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第二章 お師匠様がやってきた
聖女アイシャの傷
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「集合の中で、上中下の“下”を作るには、ターゲットの個体に持続するストレスを与え、苦痛を感じさせることが条件だ」
この解説に、アイシャとトオンの雰囲気が一気に刺々しくなった。
そう、まさにそれこそが、アイシャが国の聖女として元婚約者のクーツ王太子たちから受けた仕打ちだった。
ただし、環を全員出しているから、過度の感情の揺れはない。
ふたりとも無言でルシウスの次の説明を待った。
「そのために、傷を作る。その傷は肉体でも心にでもいい。どちらの傷でも、肉体に炎症を発生させる。それこそが、持続するストレスや苦痛の正体だ」
物理的な負傷でも、精神的な苦痛やトラウマを与えることでもいい。
「単純には、日常的な暴力で痛めつけるのが楽だろうな。殴る蹴るの暴行はどこにでもあるだろう?」
「「………………」」
今の円環大陸には公式に奴隷制を持っている国はほとんどないが、かつては奴隷に焼きごてを当てたり、肉体の一部を欠損させたり、鞭で日常的に傷つけたりなどは普通にあった。
同じ原理がそこには働く。
「ここまでで、質問はあるか?」
「「………………」」
話の内容はシンプルだが、過去の経験が感情を激しく揺さぶろうとするため、アイシャもトオンも口数が少ない。
それでもトオンが、ルシウスの解説を整理しようと口を開いた。
「上中下の“上”になるには、具体的にどうすればいいんです?」
ルシウスの解説では、“下”の作り方だけだった。
「上になりたい者が、下を作る。そして自分の活動フィールドに留めておく。それだけで、その関係における“上”に自動的になる」
「………………」
「アイシャ?」
胸元を押さえて、アイシャが青ざめ、小さく喘いでいる。
腰の周囲の環が明滅している。環の安定を保てないようだ。
「……“下”のターゲットにされた者は、防御できるものかしら?」
何とか声を絞り出して、アイシャはそれだけを問うた。
「何か攻撃を受けてストレスを植え付けられる前に、逃げるのが最善だろうな」
「逃げる……でも、私は……私まだ7歳だった。あのとき私、逃げるなんてできなかった……」
アイシャが聖女の素質を見出され、元々家族と暮らしていた国内の村から王都に連れて来られたのが、7歳のときになる。
アイシャ、と名前を呼んでトオンがアイシャの手に自分の手を重ねた。
「また、紙に書いたらいいよ。話だけなら俺だって聞ける」
もうアイシャはひとり孤立して虐げられていた哀れな聖女ではない。
「……また新聞社に投稿しちゃったり?」
「それもいいかもよ。王家の残党を潰す役に立ちそうじゃないか」
それからお茶一杯飲む時間、アイシャが落ち着くまで待ってからルシウスはまた話を進めていった。
この解説に、アイシャとトオンの雰囲気が一気に刺々しくなった。
そう、まさにそれこそが、アイシャが国の聖女として元婚約者のクーツ王太子たちから受けた仕打ちだった。
ただし、環を全員出しているから、過度の感情の揺れはない。
ふたりとも無言でルシウスの次の説明を待った。
「そのために、傷を作る。その傷は肉体でも心にでもいい。どちらの傷でも、肉体に炎症を発生させる。それこそが、持続するストレスや苦痛の正体だ」
物理的な負傷でも、精神的な苦痛やトラウマを与えることでもいい。
「単純には、日常的な暴力で痛めつけるのが楽だろうな。殴る蹴るの暴行はどこにでもあるだろう?」
「「………………」」
今の円環大陸には公式に奴隷制を持っている国はほとんどないが、かつては奴隷に焼きごてを当てたり、肉体の一部を欠損させたり、鞭で日常的に傷つけたりなどは普通にあった。
同じ原理がそこには働く。
「ここまでで、質問はあるか?」
「「………………」」
話の内容はシンプルだが、過去の経験が感情を激しく揺さぶろうとするため、アイシャもトオンも口数が少ない。
それでもトオンが、ルシウスの解説を整理しようと口を開いた。
「上中下の“上”になるには、具体的にどうすればいいんです?」
ルシウスの解説では、“下”の作り方だけだった。
「上になりたい者が、下を作る。そして自分の活動フィールドに留めておく。それだけで、その関係における“上”に自動的になる」
「………………」
「アイシャ?」
胸元を押さえて、アイシャが青ざめ、小さく喘いでいる。
腰の周囲の環が明滅している。環の安定を保てないようだ。
「……“下”のターゲットにされた者は、防御できるものかしら?」
何とか声を絞り出して、アイシャはそれだけを問うた。
「何か攻撃を受けてストレスを植え付けられる前に、逃げるのが最善だろうな」
「逃げる……でも、私は……私まだ7歳だった。あのとき私、逃げるなんてできなかった……」
アイシャが聖女の素質を見出され、元々家族と暮らしていた国内の村から王都に連れて来られたのが、7歳のときになる。
アイシャ、と名前を呼んでトオンがアイシャの手に自分の手を重ねた。
「また、紙に書いたらいいよ。話だけなら俺だって聞ける」
もうアイシャはひとり孤立して虐げられていた哀れな聖女ではない。
「……また新聞社に投稿しちゃったり?」
「それもいいかもよ。王家の残党を潰す役に立ちそうじゃないか」
それからお茶一杯飲む時間、アイシャが落ち着くまで待ってからルシウスはまた話を進めていった。
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