本当だ。もう命が尽きる寸前」

 アイシャの小さな両手を揃えたより更に小さな仔犬だった。
 蹲って目を閉じたままの姿勢で固められた仔犬を、アイシャの飴のような茶色の瞳が痛ましげに見つめる。

「このいと小さきものに祝福を」

 仔犬入りの魔法樹脂を目の前に掲げ、額を当てた。
 アイシャの小柄な身体から、ぶわっとネオングリーンの魔力が噴き出す。
 そして食堂いっぱいに広がる、聖女アイシャ特有の、オレンジに似た爽やかな“聖女の芳香”。

「さようなら。ワンちゃん」

 一通り祈りと祝福を捧げて、アイシャは仔犬をルシウスに返した。

「……祝福を」

 ルシウスもまた片手で受け取った小さな小さな仔犬の頭の辺りにそっと口づけた。
 彼からもまた、聖者としてのルシウス特有の松脂や松葉に似た、濃厚な森の中の芳香が吹き出している。



(神聖な光景だ。これが聖なる魔力持ちによる“祝福”か……)

 円環大陸でも十人いるかいないかのうち、二人も同じ場所にいて祝福している貴重な場面だった。
 二人の聖なる魔力がせめぎあって、空間が光り輝いている。

 それでルシウスが最終的に祝福を授けた仔犬を自分のリンクの中に入れて、その場はお開きになった。
 もうそろそろ昼の時間だ。
 ルシウスとアイシャは二人で厨房で、簡単に昼食を作るとのこと。
 ひとり食堂に残されたトオンは、部屋の中を見回した。

 キラキラと光の粒子が旋回しながらあちらこちらに舞っている。

「……今のこの部屋、教会の聖堂より神聖な空間かも」



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